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オタクが感謝し狂うとき




実はユリコは推しを構成した創造神の1柱であるイラストレーター・コウタロウ氏に会ったことが数回ある(創造神の他の柱にはCVを担当した声優様や設定を作ったであろう製作陣の名も知らぬ方々をユリコが勝手に配置して勝手に崇拝している)。


コウタロウさんの参加していた展示会や同人イベントにイラストの本やグッズを買いに行ったことがある(ので、コウタロウさんは同じ空間に居たはずだ)し、コウタロウさんの個展は本人の在廊時間を確認して向かったので、差し入れを持っていって手渡した。

自慢になるようなことではないが、会ったことはあるのだ。


まあ、会ったことがあるだけで、特に何も知らない。

喋ったけど、どんな顔だったかも記憶にない。

正直人の顔を覚えるのは苦手だし、創造神であったとしても、イラストレーター自身に対してそこまで深い興味はない。


個展で会ったときは、何度も頭を下げながら差し入れを受け取る姿に内気な人っぽいなと思った記憶、思ってたより声が高いなと思った記憶、左手の薬指に指輪が嵌っていて「業界に名を馳せるような歳なんだから結婚してるよなぁ」と思った記憶が……あるような……いや、違う何かをしたときの別の人の記憶かも……。

……とりあえず、コウタロウ氏がどういう人物なのかは何も知らないということは知っている。


けど、ユリコはその方が好きだ。

何かを生み出している人間のプライベートまで知りたいとは思わない。

SNSで神絵師たちがするリニューアルしたコンビニ唐揚げへの感想や家の猫の話が一部のオタクに需要のあるものだとは分かっているが、ユリコにとっては推しアイドルやモデルというわけでもなく一般人寄りの生活をしている赤の他人の呟きなので、それを見ても特になにか感情が動いたりはしない。

人の感情の映り込んだつぶやきをたくさん眺めるのは疲れるタチで、淡々とイラストをアップしたり、完全に仕事用としてアカウントを運用している人ばかりフォローしてしまう(申し訳ないが、SNSで割となんでも発信したり発言したりするジャス眠太郎さんはフォローしていなかったりする)。オタクをしているときの感想や考察まがいのワクワクした会話は女友達と一緒に楽しめば気が済むし、ネットの誰かの感想をユリコは必要としない。

だからコウタロウさんのように黙々とSNSアカウントを運用していて私生活や性格の見えない人が推しイラストレーター(創造神)でよかった、とはたまに思う。




色々言ったが、推しを生み出した存在の考え方や背景を知れるのなら知っておいて損はないだろう。推しに関しては余分な感情も理屈の通った言い訳なども全てが些事になる。創造神であり推しイラストレーターでもある彼のお絵描きとお喋りを生配信で浴びることができるというのであれば、見るしかない。


コウタロウさんのイラストは水彩っぽくて、画面のほとんどを淡い色が占めている。それなのに不思議なコントラストがあり、目立つべき瞳や口、手の表情などに自然と目がいくようになっており、あの美しい絵がどうやって彩られていくのかは非常に気になるところだ。

あと彼の描く女の子は特に創作では胸の大きさが控えめで露出が少なめ、猫みたいなツリ目をしている子が多く、絵柄も好みながら女の子の趣味もわりと好みなので、コウタロウ氏の絵は大体全部ユリコに刺さる。絵を見るのが楽しみだ。


現在の時刻は20時23分。超特急でシャワーを浴びて髪を乾かしたユリコは、21時になるまでの残り時間で、何かへの怨念のように流しに留まって積みあがっていた食器たちを洗いながら時間を潰した。




21時を少し過ぎたところで、配信に音声が入った。溜めすぎていたせいで半分も綺麗にできなかったが洗い物を切り上げて、白いローテーブルにスマホを置いてカーペットに座る。

片手間に、部屋の掃除でもしようかな……。

散らばっているゴミをゴミ袋に入れてまとめよう。ゴミ袋を出してきて、スマホの画面を覗く。

ジャス眠太郎さんのほうは完全に真っ白なキャンバスを表示している。それに対してコウタロウさんは色ラフまで終わっている絵を仕上げていくらしく、画面に絵が写った瞬間にユリコは胸を押さえてカーペットに倒れ込んだ。


コウタロウさんの絵、かわいい……!


長くふわふわのグレーっぽくも見える亜麻色の髪に、うすい水色の猫みたいな瞳の女の子。頭に大きなリボンがついていて、浅瀬に寝転んでいるのか青系統のヒラヒラした服が光と水に靡いているのがラフ段階なのに伝わってくる。

ここから線を綺麗にしたり色を整えたりしていくのだろうが、既に100点満点の可愛さだ。何時間配信が続いてくれるのかわからないが、一先ずは、この絵がより美しくなっていく工程を見られる未来に対して、現代に生まれることができたことを感謝するべきだろう。


絵が全体的に繊細さを増していく光景を定期的にうっとり眺めながら、親友でありオタク仲間のレイカと『やばいね、配信の絵超可愛い』『ほんとに神』とメッセージを送りあったり、汚い部屋の片付けを進めていた。


コウタロウさんは思っていたより高めの声をしていた。話し上手なジャス眠太郎さんが質問を投げかけたりしながら会話を引き出している。

最近やったゲームは何かとか、好きなゲームはどういう系統かとか。コウタロウさんが挙げたゲームは最近出た新しめのアクションゲームで、ユリコも持っているものだった。ゲームが下手すぎて序盤のボス攻略に2週間掛かったり迷子になって寄り道と無駄死にを繰り返すばかりで全然進んでいないユリコとは違い、コウタロウさんはちゃんとクリア済みらしい。ジャス眠太郎さんもクリア済みらしく、難所の感想や裏ボスへの辿り着き方などについて話が盛り上がっていた。


『コウタロウさん、結構内気で大人しいイメージだけど、ゲームは真正面から突っ込むタイプなんだね。初見であのドラゴンの頭に張り付いて攻め続けられるのすごいよ。俺なんて第二形態はずっと逃げながら魔法撃ってたもん』

『ゲームは攻め方に対しての反応がパターン化されてるから、ちゃんと対応すればいけるよ』

『へぇ……家ではブイブイ敵を薙ぎ倒してるのか』

『はは。俺みたいな人ほどそうかもよ』

『逆に俺みたいな人はビビって逃げ回りながら敵と戦ったりね。コウタロウさん、ホラーゲームはやる?』

『あんまりかな……怖いから』

『やらないんだ』

『うん』

『昔は結構ホラー系手掛けてたよね?……会社名はアレか、コウタロウさんがいたあそこ、ファンタジーもあるけど、ホラゲーが一番有名じゃん』

『うん。いつも怖いなって思いながら作ってた』

『怖いの嫌でフリーランスになったの?』

『はは……それもあるかもね』


話を聞き流しながら、ベッドの下に落ちているものをモップで集める。なくしたと思っていたヘアピンを見つけた。

「コウタロウさん、ホラー怖いんだ」

独り言をつぶやいて、たしかに、と考える。

ファンタジー系のイラストはよく描いているが、可愛い系のものが多くて、異形のモンスターの絡んだ絵とかはあまり見ない気がする。

部屋が綺麗になったらゲームしようかなぁと思いながら、手を止めて配信画面を眺めた。ユリコは絵を描かないので詳しくないが、無から有を掘り起こすように絵の細やかさが段々と増していくのは絵の知識がなくても見ていて面白く、まじまじと魅入ってしまう。

何より自分の最推し……『美波カノン』のデザインが同じこの神の手から同じような工程を経て生み出されたのかもしれないと考えると、それだけで涙が出てきそうだった。






……この時のユリコはまだ知らない。

数時間後の己が発狂していることを。


ユリコは少女ではない。彼女は既に知ってしまっている。

人を構成する特性を変化させるのは、経験とそれに基づく感情の変化であること。嗜好、思考回路、そして生き様。人は人から影響を受け、ときに芯まで変化しながら生きていくこと。それは必ずしも成長とは呼べないが、人生にとってかけがえないものであること。


……人の性癖が、その人の愛する人によって変化していくこと。

巨乳好きだったあの先輩が、胸が小さく、だけどお尻は大きく柔らかな二の腕の持ち主であった「その人」を選んでから……二の腕とお尻の良さを解くようになった。


呪いのような言葉をかけてきた男への怨念は、ユリコの無意識に今も刻み込まれている。




人間の世界を築いてきたのはすべて人間だ。

時代を彩ってきたものの多くは人と人との愛憎渦巻く感情を礎にして技術とともに成長し、現代でも巨大に聳え立っている。生活に絡むどれもが時間をかけて人間の手によって発展してきたものだ。そしてドロドロとした感情が絡んでいるのは、芸術も例外ではない。むしろ芸術こそ、それらを最も顕著に映しだす欲望と失意の鏡である。




「推しイラストレーターの性癖に影響を与えているのが、その配偶者であるとしたら」




至極当然であるが禁忌でもあるその現実にユリコが辿り着くまで……あと、3時間。




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