気高き魂
全員の挨拶が終わったと伝えられると、メルテアは小さく息をついた。
しかしすぐに違和感を覚える。
最下段の貴族たちをぐるりを見回した。
「三人ほど、まだ会っていないと思いますが」
メルテアが言うと、貴族たちが驚きの表情を向けてきた。気付くとは思わなかったらしい。
返答に困っている貴族たちを見て、メルテアは首を傾げた。
次いで、まだ会いに来ていないはずの三人の貴族へ視線を向ける。
「彼らはあしなえなのです、姫様」
「では私から行きます」
「とんでもない。勿体ないことです」
「どうか行かせてください。お願いいたします」
メルテアが頭を下げると、貴族たちが大いに動揺し、大広間がざわめいた。
二段目にいた貴族たちも見ていたらしく、「どうしたのか」と幾人かが声を上げていた。
「国主様、構いませんか」
「そう仰ると思っておりました。参りましょう、殿下」
「ありがとう存じます」
メルテアが礼を言うと、エルダが満面の笑みを浮かべた。
本当にメルテアがそうすると分かっていたと言わんばかりの表情であった。
エルダが率先して進み、メルテアがあとにつづく。
テンドラとオウラが、やや不服そうにしていた。
テンドラの表情は読み取ろうとしなくても分かる。「そこまでしなくても」と言いたい顔だ。
オウラの表情については、メルテアは上手く読み取れなかった。無表情のようでもあるし、苛立っているようでもあった。
「お目にかかれて光栄です、王女殿下」
あしなえの男が座ったままメルテアに礼をした。
立ち上がろうとしていたが、メルテアがすぐさま制したので、男は席に着いたまま深々と頭を下げた。
「見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」
「そのようなことは思ってもいません」
そう言ってメルテアは男の傍へ寄る。
すると男がびくりと身体を揺らした。畏れ多いと思ったのか、距離を取ろうとしたのだろう。
しかし思うように身体が動かせず、椅子から転げ落ちそうになった。
メルテアは慌てて男の身体を支え、事なきを得た。
それからメルテアは男としばらく話をして、二人目の貴族のもとへ行った。
二人目のあしなえの男も一人目と同様に、立ち上がって礼をしようとした。メ
ルテアも一人目と同様にすぐさま制し、席に着いたままでいいと告げた。
「皆律儀ですね、オウラ様」
黙って見ていたオウラに、メルテアは声をかけた。
オウラが目を細め、しばらく何か考えるような表情をする。
「最下段の貴族たちは、ほとんどが軍人で、南方出身です。頑固者ばかりですが、芯があります」
「分かります」
「ですから、最後のひとりには会わないほうが宜しい」
「どうしてですか?」
「真の頑固者です」
「知り合いなのですね」
「左様でございます」
そう言ったあと、オウラが口を閉ざした。
メルテアはもう少しオウラと話しをしてみたかったが、これ以上は話さないという意志がオウラから感じ取れた。
仕方なくメルテアは三人目の貴族に目を向け、進んでいった。
オウラの忠告通り、三人目の貴族は他の者と違っていた。
老人でありながら、遠目からも纏っている気迫が異様と分かる。
周囲の者を寄せ付けないだけでなく、目前のメルテアに対しても拒絶する意思を放っていた。
近付いてみると、老人には右足がないと気付いた。
「ははあ。王女殿下は物好きでいらっしゃる」
老人が嘲笑うように言った。
挑発と受け取ったテンドラが怒り、老人に向かって飛びだそうとする。
それをエルダが素早く止めた。エルダもまた、老人のことを知っているようであった。
「どうでしょうか。ほんの少し前まで、明日をも知れない貧しい日々をおくっていましたから」
「伺っております。御気の毒なことです」
「気の毒と思ったことはありません。私も、父母も。今も昔も、私は足りています」
「ははあ。なるほど」
老人が何度か頷き、両目を大きく開いた。
老人の目は、メルテアの奥底を覗いているかのようであった。
なにもかもを暴きだし、真偽だけでなく、本能までも見定めるほどに。
しかしその目を不快と感じることはなかった。
「感服いたしました、王女殿下」
老人が大笑いをはじめる。
それを見て、つい先ほどまで怒りに震えていたテンドラがぽかりと口を開けた。
その隣にいるエルダが、「やれやれ」と声をこぼす。
「このドラノも、足りております」
「知っています。ドラノ様の目は、私の父と似ていますから」
「ほう。どのように?」
「満ち足りていて、気高く、お優しい目です」
「……やはり王女殿下には敵いませんな。どうか我が無礼をお許しください」
ドラノと名乗った老人が深く頭を下げた。
メルテアも同様にしてから、ドラノの手を取った。
「お詫びにいつか、南方を案内いたしましょう」
「ありがとう存じます、ドラノ様。必ず参ります」
メルテアは応え、ドラノと別れた。
最下段の挨拶は、ドラノを最後にして終いとなった。
上段へ登っていく最中、メルテアは多くの貴族たちの見送りを受けた。
メルテアはそれぞれに対し丁寧に返礼し、最上段へ登った。
「これで終わりですね」
席に着くや、メルテアは長く息を吐きだした。
メルテアの疲れた姿を皆に見せないよう、メルテアの前に幾人かの使用人が集まる。
そこへエルダとテンドラ、オウラも加わった。
「誠にお疲れ様でございました」
エルダが心配そうな表情を見せ、礼をした。
テンドラとオウラも、エルダに倣う。
「支えてくださり、感謝します」
「勿体ないお言葉でございます」
「私はこれで退席しても良いと聞いていましたが」
「構いません、殿下。晩餐会は深夜までつづきますが、形式的なことはここまでとなっております」
「そうでしたか。では申し訳ありませんが、私はこれで」
「御意に」
エルダの礼を受け、メルテアは席を立った。
直後、大広間にいたすべての貴族がメルテアに向く。
皆が皆、メルテアに礼をし、見送ってくれた。
メルテアは貴族たちに返礼したのち、大広間から退場するのだった。
第四章はこれで終わりとなります。
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