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001 白き店舗



「んん……ん? どこだ、ここ……」


 目覚めた俺は、一変した周囲の風景に脳が追い付かないでいた。

 当然だ。

 だって俺は今の今まで、舞い上がるスーパーシティTOKYOにいたのだから!

 いや、落ち着け。

 ここはどう見ても東京じゃない。


 広々とした草原。

 遠くには森や山。

 気持ち良さそうに草を揺らす風。

 建物どころか道路も電柱もないなんて。

 お~い、どこのド田舎ですか。

 もしや俺、誰かに拉致されたんじゃあるまいな。


 などと考えた時、視界の端に奇妙な、それでいて見慣れたモノが飛び込んできた。


「なっ、何だこりゃ!?」


 寝ぼけていた頭が急激に覚醒する。

 真っ白だ!

 見慣れているはずなのに、色が白一色と言うだけで、このとんでもない違和感!


 そう、そうだ。

 俺はコレ(・・)をよく知っている。

 なぜなら長い長い付き合いだからだ。

 具体的に言えば二十年くらいか?

 入った会社が肌に合わず辞めて以来、俺はずっとここで働いていた。


 それは、コンビニエンスストアだった。

 ただし昔のプラモデルやガレージキットのように、全くの未彩色。

 つまり真っ白のコンビニ店舗。

 看板や壁に色が無いと言うのは、こうも奇異に感じるものなのか。


「なんでこんなもんがこんなとこにあるんだよ……」


 だだっ広い草原に、ぽつねんと鎮座する店舗。

 実際に存在するのだから無意味な疑問ではあるのだが、口にせずにはいられなかった。

 そしてまた異変に気付く。

 窓に映った己の姿。

 中年太りだった腹は凹みシックスパックに、薄くなりつつあった頭部がなんとフサフサに! ヒャッホウ!

 そんな俺の口から思わず出た言葉は……


「若い!」


 だった。

 しかも眼鏡がどこかへ行ってしまったのに、はっきり見える。

 俺の目が悪くなったのは二十歳くらいだから今の姿はそれ以前。

 十八歳あたりだろうか。

 老いを感じ始めていた身体は軽くなり、慢性気味だった腰の痛みも消えた。


「こっ、これが若さか……!」


 快哉を叫びたいほどの高揚感に包まれた時、フッと妙な映像が脳裏をよぎった。

 絶世と言っていいほどのイケメンが俺に対し、何事かを謝っているような構図だ。

 その彼は半笑いで何かを切々と訴えかけているのだが、誠実さは全く感じられず、いかにも形だけ頭を下げていると言った様子で、俺もそれにイラつき内容は良く覚えていない。

 しかし、ムカつくけど仕方ないかと思った記憶はある。


 そして同時に別の場面が蘇った。


 いつも通りに深夜業務を一人でこなしていた。

 検品を済ませ、弁当を並べ、デイリー品の廃棄チェック。

 それが終わると外の掃除。

 その最中だった。


 店舗が突如大爆発を起こしたのは。


 俺は多分、巻き込まれたんだと思う。

 一瞬で目は視界を失ったが、痛い、熱いといった感覚は未だ残っているからだ。

 あの尋常ではない激痛。

 死んでないのが不思議なくらいだ。


「いや……俺はもしかして死んだのか?」


 そうじゃないとこの若い姿は説明が付かない。

 つまりここは、あの世の可能性。

 うん、死んだっていうほうが納得できる。


「そうかぁ、俺は死んじゃったかぁ」


 自嘲気味に漏れる笑い。

 はっきり言って、つまらない人生だった。

 将来には何の希望もなく、過去には汚点しかなく、現在には不満しかなかった。

 なるべく早く死ねたらいいなとすら思っていた。

 ある意味、望みは叶ったと言えるだろう。

 ただひとつ、老いた母親を残してきたのが気がかりではあるが、それは兄姉たちに任せるしかあるまい。


「ま、死んじまったものはしゃーない」


 パンと両頬を叩き、背筋を伸ばす。

 以前なら急激に腰を伸ばすと痛みが走ったものだ。


「だけどテロか何かに巻き込まれたのはいいとして、何も店まで……ってか、店も死んだらあの世に来るのか?」


 我ながら意味不明なことを呟きつつ、店の入口を潜る。

 ちょっ、流石あの世!

 電柱すら見当たらないのに自動ドアは動くし電灯も点いてる!

 うおっ!

 それどころか商品があるじゃないか!

 うははは。面白れぇー。


 カウンターもあればレジもある。

 あの世でどうするつもりなのか、ATMまで鎮座していた。

 三途の川の渡し賃でも引き落とすとか?


「あれ? お菓子なんかはあるのに弁当類はないんだな。まぁ、そもそも誰が食い物を買うんだよって話なんだが……あの世ならみんなユーレイだろ」


 見慣れた商品を手に取り、グルリと店内を眺める。

 やたら白いのは外観と同じだが、ふと気付く。


「俺が働いていた店舗より少し小さいな」


 そうなのだ。

 島ゴンドラの列が二本足りない。

 これでは狭小地や旧型店舗サイズだ。

 ゴンドラ数が少ないと言うことは商品アイテム数も少ないと言うことである。

 店側としては商品数が少ないほど管理は楽なのだが、客側からすれば選択肢が減るのだ。

 となると、客は『あそこは品揃えが悪いから他へ行こう』と言う心理になりかねない。

 難しいところである。


「ま、ワンオペするならこのくらいのほうが捗るんだけどな」


 大型店舗を一人で回すのはかなりきつい。

 客さえ来なければ何とかなるが……

 やはり最低でも二人は欲しい。

 もっとも、万年人手不足の業界だから、ワンオペなんてものが罷り通るわけだ。

 夜勤を二週間連勤した時は労基署に駆け込んでやろうかと思ったぞ。


 リリリリン リリリリン


 益体もない考えを打ち砕いたのはベルの音。

 散々聞き慣れたはずなのに、思わず驚く。

 勿論、電話などではない。


「なんで鳴るんだよ……」


 慣れ切った身体とは恐ろしいもので、俺は無意識にカウンター内を通り、事務所へ向かっていた。

 しかし何かおかしい。

 何だこの事務所は……って、うわ! 仮眠できる畳のスペースがある!

 昭和の店舗かっ! 今時ないよこんな店!


 ともあれ、音の出どころはSC、所謂ストアコンピュータである。

 画面を見もせずにテンキーの登録ボタンを押し、音を止めるまでが無意識でのワンセット。

 なぜならうるさいから。

 その後でゆっくりとディスプレイに表示されたメッセージを読む。


『緊急同報があります。参照してください』


「は?」


『本日、特別発注があります』


「はぁ!?」




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