王の城
翌日。メルテアを乗せた馬車がストロゼアの王城に着いた。
生まれて初めて見る王城は、豪壮であった。
貧乏人が夢で見る城とはまったく違う。
とにかく広く、とにかく華美で、とにかく威厳に満ちていた。
しばらくして、馬車が止まる。
初老の男がメルテアの顔を見て微笑み、先に馬車を降りた。
「さあ、御手を」
先に降りた男が、メルテアに向かって恭しく手を差しだしてくる。
メルテアは戸惑いつつも、手を乗せて馬車を降りた。
つづいてラアトも降りる。
振り返って見たラアトの姿は、やはり王様のようであった。
偉そうに見えるわけではなく、とにかく様になっているのだ。
異彩を放つラアト。そう思ったのはメルテアだけでないらしい。
他の者の目も、メルテアよりラアトへ注がれていた。
なにも知らない者ならば、ラアトを客人と思うだろう。
メルテアなど、そのおまけにしか見えまい。
「メルテア様」
ぼうっとしていたメルテアに、初老の男が声をかけてきた。
メルテアははっとして、男に向き直る。
「お疲れでしょう。国主にお会いになる前に、少しお休みください」
「え、良いのですか?」
「もちろんでございます。お部屋も整えてございます」
初老の男が恭しく礼をしたあと、衛兵たちに手のひらを向けた。
カチャカチャと甲冑の鳴る音がひびき、道が開かれていく。
先行していく初老の男。
メルテアは男の後に付き、衛兵が見守る中を進んでいった。
メルテアのすぐ後ろにラアトがいる。
ラアトがいなければ、足が震えて歩くことも出来なかったかもしれない。
(……変な感じ)
出会ったばかりのラアトの存在に、メルテアは安心感を得ていた。
邪王と呼ばれた男に依存するなんて、変に過ぎる気がする。
「メルテア」
階段を登っている途中、ラアトが後ろから声をかけてきた。
直後、メルテアの足ががくりと揺れた。
あまりの緊張に身体が固くなり、一段踏みはずしたのだ。
「う、わっ、あっ!」
「……っと」
すぐさまラアトがメルテアの身体を抱いて支えた。
力強い腕。
メルテアのか細い胴と同じくらいの太さではないかと錯覚する。
「ご、ごめんなさい」
「そう緊張するでない。本来悪いことは起こらぬはずだが、その様子では怪我くらいしそうだ。気を付けよ」
「は、はい」
「だから緊張するなと言っておろう。……まあ、良い。とにかく部屋へ行くまではこれ以上躓くでないぞ」
ラアトが困ったように笑う。
メルテアはその笑顔を見て、妙な気分になった。
本当にこの男が、邪王ザルバラアトなのかと訝しんだ。
もしかすると魔法のように現れたのは全部夢で、この男はただの優しい人間なのではないか。
(でも、ザルバラアトなんて名前を……)
ただの男が、邪王の名を名乗るなんてありえない。
魔法のように現れたのも、決して夢ではない。
手に持つ袋の中身、壊れた木箱の重みがそう告げている。
ありえないことが次々と起こる現状に、メルテアは首を傾げた。
どれほど考えても答えが出なさそうなことを、悩み、唸る。
その様子を後ろで見ていたラアトが、何度かため息を吐いていた。
結局メルテアは、案内された部屋に着くまで首を傾げつづけるのだった。