玉の夢
ストロゼアは、三百年の歴史を持つ王国である。
邪王ザルバラアトを討ち果たし、世界に安寧をもたらしてくれた聖なる国でもある。
「私が、そのストロゼアウル家の一人……!?」
メルテアの驚きの声が、馬車の中にひびきわたった。
初老の男と、ザルバラアトが同時に耳を塞ぐ。
間を置いてメルテアは自らの口に手を当て、頬を赤らめた。
「左様でございます」
「何かの間違いでは」
「いいえ、メルテア様。間違いありません。メルテア様の祖父様の名が、新たに見つかったストロゼアウル家の系譜にあったのです」
メルテアをじっと見つめる初老の男。
その目に、なにかを懐かしむような色が滲んでいる。
初老の男が言うには、ストロゼアウル家ではある問題が深刻化しつつあるという。
それは最近起こったことではない。
数十年かけてストロゼアを追い詰めているらしかった。
メルテアは、「その問題とはなんですか?」と問いかける。
初老の男の表情が曇った。言い辛いというより、虚しいといった顔だ。
「ストロゼアウルの血が絶えようとしています」
「……それは、その、……子供ができなかったということですか?」
「左様でございます。先代も、先々代も。偶然も重なりました」
初老の男の顔が、さらに虚しさを加えて沈んだ。
「偶然」という言葉を選んだが、そう思ってはいないのかもしれない。
貧乏人のメルテアにも、その「偶然」がどれほど異常かは分かる。
王族に数十年も子ができないなど、呪いをかけたような偶然だ。
沈み込む初老の男に、メルテアはなぜだか申し訳ない気持ちになった。
「つまりメルテアをストロゼアの王にすると」
話を聞いていたザルバラアトが口を挟んだ。
その言葉に、メルテアはぽかりと口を開けた。
昨夜ザルバラアトが語った、「領土と財宝」
それが、本当に転がり込んできたというのか。
魔法のように現れるのではなく、このように現実的な形で。
メルテアはラアトの唐突な言葉に、眩暈を感じはじめた。
「それを私の口から申し上げることは出来ません」
初老の男が沈んだ顔を持ちあげた。
「そうであろうな。いや、すまぬ」
「申し訳ありません。ですが、安心していただきたい」
初老の男がメルテアの顔を見据える。
その両目に力を込めて。
「メルテア様はストロゼアの大切な玉であります」
「……私が、ですか?」
「左様でございます。これより末永く、最高の礼を尽くしつづけることをお約束いたします」
初老の男が恭しく頭を下げた。
しかしザルバラアトが訝しむように男を睨んだ。
結局のところ、初老の男の言葉は曖昧だからである。
メルテアをどうすると、はっきり答えていないのだ。
しかしメルテアは気にしていなかった。
実のところ、最近は貧乏な生活が極まっていたのだ。
一年後も無事で生きていられるか。それすらも分からないほどに。
身に余る重圧は、もちろん感じている。
想像もできないような苦難もあるだろう。
とはいえそれは元の家に戻っても同じことだと、メルテアは思っていた。
ならば見てみたい。
夢にも見なかった新たな世界を。
メルテアは恐れつつも、馬車の小窓から外を覗くのだった。




