012 屋号
「わぁ! 広いですね!」
「だね」
壁で囲われた空き地を前に、ぴょんぴょん跳ねるシェリン。
年相応で実に可愛らしい。
このはしゃぎぶりは緊張から解放された反動でもあるのだろう。
しかしまぁ、流石は公爵様の私有地。
王都の東外れとは言っても、滅多矢鱈に広い。
これでは俺の店が三つか四つは収まりそうだ。
俺とシェリンは公爵家王都別邸を辞した後、ベルモンド公爵様にお借りした土地へ早速やって来ていた。
所在地の確認や土地の状態、人の流れなどをチェックするためである。
これは地球で実際に出店する場合も超重要な要素だ。
場所の如何で売り上げが決まると言っても過言じゃない。
普通なら、ね。
俺は今、その普通とは真逆のことを期待している。
「ふんふん、広さは充分すぎるな……シェリン、人通りはどうだい?」
「えーと……ほとんどありませんね。この辺りは大通りからちょっと遠いんです」
「おお、それは助かる」
「助かる……ですか?」
「うん。人が多いと困る連中もいるってことだよ」
「はぁ」
シェリンは俺の言ったことがよくわかっていない様子で気の抜けた返事をよこす。
ま、それが普通の反応だわな。
「暗くなるまで少しこの周辺を散歩してみよう。そしてお茶でも飲みませんか、お嬢さん」
「あ、いいですね。是非行きましょう!」
俺の軽薄な提案に随分と乗り気なようだ。
うーん、なるほど。
こんな笑顔で快諾されたら、そりゃ勘違いするヤツも出てくるわけだ。
本人は全く屈託がないから余計にね。
こっぱずかしいのを我慢して言ってみた甲斐があったよ。
東大門へのルートを確認後しばらくうろつき、落ち着いた雰囲気の食堂兼喫茶店らしき店で一服。
お茶は美味いし、他の客が食べていた食事も美味そうだった。
ここは当たりかもしれないと、脳にインプットしておく。
ちなみに腹は減っていない。
公爵別邸で美食をいただいたからだ。
ちなみのちなみに、無一文だった俺が食堂へ入れた理由は、ベルモンド公爵様から貰った報奨金のお陰である。
何の報奨金かって?
麗しのベアトリアお嬢さまを無傷で帰還させた謝礼だとさ。
妹脳すぎるだろ、あの公爵様はよぉ。
俺としては結構ガチめに助かったけど。
「さて、日も落ちたしそろそろ戻ろうか」
「はい。そうしましょう」
勘定を済ませて空地へ戻る。
表通りにはランタン式の街灯があったのに、空き地周辺では全くない。
人気もほぼ完全に無くなった。
いくら王都でも今は女性ばかりだし、暗くなれば家に帰るのが当たり前なのだろう。治安的な意味でも。
だがこれでいい。
「店舗は空き地の少し奥側に設置しよう」
「どうしてです? 通り際のほうがお客さんの目に留まるんじゃないですか?」
「逆さ」
「はい?」
「あまり目立たないほうがいいんだ。扱う品が物騒だろ?」
「あっ……」
「勿論、昼間は普通の買い物客も受け入れるけどね。で、奥にした理由はもうひとつあるんだ。馬車の駐車場だよ」
「そうだったんですね! 通り沿いに馬車が止まってたら確かに目立っちゃいます」
「うん、正解。これなら何台も停められるし、荷物の積み込みも楽かなって」
「すごいです、ナタローさん……そこまで考えていたなんて」
そうでもない。
いや、謙遜ではなく。
地球でも都市型の店舗なら通り際の出店で何ら問題はないのだ。
何故なら自動車での来店を想定していないから。
つまり駐車場がいらない。
しかし郊外型店舗となれば、ターゲット層はバイクや自動車、トラックなどがメインとなる。
なので広めの駐車場は必須だ。
今回のケースだと後者にあたる。
大量に購入した嵩張る武具を人力で運ぶ馬鹿はいない。
そんなことをすれば多数に目撃され『すわ、王都決戦か』と民衆の不安を大いに煽ってしまうだろう。
ましてや現在が既に戦時中で男衆は出払い、ただでさえ女性が多いのだから。
なので武具を卸す場合は夜間時に限り、搬送は馬車のみを想定している。
もっとも、個人的に武具を購入したいと言う者も出てくるはずだ。
なんせこの世界には冒険者なんて職業があるわけで。
そう言った連中は己の身を守るために買うのだろうし、普通に売るつもりだ。
当然だが、個人で大量に買い付けしようとしたら断わるよ。
『位置、角度、問題ありません。設置完了。ステルスモード解除』
サンキュー、アドナイ。
「ナタローさん、でもこれって……」
「うーん。夜でも目立ってるね」
宵闇でも浮き立つ、穢れ無き真っ白な店舗。
照明がなくともこれほどはっきり見えるとは。
これで内部の電灯をつけた日には、『ここに店が御座い!』と喧伝しているようなものだ。
地球ならば目立ってナンボなのだが、これはちょっと困る。
良からぬ輩が集まってしまいそうだ。
たむろするような連中は害悪でしかない。
『ではナタロウ様。カラーリングを変更いたしますか?』
えっ、そんなことできんのアドナイ?
『はい。初期オプションです。因みに制服のカラーリングも自由自在です』
な、なんだってー。
もっと早く言って欲しかった……
ガクリと膝をつく俺を見て怪訝そうに覗き込むシェリン。
「どうしたんですかナタローさん。お腹でも痛いんですか? 良く効く薬草がありますよ」
「いや、いま思い出したんだ。店の色が変えられるってことにさ」
「ええっ! お店ちゃんはそんなことも出来るんですね……」
「お店ちゃん?」
「何となく愛着が湧いちゃって……お世話になってるのに『店』とか『店舗』とかだと味気ないじゃないですか」
「ははは、シェリンは可愛いね」
「ッ!?」
闇夜でもわかるほどシェリンの顔が赤くなっていく。
待て待て。赤すぎて逆に怖いぞ。
脳溢血とかじゃないだろうな。
『ナタロウ様。この娘にはお気を付けください』
何だよアドナイ。急にどうした。
娘とか言うなよ。
『ナタロウ様に色仕掛けを使うなど不届き千万。【メテオストア】を実行しますか?』
すんなすんな!
王都を壊滅させる気か!
ってか、別に色仕掛けとかじゃないだろこれは。
それよりも違う方の色を決めないとな。
街への溶け込み具合を考えると茶系なんだが……夜間の目立たなさはやっぱ黒かな。
うーん、なかなか悩ましいな……あ、そうだ、アドナイ。時間帯によって色を変えたりは出来ないのか?
『はい。可能です』
おお!
流石アドナイ。やるじゃないか。
じゃあそれで頼む。
ユニフォームは茶色でいいや。皮の服っぽく見えるだろ。
『はい。お褒めいただき光栄です。私はアドナイ。ナタロウ様専用のAIであり、全てを尽くすために存在しています』
お、おう。
なんかちょっと背中がゾクッとしたぞ。
『ナタロウ様。この地にて出店されるのでしたら……』
「ナタロー! 待たせたな」
聞き覚えのありすぎる声に振り返ると……うおっ! デッッッ!
……失礼。
貴族服っぽいのを着たベアトリアさんが立っていた。
それはいいのだが、鎧姿以外の彼女を見たのは初めてで、綺麗にまとめられた金髪から覗くうなじとか、やたらと強調されたアレとかが気になってしょうがない。
しかし、こんなにデカかったっけ?
「……」
「……」
『……』
「ど、どうしたのだ皆。私だ。ベアトリアだ」
いや、わかってますけどね。
単に見とれてた俺はともかく、シェリンやアドナイは無言で己の胸元を見下ろしてる気がして……悔しさと切なさと心強さ……じゃなくて、色々な情念が渦巻いてるような。
そもそもアドナイは肉体がないだろ。
『ナタロウ様。アレにはお気を付けください。危険すぎます』
「私は成長期……私は成長期……」
アレって言うなアドナイ!
シェリンはまだ将来があるから暗示かけないで!
「ベアトリアさん、ありがとう。公爵様はこんなにいい土地を貸してくれたよ」
「それは良かった。いや、よくあの兄上に認められたな。大したものだ」
「話してみれば結構いい人だったけど……そんなに酷い?」
「ああ、酷い。特に私のこととなると、な。見境が無くなる。今まで幾人の首が飛んだことか」
「……だっ、大丈夫。心配性なだけで悪いお兄さんじゃないと思うよ」
「うぅっ……気を遣ってくれてすまない。ところで、よく見えんが店の設置は済んだのだろう?」
「うん。色も目立たないよう黒く塗った」
「そうか。後は店の名だな」
「ん?」
「王都で店を構える以上、屋号は必要だろう」
『アレには反対ですが、意見には同意です。私も先程それを伝えようとしておりました』
割り込んできたアドナイに苦笑しながらも、ベアトリアさんに頷いてみせる。
今まで考えもしなかったが、確かに店名は必要だ。
あの店とか、あそことか呼ばれるのは切ない。
名前、名前ねぇ。
コンビニエンスストアは便利な店って意味だから便利屋……なんか普通過ぎるな。
超性能でありとあらゆるものが発注可能な店舗とAIのアドナイ……
よし、万能屋でどうだ。
それだけだと屋号っぽくないから……俺の名前、正月一日那太郎から一一七を取って……
万能屋一一七だ!
語呂が悪いって?
ネーミングセンスが最悪?
細けぇこたぁいーんだよ!




