想い
「――ストロゼア王国の繁栄を祈り、ここに杯を挙げたいと思います」
エルダの長々とした挨拶が終わる。
二段目と最下段の貴族たちは、すでに杯を持っていた。
最上段にいる三大貴族にも杯が配られていく。
最後にメルテアのもとへ杯が来た。
酒かと思われたが、メルテアのものだけ果実のジュースであるらしい。
メルテアの手に杯が渡ったことを確認したエルダが、メルテアに向かって小さく礼をした。
メルテアが最初に杯を挙げてくれということか。
メルテアは杯を手に立ち上がる。
しかし何と言えばいいのか。数瞬迷った。
メルテアはストロゼアウルの王女でもあるが、ペルフェトラスエルの血も受けている。
この場でこうしていられるのは、ラアトの呪いを解いたからだ。
とすれば、これらを受けるのは本来ラアトのはずである。
何食わぬ顔で杯を挙げ、ペルフェトラスを打ち倒したストロゼアの繁栄を祈っていいものだろうか。
数瞬の間に、メルテアは思考を巡らせた。
幾度もラアトの顔を思い出しながら。
そして杯を挙げる。
「ストロゼアと、ガルアを繁栄を祈って」
メルテアの声が凛と鳴った。
ガルアとは、ストロゼア王国のある大陸の名である。
そこにはかつてのペルフェトラスも含まれているはずと、メルテアは秘かに願った。
邪悪とされているペルフェトラスの名も、いつかは呪いから解かれるようにと。
メルテアの言葉に、大広間が一瞬静まった。
しかし次の瞬間、どっと貴族たちが湧きたった。
「ガルアに繁栄を!」と声を上げ、同時にメルテアを賛美した。
「敬服いたしました、殿下」
メルテアが再び席に着いてから、エルダが傍へ寄って跪いた。
「ガルア全体まで叡慮いただけているとは」
「大げさでしたか」
「ご上覧ください。殿下のお言葉こそ真でございます」
エルダの視線が大広間の下段へ向く。
釣られてメルテアも下段を見渡した。
すると多くの貴族がメルテアに向き直った。
杯を挙げたり、礼をしたりしてくる。それらにメルテアは小さく頭を下げた。
「それなら良かったです」
メルテアは微笑んで見せる。
エルダは満足そうに頷き、自らの席に着座した。
それから短い時間、食事をした。
というのも、最上段の者だけは食事が三回に分けられているからだ。
一回目の食事を終えると、メルテアと三大貴族たちは二段目に降りて挨拶に回らねばならない。
二回目を終えれば、最下段へ赴き、また挨拶に回る。
もはや食事を楽しむ余裕はない。
メルテアは内心がっかりしていた。
どこもかしこも美味しそうな匂いが漂っているのに、味を楽しめる気分にはなれない。
見た目は着飾っていても、メルテアの根っこは貧乏人のままであるからだ。
今も、この先も、ちょっとしたことでボロが出てしまうのではないか。
そう思うほどに、緊張感が高まっていく。
「そろそろ時間のようであるぞ」
緊張を察したのか。ラアトが後ろから小さく声をかけてきてくれた。
「も、もう?」
「笑っておれば良い」
「は、はい」
「それと……」
ラアトの言葉が止まる。
メルテアは振り返れないため、食事をつづけながらラアトの言葉を待った。
「先ほどの挨拶の言葉は良かった。……感謝する」
やっとのことで聞き取れるほどの小さな声。
誰にも知られてはならない、ペルフェトラス王としての謝辞。
メルテアはほっとした。
ラアトに想いが伝わっただけで、ここまで頑張った意味がある。




