密談
国主と謁見した日の夜。
ラアトがメルテアの部屋を訪ねてきた。
「あら。自分の部屋は居心地が悪いのですか?」
メルテアは意地悪く言う。
今夜も余計な話をされて眠れなくなっては、事だからだ。
「忠告がある」
意地悪い言葉に返事することなく、ラアトが椅子に腰かける。
メルテアの傍にいたシェトレが、少し驚いた表情をした。
メルテアとの関係がどのようなものなのか計りかねているのだろう。
「席を外しましょうか」と気遣うシェトレに、ラアトが「ここにおれ」と静かに言った。
まるでこの部屋の主のような振る舞いだ。しかし様になっている。ぐうの音も出ないほどに。
「あの男が、最初の数日はあまり出歩かないでくれと言っておっただろう」
「そうですね」
「数日どころか、数週間はほとんど出ないほうが良い。城外などもっての外だ」
「どうしてですか?」
「悪目立ちを避けるためだ」
そう言ったラアトが、シェトレに目を向けた。
圧を感じたのか、シェトレの肩がかすかに揺れる。
しかしシェトレも同意見であったようで、ラアトに向かって頷いた。
ラアトの考えは、要するに印象操作をすることであった。
ストロゼアの王城には、当然多くの貴族がいる。
そこへどこの馬の骨かも分からない娘が着飾って出歩いていればどう思われるか。
好ましい印象を持つ者などほとんどいないだろう。
良くて、奇妙な小娘がうろついていると思われる程度である。
城外に至っては、さらに慎重とならねばならない。
良い噂も、悪い噂も、一度城外へ広まれば二度と回収できないだろう。
ストロゼアウルの貴人となったメルテアに、早々悪評判が付いてはならない。
「じゃあ、一切出ないほうがいいんじゃないですか?」
「それも良くない。人間というものは悪い噂が好きなものだ。見たこともない者に対しては特に」
「……だから、時々少しだけ出るってことです?」
「そういうことだ。メルテア。君は容姿だけは非常に優れている。着飾ればもっと良くなる。これを武器にしない手はないというわけだ」
つまり良い印象のみを外に見せていく。
その手助けを、ラアトとシェトレが傍で行う。
その間、初老の男と国主が根回しをしていくだろう。
ストロゼアウルを支えたい彼らにとって、メルテアという旗が折れることなどあってはならない。
「……なんだか、性急すぎませんか」
メルテアは首を傾げた。
これほど強引に事を進めなくても、メルテアが城に入る前から準備を進めれば良かったはずである。
「急ぐ必要があるのやもしれぬ。俺の予想以上に、強引な一面があった」
「……強引でしたか?」
「気付かなかったのなら、まあ良い。とにかく今のところ、悪いようにならぬと言える」
「そうでないと困ります。ラアトがそう言ったのですから」
メルテアはため息を吐く。
傍にいたシェトレが、小さく息を飲んだ。
見ると、どことなく戸惑っているような表情を浮かべていた。
ラアトと交わした最後の言葉が理解できなかったのだろう。
メルテアは慌てて、「気にしないで」とシェトレに告げた。今はラアトとの関係をすべて話すわけにはいかないからだ。
それからしばらく、三人の密談がつづいた。
「容姿だけは優れている」と何度も言うラアトに苛立ちつつ、メルテアは明日から実践できそうなことをひとつひとつ聞いた。
「すぐに出来ないことは徐々に覚えましょう」と優しく言ってくれるシェトレに癒されつつ、メルテアは肩に乗った重荷を抱いて床に就いた。