王女
重々しい扉。
隣の部屋の扉と違いはないのに、扉の先にいる人たちを思うとまったく別の扉に見えてしまう。
シェトレとラアトが、メルテアに小さく声をかけてくれた。「万事心配はない」と。
メルテアは二人の顔を見て、ここに至るまでの日々を思い出した。
本物の貴族に見えるよう鍛錬をつづけてきた日々を。
ラアトは当然のこと、シェトレも口が優しいだけで教育の整然さとその密度は尋常でなかった。
しかしそのおかげで今、ここに自信を持って立つことができている。
二人に押され、メルテアは扉に手をかけた。
やはり重く、冷たい。
しかし軋む音ひとつ立てることはなかった。
開かれた扉の先。
四人の男たちがいる。
ひとりは国主、エルダ=ハイマーラント。その後ろに、グムヴァレが控えていた。
テーブルを挟んで、五十代ほどのやや太った男と、若い男がいた。
太った男のほうがラズフロスカル家の主なのか、メルテアを見るや恭しく礼をした。
「お待たせしましたか」
メルテアが静かに言うと、エルダが首を横に振った。
太った男も同調して、メルテアを歓迎してくれた。
「お会いできて光栄です。メルテア様」
太った男がメルテアの前で跪いた。
すでにメルテアを王女として支持する話がついているのだろう。
太った男の言動には迷いがなかった。
「私はテンドラ=ラズフロスカルと申します。そこに控えているのは私の息子、ゼムです。お見知りおきを」
「ゼム=ラズフロスカルです。この日を待ちわびておりました」
テンドラとゼムが再び恭しく礼をした。
メルテアも礼を返す。テンドラが「ほう」と声をこぼした。
「噂以上にお美しい」
「ありがとう存じます」
「グムヴァレ殿が必死になるわけだ」
テンドラがグムヴァレに向いて笑う。
メルテアもグムヴァレに視線を向けた。
するとグムヴァレが首を横に振りつつ一歩前に進み出た。
「お美しいだけではありません」
「ほう」
「メルテア様は聡明かつ寛容であらせられます。王家の血をひく以上のお方です」
「ほう! それはつまり!」
テンドラが大仰に両手を広げ、エルダに顔を向けた。
それを受けたエルダが、岩のような表情をかすかに動かす。
「左様。先の先を見据えられる宝玉のごときお方です。無論、メルテア様の意向次第ではありますが」
「ほほう!」
驚いたような表情をするテンドラ。
まるでお芝居を見ているようだとメルテアは思った。
いや、実際に芝居をしているのかもしれない。
この後、メルテアの言葉を期待しての大芝居なのだ。
その期待とは当然、メルテアが王女となり、女王となることであろう。
――領土と財宝。
ラアトが語った嘘のような話が、現実になりつつある。
もはや、魔法のようにあやふやなものではない。
多くの人々の意思と、時代の流れから生まれでた確かな力によって、メルテアの前にある。
メルテアは内心震えたが、表情には出さないように努めた。
ただひたすらに凛として、四人に自らを示す。
「メルテア様」
エルダがメルテアの前に進み出た。
跪き、頭を垂れる。
「ハイマーラント家は、メルテア様のご意思を尊重し、すべてにおいてお支えいたします」
「国主様。私も覚悟を持ってここへ来ました。国主様が勧める高き所への、最初の一段に足をかけることは拒みません」
「今は、そのお言葉だけで十分でございます」
頭を垂れたまま、エルダがメルテアの言葉を受ける。
最初の一段、ストロゼアの王女になってもいいと正式に応えたことを。
メルテアの言葉を聞いてから、テンドラもエルダの隣に寄り、跪いた。
「メルテア様。ラズフロスカル家はハイマーラント家と一心同体でございます。どうか我らにも、メルテア様をお支えするための席を与えてください」
「テンドラ様。ゼム様。こちらこそどうかお願いいたします」
メルテアが言うと、少し離れて控えていたゼムが慌てて跪いた。
こうしてメルテアは、ついにストロゼアの王女となった。
もちろん公に王女となったわけではない。あくまで、王城内のみでの話である。
しかしストロゼアウル家のひとりとして正式に名を連ねることになり、メルテア=レニ=ストロゼアウルと名を改めた。
同時に、ストロゼアウルの系譜に載っていた祖父と、メルテアの亡き父の名も改められた。
「メルテア様。いえ、王女殿下。我らに応じてくださり、感謝いたします」
内々に手続きをしている最中、国主エルダがメルテアに礼をした。
慣れそうにない呼ばれ方をして、メルテアは内心そわそわと落ち着かない。
「王女より先のことは、まだ考えたくありません。構いませんか?」
「先にお伝えした通りでございます、王女殿下。ご意思を尊重し、すべてにおいてお支えいたします」
「ありがとう存じます。……ふふ。こういった言葉遣いも、ドレスも、生活も、慣れるのにまだまだ時間がかかりそうです」
「御謙遜を。十二分に王女としての気品を感じております」
エルダがにこりと笑う。
岩も笑えばこれほど愛らしいのかなと、メルテアは微笑ましく思うのだった。
第二章はこれで終わりとなります。
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