前世魔道士の私がエルフに転生したけど、再会した前世の騎士が放っておいてくれない
「ずっと探してた……! ようやく、会えた…………っ!!」
私の目の前で、目を潤ませている男性。
「――何故、こんなことに……?」
思わず私は、天を仰いだ。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤
事の発端は、数日前。
「あれ。私、転生してる……?」
寝て起きたら前世の記憶が頭の中に流れ込んできた。
前世の名は、アシュリー・ヴェルク。一代限りの爵位を持った、成り上がりの魔道士だ。
なんか突っかかってきた亜竜を群れごと蹴散らしたら、子爵位を貰ってしまった。
どうやらその亜竜らは村を襲っては壊滅状態に追い込む、ということを数多くしていたらしく、その数大小含め30。流石に国として無視できず、討伐隊を結成していたところだったらしいのだけれど、その前に私が倒してしまい、その功績が爵位になった、というわけだ。
別に亜竜の100頭程度、私にとっては敵では無かったのだけど、他の人間にとっては十分脅威なのだそう。
「死んだ理由って何だっけ?」
コテ、と首を傾げると、肩を銀糸が滑り落ちていった。
「…………」
無言で鏡を取り出し、今世の外見を確認する。
「銀の髪は前世と同じだけど……深緑の瞳に尖った耳……森人族か〜」
道理で、周りが森なわけだ。うん、どこ見ても緑。しかも、私一人だけ。
森人族は金髪に深緑の瞳を持つ種族。銀髪の私は異端者であり、受け入れられなかったのだろう。
現在私は200歳。人間換算で15〜20歳ほど。外見はどう見ても15、6歳だけど。
森人族になったおかげで前世よりスムーズに使える魔法を使って、腰までの髪を三つ編みで一つにする。
「こんなに簡単に発動できるなんて、便利な種族になったなぁ〜。あ」
思い出した。前世の死因。
「〚禁呪〛の発動かぁ……」
世界には命と引き換えにして発動する〚禁呪〛というものが存在する。
「確か、一緒にいた騎士さんと魔物の暴走に巻き込まれて、致命傷を負っちゃって。騎士さんだけでも助けようとして、使ったんだっけ」
その騎士さんというのが、国から私に付けられた、護衛騎士だった。赤味がかった茶髪に、焦げ茶の瞳の男だった。名をアルバート・ゼルクといった。私と同じで、平民から剣の腕だけで王城の騎士になった男。
最初はぎこちなかったものの、3年も一緒にいれば仲良くなるなという方が無理な話だ。数多の戦場を共にして、戦友とまで呼べるほど仲良くなった。……微かな恋情も抱いた。
そんな大切な仲間に死んでほしくなくて、〚禁呪〛を無我夢中で発動させたのだ。〚禁呪〛は自分自身を対象にできず、使えば勝者は命を落とすが、その効果は覿面だ。
実際、前世で私が発動させたときは血塗れで致命傷を負っていた彼が何事もなかったかのように起き上がっていた。
彼はボロボロ涙を流して死んでいく私に向かって何かを呟いていたのだけど、その時の私の身体はもう殆ど機能していなくて、辛うじて彼の泣き顔がぼやけて見えていた。私の身体を抱きしめて、私はそんな彼に何かを呟いて。そこで私の意識は途切れた。たぶん、そこで死んだのだろう。
問題は、私がどんな効果の〚禁呪〛を発動させたのか、というところを覚えていないことだ。
あの後、私のせいで不幸な目にあっていたら、ほんっと〜〜っに申し訳ない。
「……森の外に出てみるか」
そうと決まれば、早速準備だ。
きっと、人間の彼はもう死んでしまっているだろう。けど、何処かに彼の生きてきた道を知る人が居るかもしれない。ならば、行くだけでも価値がある。
どうか、彼が、私のことに縛られず、自由に生きていてくれていたら、嬉しいな。
それから、森を出て近い街を探して歩くこと数日。街道に出て歩いていると、向こうから革鎧を着けた青年が歩いてくるのが見えた。そこまではいいのだけど、その青年はこちらを認識した瞬間、もの凄いスピードで近付いてきたのだ。
そして。
「ずっと探してた………! ようやく、会えた…………っ!!」
冒頭に戻る。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤
「ん? 赤茶の髪に、焦げ茶の瞳。もしかしてアルバート?」
「はい。貴方の騎士の、アルバートです。再び会うことができて、すごく嬉しいです」
このキリッとしながらも揺れる尻尾が幻視できる感じ……うん。間違い無くアルバートだ。
予想と違うけど、再会できたのでまあ、いいか。
「私も会えて嬉しいよ。けど、ここで敬礼しないでね。目立つから」
凄い自然な動きで膝をつこうとした彼を制す。立ち話もあれなので、街道沿いにあった木の根元に並んで座った。
彼は「俺が貴女と並ぶなど·······っ」と言って最初座ろうとしなかったけれど「今の私はただの森人族だから」と説き伏せて座らせた。忠誠が高すぎるのも考えものかな。
遠回しに言うのは苦手なので、単刀直入に訊く。
「それで? 何故私が死んだときと姿が変わっていないのか訊いてもいい?」
そう。何故か彼の姿は私が死んだときと全く同じ、青年のまま。少なくとも200年は経っているはずなのに、老いが一つも見えないのはおかしい。
訊くと、彼は頷いたあと、あ、と声を上げた。
「何?」
「貴女のことは何と呼べばいいですか? 今の名で呼んだほうが良いですか?」
「ん? あ〜、今の私の名は無いんだよね。前世と同じでアシュリーでいいよ」
「…………どういうことですか?」
スウッとその場の空気が冷えた。けれど私はそれに気付かず、続ける。
「森人族って金髪碧眼でしょ? けど、私の髪が銀色だから、受け入れられなくって――」
「そいつら、何処ですか? ちょっと行ってきます」
「! ちょ、どこ行くの!? そして何をするつもり!? こら、腰の剣を抜こうとしないで!!」
立ち上がってどこかへ行こうとした彼を慌てて抱きついて止める。その瞬間、ピタッと動きが止まった。
「あ、あれ……アルバート?」
「………………すみません、手を離していただいても? あと、誰彼構わず抱きつくのはやめましょうとあれほど言ったはずです」
「あ、ごめん。でも、アルにしかやらないから、大丈夫だよ?」
「……………………はぁ」
何故そんな深いため息を吐く。解せぬ。
けど、大人しく元の位置に座り直してくれたので、手を離す。
「そうですね……前世と貴女と今世の貴女は別ですので……アリーと呼んでも?」
「もちろん。どうせなら、敬語も辞めてくれると嬉しい」
「それは…………慣れてからでも良いですか? あ、俺のことはアルバートではなくアルと呼んでください」
「? 分かった」
アルによると、まず今は私が死んでから300年経ったらしい。その間に、前世の私の故郷は無くなったそう。国同士の小競り合いに巻き込まれたんだとか。
「そっか〜なくなっちゃったか〜」
「……ずいぶんと軽いですね。もっと取り乱すかと思いました」
「ん〜、言ってなかったっけ。私、結構幼い頃に実家から勘当されててね。故郷って言われてもそんなに思い出がないんだよね」
「……………………ほう?」
そして肝心のアルの容姿が変わっていないのは、私がアルに掛けた〚禁呪〛が関係しているとのこと。
「え、どういう事??」
「アリーが死に際に俺に〚禁呪〛をかけたのは覚えていますか?」
「もちろん、覚えてるよ」
「どうやら、その〚禁呪〛の効果が〝不老不死に最も近い存在になる〟というものらしく、そのおかげで俺はこの姿のままアリーを探すことが出来た、というわけです」
サァッと顔から血の気が引いた。私、そんなヤバい代物をかけちゃったの? 不老不死とか、どう考えても迷惑でしか無い。
「ごめんっ! まさか、そんな事になっちゃうとは、思ってなくって。本当にごめんなさい!」
平身低頭で謝る。それを見て、アルは慌てて「頭を上げてください!」と叫んだ。
「俺は迷惑だなんて思ったことありません。むしろ、感謝しています。不老不死になったおかげで、アリーを見つけられたのですから。だから、頭を上げてください」
「でも、でも………………」
「それとも、アリーは俺に会いたくなかったですか?」
「! そんな事無い! 会えて嬉しいよ!!」
「でしょう? 俺もです。だから謝るのはやめてください」
ふわっと頬を温かい手で包みこまれ、不覚にも泣きそうになってしまった。
それに気付いて、アルはおろおろして手を離そうとした。その温かさが離れていくのが嫌で、反射的に手を握った。
驚いて動きを止めるアルは、私に問う。
「アリー? どうかしましたか? 頬に触れたのが駄目でしたか? 勝手に触ってしまって、申し訳――」
「ち、違う。違うの。アルの手が、温かくって。ああ、生きてるんだなって、よかったなって、思ったら、涙が出てきて……」
「っ」
喋っていくうちに、こらえきれなくなった涙が零れてゆく。止めることも出来ず、アルの顔が滲んでゆく。
ふっと目の前に影が落ちた、そう思った瞬間。
「ぅえっ?」
全身が、温かさに包まれた。状況がわからずパチパチと瞬きを繰り返せば、溜まった涙が流れて視界が少しはっきりする。
「俺は、貴女に、死んで欲しくなかった……っ」
耳元で低く、少し掠れた声がした。それによって、抱きしめられているのだ、と理解する。
アルのしっかりした胸板に抱え込まれ、彼の顔を見ることは出来ない。けど、密着した身体から、微かな震えが伝わってきた。
「あの時。ああ、死んでしまうな、と覚悟したけれど、死は訪れなかった。それどころか、痛みが消えて、疲労で重いはずの身体も簡単に動かせた。だから、貴女を助けようとしてそちらを見れば」
そこで一度黙り、いっそう強く私を抱きしめた。ここに居るということを、確かめるかのように。
「血を吐いて、倒れている貴女を見つけた。慌てて駆け寄って、声をかけても、貴方は答えてくれず、ただ、弱々しく笑うだけだった。俺の腕の中で、冷たくなっていく貴女の遺骸を、俺は抱きしめることしか出来なかった。俺が代わりに死ねば良かったのにとすら思った。それなのに、貴女の最期の言葉は『助けられて、良かった』だった!」
私自身、最期の記憶は激痛と失血、魔力枯渇のせいであやふやで、何を言ったか覚えていなかった。けど、そんなこと言ってたのか。
そんなことを現実逃避気味に考えていると、アルの声がすがりつくような、弱々しいものに変わった。
「俺はあのときを、凄く後悔しました」
「……………うん」
「もっと剣の腕を鍛えていれば良かったと」
「うん」
「もっと貴女の側で戦っていればよかったと」
「うん」
ポツリポツリ、独り言のように溢れていく後悔のひとつひとつに、相槌を打つ。
数多の戦場で、私の背を守ってきた背中。幼子のように、曲がってしまったその背中に手を回して、私からも抱きしめた。
「っアシュリー様!?」
「大丈夫だよ」
前世と同じ声で、同じ呼び方で、私の名を呼ぶ彼を、今度は私が包み込むように抱きしめた。
「私が、アルバートに命を削ってまで〚禁呪〛をかけたのは、私がもう助からないとおもったのもあるけれど。一番は『アルバートを助けたい』と強く思ったからだよ」
「アシュリー、様……」
「さっきも言ったけど。何度でも言うよ。私は、アルバートが生きていてくれて、凄く嬉しい。だから、『死ねば良かった』なんて言わないで」
心細そうに、歪んだアルの顔を自身の両手で包み込んだ。
とびっきりの笑顔で、私は断言する。
「アルバートは、アルは、とても強いよ。強くて、優しい。アルのことを一番見てた、私が言うもの。間違いないよ! ね、私の騎士様?」
「っ、はい!」
元気になったようなので、アルから離れようとした瞬間、くんっと手を引かれてバランスを崩してしまった。そのまま、アルの身体にすっぽり収まった。
「え。アル? どしたの?」
「さっきの、『一番良く見てた』ってどういう意味ですか?」
本能的に『あ、これはヤバい』と察知する。この顔は、イタズラを思いついたときのやつだ。知ってる。こんなとき、だいたい意地悪がくる。さっきまで、弱々しかったくせに。
「もしかして、俺のこと好きなんですか?」
「!?!?」
図星を突かれて硬直する。段々と赤くなっていく私のその反応に、最初ばかりはニヤニヤしていたアルもつられて顔を赤くした。
「え、まさか。その反応……」
「―――っっっ!! そうよ、アルのことが好きよ! 前世から! 悪い――きゃぁ!?」
大真面目な態度で訊かれるのに耐えられず、やけくそ気味に告白した。その直後、身体が浮いた。
アルが私を抱き上げて、抱きしめる。
「ちょ、なにっ」
「嬉しいです、アリー!!」
「えっ!?」
喜色満面のアルにびっくりして身体から力が抜けた。
「俺も、アシュリー様が、アリーが、好きだっ!!」
告げられた言葉を理解することが出来ず、数秒思考が停止する。
え? 好きって、言った? アルが、私を?
「嘘…………」
「嘘じゃない」
「え、だって、そんな素振り、全く無かったじゃない」
「あのときは身分が違った。俺は平民で、アシュリー様は子爵。どう頑張っても、身分の差は埋められない」
いつの間にか敬語が取れているが、取り乱した私にはそんなことはどうでもよかった。
「ねぇ、アリー。俺は、貴女が好きです」
「っ!」
抱き上げた私の身体に頭を預け、上目遣いでこっちを見てくる彼から、目を離せずにいた。
「だから、側にいてもいいですか?」
「っもちろん!」
胸元にある彼の頭を抱きしめた。すると、彼が硬直する。不思議に思っていると、ボソリと一言。
「アリーの身体は柔らかいな」
「!!!!!」
慌てて降ろせと手足をバタつかせ抗議するも、元騎士の力には敵わない。
揺らぎもせず、悪びれもせず、アルは私の見たことない、顔で笑った。
「これまで散々我慢したんだ。許してくださいね?」
赤面した私は頷くほかない。
私の前世の騎士は、今世も私と一緒に生きることになるようだ。
読んでくださりありがとうございました。
出来ましたら、評価やいいね、感想などをいただけると嬉しいです。