010 ギルドにて
どう考えてもベアトリアさんが一緒にいるお陰だろう、王都ラクルーカの南大門を滞りなく通過できたのは。
もしかしたら通行料でも取られるのではないかとヒヤヒヤしたが、別にそんなことは無かった。
身分証などもないし、出身を訊かれたりしたら実に困ったはずだ。
やはり持つべきものは友である。
友情に感謝!
「ではここでお別れだ。ナタロー、シェリン。楽しい旅路だったぞ」
えっ!?
友情は?
俺たちを捨てるの?
なんつってな。
これは予定通りだ。
ベアトリアさんは国からの任務で旅に出ていたのだから、報告する責務がある。
それに、騎士で貴族の彼女が、いつまでも平民の俺たちと行動するわけにもいくまい。
体面上でも。
「俺も楽しかったよ」
「私も、お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しかったです」
俺とシェリンの言葉に笑顔で頷くベアトリアさん。
そして、ツツツと寄ってくると、耳打ちをしてきた。
「ナタロー。例の件、任せておけ。経過は追って知らせる」
「お願いします」
雑踏へ消えていくベアトリアさんの背中に小さく頭を下げる。
状況如何によっては俺も二の矢を放たねばならない。
「じゃあ行きましょうか」
「ああ」
シェリンと共に俺は王都での第一歩を踏み出した。
とは言っても、彼女の雑事に付き合うだけなのだが。
右も左もわからんこの大都市で、土地勘がある仲間がいると言うのは心強い。
やはり友情に感謝!
「どこへ行くんだい?」
「冒険者ギルドに」
おお冒険者ギルド!
本当にあるんだねぇ、そんなもんが。
しかし、冒険者ギルドっつったらあれだろ?
依頼を受けて危険な目に遭って、幾ばくかの金銭を得る、みたいな。
ぬるい現代地球から来た俺には向かない職業もいいとこだ。
分類で言えば商人だもんな、俺。
ま、夜まで暇だしどこでも付き合うさ。
「冒険者ギルドがあるなら、商業ギルドなんてのもあるのかな?」
「えーと、私の知る限りではありません」
あら、無いんだ?
そりゃ意外。
「あっ、でも、昔はあったみたいですよ。商人から冒険者になった人がそんなことを言っていましたから」
「そうなんだ。商人辞めて冒険者になるってのもすごいね」
「今の王都は戦時下なので、武具や食料品を大量に扱えないとやっていけないそうです」
「あー、なるほど。世知辛いねぇ」
「一応、平静を保っているようには見せていますけどね」
確かに。
住民たちは笑顔に溢れ、活気もある。
女性が多いのは男が戦場へ出ているせいか。
しかし、そこかしこに目付きの鋭い兵士がいて、少しばかり剣呑な雰囲気を漂わせた。
これを見るに、王都自体は大した被害がないのだとわかる。
俺が潰した魔物の群れなども、王都にもっと近付けば兵や冒険者が打って出て討伐するのだろう。
「着きました。ここです」
「ほー」
目抜き通りの一等地に立つ大きな建物が冒険者ギルドだった。
実に様々な出で立ちの連中が出入りしている。
あれが皆、冒険者なのか。
でかい建物なだけあって、中も広々としていた。
奥には長いカウンターがあって、幾人もの女性が冒険者を相手取っている。
あれが所謂受付嬢だろう。
うーん、思ったより繁盛してるなぁ。
やっぱり王都は仕事が多いのかねぇ。
小国が攻めてきてたり、魔物にも狙われてるって言うし。
ってか、魔物がなんで王都を狙うんだ?
まさか餌となる人間が一杯いるからとかじゃないだろうな。
「ナタローさん。お疲れでしたら隣の酒場で休んでください。私は受付に行ってきますね」
「あ、うん。いってらっしゃい」
ニコと微笑んで列に並ぶシェリン。
うむ、とても可愛らしい。
彼女も冒険者だから、依頼達成か何かの報告でもするのだろう。
さて、手持無沙汰ではあるな。
だが酒を飲む気分でもない。
そもそも金が無い。
暇を潰すべく、掲示板に貼られた依頼書を眺める。
すると皮鎧を着た二人の男が近くで話し始めた。
客層ボタンで言えば二十九。
「なぁ、あれ、シェリンだろ?」
「うわ。あいつまた一人で帰って来たよ」
「遺品を持ってないから今回は追放か」
「毎度パーティーが全滅するか追い出されるかだしな」
んん?
なんだこいつら。
シェリンのことか?
だったら聞き捨てならんぞ。
「その話、詳しく聞かせて欲しいんですけど」
「ああ?」
「なんだテメェは」
ガラ悪いな、冒険者ってのは。
いちいち凄まにゃならんルールでもあるのかよ。
「今、シェリンの話をしてませんでした?」
「おう、【死神】シェリンな。がっははは!」
「聞きてぇなら金払え」
「服も肌も生っ白いなぁおめぇ。それでも男か?」
「男娼かもな。こんなとこで男漁りかよ。ぶははは!」
正直、情報料として払ってもいいのだが、生憎持ち合わせがない。
それにしても、やたらと無礼で態度が悪いな。
うちの店に客として来たなら問答無用でお帰り願うが、ここは冒険者ギルド。
ヤツらのテリトリーで俺は完全アウェー。
『ナタロウ様を侮辱するなど万死に値します。このような不遜者は今すぐ滅するべきです』
なんて物騒なこと言うのアドナイ!?
まぁ、確かに腹は立つな。
だが俺は長年サービス業で働いてきた男。
この程度の連中は地球にも腐るほどいた。
ただ、向こうのヤツらは武器を持ってなかったけど。
「あいつは顔だけはいいからな。こいつも誑かされたクチだろ」
「ぶはは。あったなぁ、あいつの取り合いから殺し合いになって全滅したパーティーの話がよ」
「あいつが薪拾いから帰ってみれば、全員死んでたってな。ガハハッ、おっかねぇ~」
なにその事件。
陰惨すぎない?
「追放の場合は大抵、パーティーを組んだ男があいつに惚れちまって、妬んだ他の女に追い出されるらしいぜ」
「しかもあいつがいなくなった後のパーティーは悉く瓦解しちまうんだと。それで付いた仇名が死神なんだってよ。ぶははは」
待てやコラ。それ、全然シェリンのせいじゃないだろ。
だから俺と出会った時もシェリンは一人だったのか。
ってか、こいつら、訊いてもないのにベラベラ喋り出したんだが。
『ナタロウ様の威厳によるものです』
嘘こけぇ!
向こうでは、あんまり風格無いですよねってバイトくんたちによく言われたぞ!?
っつか、思考を読むなアドナイ!
『今は非常時ですので』
どこが非常時だよ。
むしろあっちじゃ日常茶飯事だ。
酔っ払いは毎日来るんだぞ。
「あっ、テメェ。言葉巧みにオレたちから訊き出しやがったな!?」
「誘導尋問だったのかこの野郎!」
……こいつら、アホなの?
あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、激昂した男たちに胸倉を掴まれるのを茫然と見ていた。
無意識にその腕へ両手を伸ばした時、脳内にアドナイの声。
『カスタマーハラスメント対策オン。オーナーリミッター解除』
「いっででででで!」
「折れる! 折れるゥ!」
いや、えっ?
軽く握っただけなんだけど大袈裟すぎない?
でもなんか、マジで痛がってるような……
どうなってんのアドナイさん?
『ナタロウ様に小汚い手で触れるなど言語道断です』
そうじゃなくてだな。
カスハラ対策とか、オーナーリミッターとかってなんだよ。
『カスタマーハラスメントは第三次元においても重要視されております』
うん、まぁ、カスハラで辞めて行く子も多いから大事なことだよね。
だけどオーナーリミッターって要る?
『当然です。制限を設けませんと、日常生活を送るのが困難なほどの巨大な力を制御出来ず……』
わかった。もういい。
長くなりそうだし、聞きたくもない話が混じってそうだ。
それにしても、ちょっと強すぎな気がする。
本当に触れた程度だったんだが。
こりゃ多分、メテオストアの時も解除されてたっぽいね。
あの爆風や衝撃波で無傷だったのは、いくらなんでもおかしいもんな。
ともあれ、せっかくだしこいつらに釘を刺しておくか。
「あんたら、これに懲りたらシェリンの悪評を撒き散らすのはやめておきな」
「わ、わかった、わかりました! だから許してくれ! オレには玉のような子が二人もいるんだよ!」
「すまなかった! 二度と言わない! 利き腕を折られたら弟たちの食い扶持も稼げなくなる!」
「そんな事情持ちの割には迂闊なこった。もう少し慎重になったほうがいい」
言いながら手を離してやる。
何度も頭を下げながら這う這うの体でギルドを出ていく男たち。
「ナタローさん。何かあったんですか?」
入れ違いで戻ってきたのはシェリンだ。
やり取りを聞かれてはいなかったようでホッとする。
「いや、冒険者について色々訊いてただけだよ」
「あっ、ナタローさんも冒険者に興味が湧いたんですね?」
「ごめん。それはないや」
「えぇ~」
などと軽めの応酬をしていた時、涼やかな声がした。
「黒髪に黒目、真っ白な服装。ふむ。人相、風体が一致するね。きみがナタローくんかな?」
振り返れば金髪長髪長身の、とんでもないイケメンが立っていた。




