呪いを解く方法
「ようやく一息つけたな」
案内された部屋で、ラアトが身体を大きく伸ばした。
初老の男はもういない。
「用があれば呼んでください」と言い残し、退室していた。
部屋の外には衛兵がいるが、室内はメルテアとラアトのみ。
「私はちょっと……休めそうにありません」
「なぜだ」
「……立派なお部屋すぎて。汚してしまいそう」
「気にする必要などない。それほど気にかかるならば、余が先に汚してやろうか?」
「や、や、やめてくださいよ!? 分かりました。休みますから……!」
メルテアは意を決し、椅子に腰かけた。
見たこともない豪華な椅子。不要な飾りがいくつもある。
しかし座り心地は非常に良かった。
全身に溜まっていた疲労が溢れ出る。
溢れでたすべてを、椅子が受け止めてくれている気がした。
「寛げたようでなにより」
「もう眠ってしまいそうです……」
「長い旅であったからな。休むと良い。余のことを話しておこうと思ったが、それはあとで良い」
「すみません、本当に……」
徐々に意識が遠のいていく。
ぐらつく視界の中、近付いてくるラアトの姿。
心配そうな表情をして、大きな手をメルテアの頭に乗せた。
その手が少し熱いなと思った直後、メルテアは眠りに落ちた。
眠っている間。
メルテアは夢の中で誰かと会っている気がした。
男なのか女なのか、よく分からない。
メルテアの前に立ち、なにかを話していた。
メルテアもまた、その誰かに対して、なにかを話していた。
ところがなぜか。
自分が話している内容がメルテアには理解できなかった。
瞼の裏に、赤が揺れる。
暖炉の火だと気付いたのは、しばらくしてからであった。
「起きたか」
ラアトの声。
暖炉の傍に立ち、腕を組んでいた。顔だけをメルテアに向け、小さく笑ってる。
「もしかして、けっこう寝ていましたか」
「もう夜だ。国主と会うのは明日にしようと、あの男が言っていた」
「起こしてくれても良かったのに」
「良い。急ぐことでもなかろう」
そう言って、ラアトがメルテアの傍へ寄る。
メルテアは立ち上がって、ラアトに身体を向けようとした。
瞬間、自分の身体にかけられていた毛布がずり落ちる。
ラアトが毛布をかけてくれたのだろうか。
王様かもしれない人にこんなことをさせて、申し訳ないどころではない。
「良い夢を見ていたようだな」
ラアトが笑顔を見せた。
どうしてそんなことを言うのかと、メルテアは首を傾げる。
「憑き物が落ちたような顔をしておる」
「どんな夢かは覚えていません」
「そういうものだな、夢というやつは」
傍へ来たラアトが、メルテアの頭にとんと触れる。
メルテアは子供扱いされた気がして、ラアトの手を払いのけた。
実際ラアトよりも年下であるが、なぜか心の奥底がむず痒い。
手を払われたラアトが、愉快そうに笑う。
その笑い声に合わせ、暖炉の火が小さく踊った。
「余の話をする約束であったな」
「はい」
「余は最初、余にかけられた呪いを解いたのが君だと言った。メルテア。君は呪いのことと、呪いの解き方を知っておったか?」
「いいえ。なにも」
「やはりそうか。おそらく何代も前に口を閉ざした者がいたのだろう。呪いを解く方法だけをひっそりと伝えてな」
「方法って……?」
「その木箱を受け継いだ者が善行を成すことだ。余の悪行を正すほどの善行が、呪いを解く唯一の方法であった」
ラアトの声が静かに広がった。
その言葉に、メルテアの胸は軋んだ。
まさかこんなところで重なるのかと、心の隅が冷えていく。