光とともに
王様だ。
こういう人を、王様というのだろう。
光とともに現れた男を見て、メルテアは目をまるくした。
「余を解いてくれたのは君か」
男がメルテアを見下ろして言う。
言葉遣いも王様のようだなと、メルテアは思った。
床にぺたりと座りこんでいるメルテア。その手には小さな木箱があった。
木箱には先ほどまで、幾重にも鉄の輪が嵌められていた。
それらは男の出現と同時に、すべて粉々に砕けた。
鉄輪の内にあった木箱も壊れてしまった。
「余はザルバラアト=グ=ペルフェトラスエルである」
ザルバラアトと名乗った男が、ゆっくりとしゃがみ込む。
メルテアに目線を合わせて。
男の見た目は二十代後半ほど。珍しい銀髪の、偉丈夫であった。
少し汚れているが上等な衣を幾重もまとっている。
メルテアは男の名を聞いて、はっとした。
この国にいる者、いや。
この世界にいる者なら誰もが知っている名であったからだ。
邪王ザルバラアト。
三百年前、今はもうないペルフェトラス国に君臨していた最後の王。
悪魔と契約し、世界大戦を引き起こしたと云われている。
「……えっと、あの……その名は、あまり良い冗談では……」
「冗談と思うのか。君が握っている箱を見ても」
「そ、それは」
たしかにそうだ。
木箱が壊れた瞬間、魔法のようにザルバラアトと名乗る男が現れた。
ただの狂人という存在であるはずがない。
「戸惑うのも無理はない。だが、この後もっと大きなことが起こる」
「この後……って?」
「余には三つの呪いがかけられておった。そのうちのひとつが間もなく解ける」
「呪い、ですか……? つまりその、悪いことが起こるのですか……?」
「悪いことは起こらぬ。君にはこの後、ひとつ目の呪いによって封じられていた余の領土と財宝が与えられるだろう」
淡々と語るザルバラアト。
冗談や、大げさなことを言っているようではない。
(だけど、領土と財宝なんて)
メルテアは苦笑いした。
そんな都合の良い話などあるはずがないと。
「明日になれば分かるであろう」
「……分かりません、きっと」
メルテアは薄暗い部屋に苦笑いをこぼす。
貧しさが染みついた家。父母はすでに亡くなっていて、ただ一人。
頼れそうな親族もいない。
たとえ親族がいたとしても、財産を分けてくれたりはしないだろう。
馬鹿げた夢を見る暇はなど、メルテアにはなかった。
一日一日生きるだけで、精一杯なのだ。
その夜。
ザルバラアトはメルテアの家を出ず、部屋の片隅で勝手に眠った。
居座るつもりなのかと、メルテアは困り顔をする。
しかし追い出そうとはしなかった。
メルテアは母より、ひとつの教えを継いでいたからである。
――身を切る善行を成せ――
物心がつくころから、母に教えられてきた。
その母も、祖母に教えられたという。
メルテアは母のことを、聖女を見るように尊敬していた。
母はすでに亡いが、今でも誰より尊敬している。
それゆえにメルテアは、母の教えを一身に染み込ませた。
齢十五の幼い身でありながら、善行が身の一部となるほどに。
ザルバラアトを追いだそうなどと、メルテアが思い付くはずもなかった。
明日もう一度、ちゃんと話せば良い。
そう思ってメルテアも寝転がり、布を被って眠った。
翌朝。朝陽が瞼をくすぐりはじめた頃。
メルテアの家の前が騒がしくなった。
メルテアは妙に思い、布を被ったまま外の様子を窺いに行く。
部屋の片隅ではいまだザルバラアトが眠っていた。
床の軋む音を気にもせず寝息を立てている。
ザルバラアトを横目にして、メルテアはほんの少し木戸を開けた。
外から騒々しい音が飛び込んでくる。幾人かの声と、馬の嘶きだ。
メルテアは眉根を寄せつつ、木戸をさらに開いた。
すると音だけでなく、光までもが家の中へ飛び込んできた。
一瞬にして、薄暗かった部屋が賑やかに彩られていった。
「やあ。起こしてしまいましたかな」
身なりの良い初老の男が、木戸の先に立っていた。
まるでメルテアが戸を開けるまで待っていたと言わんばかり。
「……どなたでしょうか」
「お初にお目にかかります、メルテア様。私はストロゼアウル家に仕える者です」
初老の男が恭しく礼をしてくる。
どうして私の名を知っているのだろうと思いつつも、メルテアは慌てて頭を下げた。
「……あの、私に何か用、でしょうか?」
訝し気な表情で頭をあげる。
初老の男の頭。まだ頭を下げていた。
メルテアの言葉を受けてから、ゆっくりと、品よく頭をあげた。
「お迎えに参りました、メルテア様」
「……迎え? ですか?」
「突然のことで驚かれるとは思いますが、あなた様はストロゼアウル家の大事なお方なのです」
「どういう意味でしょうか」
「それはあちらの馬車でご説明いたします」
初老の男が、家の前の道を手のひらで指した。
そこには馬車があった。しかし、ただの馬車ではない。
貴族が乗るような、豪華絢爛な馬車であった。
「明日になれば分かると言ったであろう?」
メルテアの後ろから声が聞こえた。
振り返る。
いつの間にか目を覚ましていたザルバラアトが立っていた。
なにひとつ驚いている様子はない。
こうなると分かっていた、という表情である。
「おや。メルテア様。そちらの方はお知り合いで……?」
「え、っと、彼は、その……」
「メルテアの叔父のようなものである。同行したいが、構わぬか?」
「え、お、叔父?」
「ほう、叔父のような……? ほほう。構いません。どうぞこちらへ」
「え、え……ええ……?」
さらりと噓を吐くザルバラアト。
一人増えたところでなにも気にしないといった様子の初老の男。
状況が呑み込めないメルテアは、二人の間でただただ戸惑うのみ。
見かねたザルバラアトがメルテアに寄る。
メルテアの黒髪をそっと撫で、顔を近付けてきた。
「話を合わせよ。メルテア。昨夜言った通り、悪いことにはならぬ」
「で、でも」
「ストロゼアに着けばすべて話す。安心せよ」
「……分かりました」
メルテアは頷き、馬車へ乗り込む。
つづいてザルバラアトも馬車へ乗り、メルテアの隣に腰かけた。
最後に乗り込んできた初老の男が正面に座る。
「それでは参りましょう。ストロゼアまでの長い道中、聞きたいことがあれば可能な限りお答えいたします」
初老の男が微笑んだ直後、馬車が走りだした。
ストロゼア。
ストロゼアウル王家が治める隣国の名だ。
たしかに数日かかる旅となるだろう。
しかし聞きたいことは山ほどあった。
揺れる馬車の中。メルテアは大きく息を吸い込むのだった。
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