戴冠式
戴冠式の日の朝。
厳かな日であるはずなのに、メルテアの居間は騒々しい。
決められたことをその通りにこなすだけなのに、なぜこれほど騒がしいのか。
「要はティアラを頭に戴くだけですよね」
メルテアは軽い気持ちで言うと、ラアトが盛大にため息を吐いた。
「神聖な儀式なのだ。パスズ神教がメルテアを真の王女として認めるというな」
「でも皆決められた通りにするのでしょう?」
「それらの行動ひとつひとつに、多くの覚悟がある。今生きている者たちだけでなく、繋いできた者たちの覚悟も」
そう言ったラアトの表情に、かすかな曇りがよぎる。
三百年前のことを思い出してしまうのか。それとも――
慌ただしい多くの足音、人の声。
メルテアの気がかりを無理やりに拭っていく。
「殿下。時間でございます」
シェトレが声をかけてきた。
見るとシェトレ以外の三人の侍女が扉の外に居た。
戴冠式用のドレスを用意しているのだという。
それを着るにはシェトレだけでは足りず、着たままで歩くには二人の侍女の助けを必要とするらしかった。
どれほど面倒なドレスなのだろう。
メルテアはかえって期待した。
しかしいざ時が来ると、期待は完全に砕かれ、後悔へと変わった。
「……あの、このドレス、重すぎるのだけど」
「左様でございます。式を終えるまでお一人では動けませんよ」
「…………えぇ」
思わずがくりと項垂れる。
戴冠式用のドレスは、赤と白を基調にした厳かなドレスであった。
白には真珠が散りばめられ、赤には金細工が彩りを与えている。
生地以外がひどく重い。
無理やりに歩くと細やかな装飾に傷がついてしまうため、侍女の手助けを必要とするらしかった。
ドレスを着るのに長い時間をかけ、その後に再び髪を整える。
城へ来てより毎日手入れをしてきたメルテアの黒髪。上質な絹に、細かな宝石を散りばめたような煌めきを持っていた。
髪に触れた侍女が思わず手を震わせたので、見かねたシェトレが代わり、メルテアの髪をドレスに合わせて整えた。
「もうじき呼ばれます、殿下。そちらの扉が開きますので」
シェトレが奥の扉を手のひらで示した。
奥の扉は、他とは明らかに意匠が異なっていた。
全体は白銀で作られていているが、中央に大きな円い石が填められている。
石には古い言葉が刻まれているが、メルテアには読めなかった。
「ラアトはどこにいるの?」
「ラアト様は式場に入ることができません」
「どうして? 護衛なのに」
「戴冠式中は、代わりの騎士が護衛を務めます」
「……身分の問題?」
「ストロゼアウルとハイマーラント、ラズフロスカル、ネロブロムシアの四家と、パスズ神教の者しか参列できないのです」
「……そう、なの」
決まりがあるのなら仕方ない。そう思いつつも、メルテアは不安になった。
ストロゼアへ来てより、大事なときは必ずラアトが傍にいたからである。
もちろんラアトがいてもいなくても、やるべきことは変わらない。
事前に教えてもらったことを流れるようにこなすだけだ。
しかも式中にメルテアは一切喋らない。
式場を歩いていってティアラを受け、皆の前で七度礼をする。
その後さらに奥の扉を開き、外で待つ四家以外の者たちに三度礼をする。
メルテアのやるべきことはそれだけだった。




