挨拶回り
「殿下」
ラアトが後ろへ下がってすぐ、シェトレが傍へ寄った。
会話を聞かれたのだろうかと、一瞬慌てる。
「そちらを一口食べられたら、お時間となります」
「分かったわ」
メルテアは再びほっとして、小さく頷いた。
一回目の食事を終え、果実のジュースを一口含み、息をつく。
身体と気持ちのざわめきが落ち着いたのを見計らい、メルテアはエルダに向かって手のひらを向けてみせた。
エルダが厳かに立ち上がる。
つづけてラズフロスカルのテンドラと、ネロブロムシアのオウラが立ち、メルテアの傍へ寄った。
もちろん護衛騎士も付く。前に二人、後ろに二人。
メルテアの希望もあり、ラアトが後ろの護衛騎士のひとりとなった。
「それでは参りましょう」
「御意に」
三人が礼をして、メルテアの歩む先を整えていく。
先頭をテンドラが進み、次にメルテア。そのすぐ後ろに、エルダとオウラが付いた。
大広間の二段目に降りると、待っていたかのように貴族たちの目がメルテアへ向いた。
とはいえ、想像していたよりも騒がしくはならなかった。
やはり皆貴族である。余裕があるのだろう。我先にと声をかけてくる者はいない。
「お初にお目にかかります、王女殿下」
ひとつひとつのテーブルへ寄るたび、誰も彼も畏まった。
「おう!」 とか、「よお!」などと言ってくれたらずいぶん気が楽になるのだが。
皆が皆、仮面を着けているようだとメルテアは思った。
しかしそんなことだけを思ってはいられない。この機会に、多くの者の名を覚えなければならないからだ。
わずかでも個性を読み取り、貴族たちの顔と家の名を頭に叩き込んでいく。
「殿下の御美しさを、この日まで隠してこられたとは」
テンドラよりも太った男が、目を丸くさせながら言った。
メルテアは「滅相もないことです」と答え、微笑みが崩れないように耐える。二人に一人は、メルテアの外見に触れた話となるからだ。
淡い光を放っている髪については、婦人たちが食いついてきた。どうすればこのような髪になるのかと、羨望の眼差しを向けてくる。
「ご婦人方。殿下は聖なる祝福を受けたのです」
困り果てたメルテアを見かね、テンドラが婦人の相手を務めてくれた。
「戴冠式の最中に光を受けたというのは、本当なのですか?」
「真でございます」
「まあ! ストロゼアの聖なる血は、やはり護られているのですね!」
「真にその通りでございます、ご婦人方」
テンドラが大きく笑う。
その笑い声の後ろにメルテアは隠れつづけ、なんとか二段目の挨拶回りを終えた。




