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聖王メルテアへの軌跡  作者: 遠野月
善なるメルテア
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身に宿る聖邪の血


――身を切る善行を成せ――



メルテアに継がれた教え。

余裕のない生活の中でも、メルテアの一部となってきた心の支えだ。

それだけではない。

尊敬する亡き母が遺してくれた財産でもある。



「……それじゃあ、家訓と一緒に、この木箱を貰ったのは」


「呪いを解くためだ。余の領土と財宝を取りもどすために」


「……私、私たちは、そんなつもりじゃ……」



ラアトに手渡された答えが、徐々に心へ滲みる。

滲みるほどに、メルテアの心は嫌悪感に満ちていった。


メルテアが信じた善行は、報いを得るためではなかった。

だからこそ、善行によって生じた苦痛を嘆いたりしなかった。

尊敬していた母も、そうだ。

報いを求めない、清らかな人であった。


今ここでラアトの言葉を受け、領土と財宝を得たらどうなるか。

自らが信じてきたことを、不確かなものに変えるのではないか。

母が成したことも、不誠実なものと思われるのではないか。


メルテアは袋に入っていた木箱を掴み取る。

壊れた木箱が、握った力で軋み、少し欠けた。



「そうではない」



メルテアの心を読み取ったように、ラアトの声が通った。



「先に言った通り、何代も前から目的を変えた者がいたのだろう」


「……どうして」


「その者はきっと『善行は純粋に善でなければならぬ』と思ったのだ。それゆえ、真実にひとつを閉ざした」



ラアトの言葉が、メルテアの心に通った。

ああそれが。母を生み、メルテアを生んだのだ。



「余にとっては呪いを解くためであるが、君たちにとっては正しき善のためだけであった」


「……正しき、善」


「そうだ。誇って良い」


「でも、領土とか、宝とか」


「そんなものは次いでと思えば良い。もしくは、さらなる善行を成すために、領土と財宝を使えば良いではないか」



ラアトが笑った。

器が大きいのか、思考が邪なのか。

多大な財など駄賃と変わらないと言わんばかりの態度である。


しかしその言葉が、メルテアの心を軽くした。

自分の善行も、母の善行も、真に純粋なものと認められたことが嬉しかった。



「ありがとうございます」



ぽつりと礼をこぼす。

メルテアの声を拾いあげたラアトが、小さく笑った。

やわらかい笑顔だなと、メルテアはほっとする。



「……ところで、その」



しばらくの間を置いて、メルテアはラアトの顔を覗いた。

暖炉の火に照らされるラアトの肌。妙に神々しく映える。



「なんだ」


「呪いを解く善行というものは、どれほど重ねなければならないものだったのですか」


「一万だ」


「え?」



(……え??)



「真の善行を一万回成すことで、余の悪行を帳消しにすることとなっておった」


「じゃ、じゃあ……その一万回目を、私が……?」


「そうなるだろう。余の子孫が三百年の時をかけて十代、二十代、三十代。メルテアの代となってようやく達したのだ」


「…………え……え?」



…………え??


メルテアは眉根を寄せる。

ラアトの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

なにを言っているのだ、と。


私が? ラアトの?



「……子孫、ですか?」


「そうだ。言っていなかったか」


「言ってないですよ……!?」



メルテアが大声をあげる。

直後、部屋の扉が数度叩かれた。

「なにかありましたか」と衛兵が声をかけてくる。

メルテアは慌て、扉の外に向け「何事もないです」と返事をした。

そうしてから両手で自らの口を押える。



「……えっと、あの……あまり良い冗談では……」


「冗談と思うのか」



ラアトが首を傾げる。

真っ直ぐな瞳。嘘が混ざっているとは思えない。


とすれば、本当にラアトの子孫なのか。自分が。

ストロゼアウルの聖なる血を継いでいるだけではない。

ペルフェトラスエルの邪なる血まで受け継いでいるというのか。


その夜。

メルテアはほとんど眠れなかった。

「ラアトの話を聞く前に眠っておいて良かった」

翌朝になって、そう思ったのだった。

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