再開
大広間へ戻る前、シェトレが奇妙な飲み物を持ってきた。
土色のそれはひどい臭いがした。滋養強壮の薬汁なのだという。
一口飲んでみると、恐ろしく苦かった。メルテアは鼻をつまんで一気に飲み干し、蹲る。
しかししばらくするとメルテアの身体の奥が熱くなり、じわじわと活力が湧きあがってくるのを感じた。
「ありがとう、シェトレ姉様」
「さあ、殿下。もうしばらくの辛抱です。参りましょう」
姉様と言って甘えようとしたが、シェトレがさらりとかわす。
メルテアには一刻も早く、晩餐会へ戻ってもらいたいからだ。
メルテアは苦笑いしつつも、シェトレの言葉に従った。我儘を言って困らせたいわけではない。
大広間に繋がる回廊を歩く。
途中、テアネに会った。テアネの上長らしき男も隣に立っていた。
メルテアが近付くと、二人が駆け寄ってきて深々と頭を下げてきた。
メルテアは「これからも励んでください」と伝える。これ以上の謝罪は本当に要らないと思ったからだ。こうしたことは長引かせないほうがお互いにとって良い。
「殿下、お迎えに上がりました」
テアネに声をかけた直後、男の声が通った。
「……ゼム様?」
「顔色が優れないようでしたから心配しておりました」
「ありがとう存じます。少々休ませていただきました」
「それは何よりです」
ゼムがにこりと笑う。
柔らかい声だなと、メルテアはほっとした。
優しいというより、声も仕草も表情も、すべてが柔らかい。
ゼムとはほとんど会話をしたことがなかったが、存外気楽に話せる相手なのかもしれないとメルテアは思った。
とはいえ、ここで話し込むわけにもいかない。
メルテアはゼムに促されるがまま、大広間へ入った。
「さらに御美しくなられました」
席に着くやいなや、テンドラが褒めそやした。
「迷惑をかけました」
「そのようなことはなにも! むしろ出席している者たちは皆、殿下の寛大さに心動かされております」
「……どうしてです?」
「自身を省みず、しかも誰よりも早く、使用人の怪我を心配されたではありませんか。簡単に出来ることではありません」
「……つまり、そういう宣伝をしたのですね?」
「左様でございます。こうすることでかの使用人が、これ以上の咎めを受けることはありません」
「そうですね。感謝します、テンドラ様」
「過分なお言葉痛み入ります、殿下。小賢しく思われる点もございましょうが、どうかお目こぼしください」
そう言ったテンドラが、ゼムとともに恭しく礼をした。
メルテアは二人の礼を素直に受け、小さく息を吐く。
テンドラの言う通り、小賢しい宣伝だと思ったからだ。
しかしそうした大小の気配りによって貴族社会は保たれているのだろう。
メルテアはそうしたことを呑みこんでいかねばならない。
呑みこんだ先で、多くの善行を成せればそれで良い。
大広間の貴族たちを見て、メルテアは小さく手を上げる。
わずかにざわめいていた貴族たちが、ほっとした表情を返してきた。
それからメルテアは、ほんの少し食事をし、二度目の挨拶回りの時間まで休んだ。
休んでいる間、誰もメルテアに声をかけないよう、エルダが取り計らってくれた。
「殿下、無理はなさいませんよう」
唯一声をかけることを許していたシェトレが、静かな声で言った。
「平気よ」
「最下段の挨拶は時間を短くすると国主様がおっしゃられていました」
「そんなこと出来ないわ」
「ですが」
「私はもう平気。苦いお薬も飲んだから。国主様には決められていた通りの時間にするよう、私から伝えるわ」
「畏まりました」
「代わりに、後でいっぱいシェトレに甘えるから」
「ふふ。ええ、そのように」
シェトレが笑う。
その笑顔を見ただけで、晩餐会のひとつやふたつ乗り切れる気がした。




