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聖王メルテアへの軌跡  作者: 遠野月
戴冠式
16/28

兆し

メルテアが介抱した子供は、ハイマーラント家隷下にある貴族の子であった。

大勢の貴族たちの中で、その子供はひどい泣き声をあげていた。

その泣き声に誰もが顔をしかめていたが、メルテアだけは違った。

すぐさま駆け寄り、声をかけ、傷の具合を確認しようとした。


その際、驚いた子供がメルテアに掴みかかって暴れた。

しかしメルテアは顔色ひとつ変えず、優しく声をかけつづけた。

貴賤問わず、子供はよく泣くもの。メルテアにとっては慣れたものであった。


しかし多くの貴族から見れば、メルテアのその行動は奇異で、尊く映ったようであった。



「こんにちは! メルテア!」



扉をノックする音が聞こえた瞬間、子供の声がひびいた。



「トゥーダ。いいですよ、入ってきても」



子供の声に応えるメルテア。

すると待っていたかのように勢いよく扉が開いた。

扉から入ってきたトゥーダという名の子供。

メルテアが介抱したあの日以来、毎日この時間に訪ねてくる。



「メルテア! 今日はお菓子を持ってきました!」


「嬉しいです。こちらへ来て。一緒に食べましょうか」


「はい!」



トゥーダが満面の笑みでメルテアに駆け寄り、抱きつく。

呆れた表情を見せるシェトレとラアトをよそに、メルテアはトゥーダの頭にそっと手を乗せた。

するとトゥーダがさらに喜びの声をあげ、メルテアの名を連呼した。


メルテアを呼び捨てにするトゥーダを、最初のうちはシェトレが叱った。

公にはなっていないにしても、城内では王女なのである。

しかしメルテアはトゥーダを咎めなかった。

落ち着いた関係になるまで、叱りつけたりしても逆効果になると思ったからである。

 


「メルテアの戴冠式はいつですか?」


「五日後よ、トゥーダ」


「もうすぐですね! でもボクは行けないんです。子供は参列したら駄目だって」


「きっと参列しても退屈ですよ。トゥーダが持ってきてくれるような美味しいお菓子もありませんから」


「そうなのですか! それはメルテアも残念ですね」


「ええ。本当に」



メルテアは笑って頷く。

その笑顔を見たトゥーダが、持ってきたお菓子をメルテアに手渡した。

メルテアはお菓子を受け取り、品よく食べてみせる。

するとトゥーダも行儀よく座り、メルテアの真似をして品よく食べた。


シェトレが言うには、トゥーダはどうしようもない癇癪持ちとして多くの人に疎まれていたという。

親も見放していたのか、近頃はトゥーダを諭すことすらしないらしい。

もちろん自らの子が王女の部屋を何度も訪れていると知ったときは、死刑を覚悟したような表情で詫びにきたが。


しかしトゥーダは普通の子だと、メルテアは思っていた。

貴族の目には悪いものかもしれないが、街や村であればどこにでもいる可愛い子供である。


力に溢れている子供を叱りつけるのは、悪行だ。

溢れた力を押さえつけることで、成長を止めてしまうのだから。

そうするより、溢れた力が流れる先を作ってあげるほうがいい。

力の使い方を知らない子供でも、示された道を自ら判断できる。考えたうえで力強く歩いていける。



「また来てくださいね」



陽が暮れる前。

メルテアの部屋を去るトゥーダに声をかけた。

トゥーダの顔がぱっと明るくなる。

しかし貴族の子らしく落ち着いた礼をした。



「本当に殿下は素晴らしいお方です」



嵐が過ぎ去ったと言わんばかりの表情をするシェトレ。

やや大人びた足取りで去っていくトゥーダの背を見て、大きく息を吐く。



「今日だけで、トゥーダ様はずいぶん成長されました」


「賢い子なのよ、トゥーダは」


「賢さを引き出しておられるのは、お優しい殿下です」



シェトレが感心したように言う。

メルテアは苦笑いし、翻って暖炉の前へ戻った。


こうしたことが、メルテアの評判をさらに上げていく。

メルテアの些細な善行を取り上げて、よりよく宣伝する者たちがいるのだ。

それがハイマーラントとラズフロスカルの手によるものだと、メルテアは分かっていた。


脚色された善行。

回り回って、自らの耳で聞くのはやや気持ちが悪い。


そのことをラアトに相談すると、「気にするな」と一蹴された。

ラアトもまた、メルテアの宣伝に一役買っているからだ。

そうでなければ、部屋の中でのメルテアの行動が外に漏れるはずもない。



「なんだか私じゃない人が、もう一人この部屋にいるみたい」


「そのようなことはない」


「本物の私よりも、さらに立派な王女として噂が広がっているのですよ?」


「生粋の善人であることは変わりないであろう。君の母と同じように」


「……母はもっと、私なんて比べ物にならないくらい善で、清い人でした」


「ならばそのまま母の背を追えば良い。納得するまで追えば、きっと立派な王女となろう」



書物を閉じたラアトの視線が、メルテアに注がれる。

母のことを持ち出されたら、メルテアは拒めない。

美しいドレスを纏う生活となっても、メルテアにとって母の存在は絶対であった。

いつかきっと母のようになりたい。その想いは欠片ほども変わっていない。



「ラアトは狡いです」


「知っておる」


「その言い方も狡い」



メルテアは頬をふくらませる。

傍にいたシェトレが、小さく笑った。



その夜。メルテアの寝室に奇妙な光が灯った。

壊れた木箱を入れているメルテアの袋。夜空の星ほどにささやかな光が、こぼれでている。

眠っているメルテアは、その光が身に宿ったことに気付くことはなかった。

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