謎のメモ書き(写し)
「真化融合……?」
僕とジャレス、ローリエさんは口を揃える。
通常、魔物使いが初期に覚えるスキルは
感覚共有や、特定の系統の魔物の
スキルを使用させる攻撃指令○○
○○には系統名が入るので、
魔物使いとしてのこの先の方針が決まる。
──ハズだった。
「真化融合なんて聞いたことも無いです……勉強不足でスミマセン。ちょっと詳しい先輩を呼んできますね」
ローリエさんは、脱退手続きを途中で止め
スキルに詳しい先輩を呼んでくれるという。
「お手数をおかけします……」
僕は頭を下げる。
ローリエさんを待っている間、誰ひとり口を開かず
それなりに賑わっているギルド内にもかかわらず
僕らのまわりだけ、音が消えてしまったかのようだった。
カツ、カツ、カツ……
リズム良く硬質な音を響かせながら
歩いてくる人物は、カウンター越しに
僕らの目の前まできて止まる。
その人物が現れたことにより、ギルド内にどよめきがはしる。
そして、その人物を追いかけて来たのであろう
ローリエさんが大慌てで、必死の弁明をしているのが見える。
「オマエが真化融合の発現者か。ふぅん、なるほどな……」
その人物は、顎にたくわえた長い髭を指で撫でながら
僕の事を、矯めつ眇めつ見る。
「副ギルドマスター! ホントに、態々の来ていただくほどの事では──っ!」
「ほう? 真化融合はワシが出る幕ではないと、オマエは言うのかね?」
副ギルドマスターと呼ばれた老人は
ローリエさんに向き直り、鋭い視線を向ける。
ローリエさんはすっかり怯えてしまっていて
「いえ、そういう訳では……あの……」
要領を得ない返事をするのが精一杯だった。
この老人は、このギルドで二番目に権力を持つ
副ギルドマスターのバウエル=アウグストース
この国で最高峰と言われる魔物使いだ。
そんな人が僕のスキルを見てくれるなら
とても光栄な事だけど
バウエルさんは、その……なんというか
とんでもなく気難しい人でも、その名をとどろかせていた。
「ふん、無知な小娘は黙っておれ! して、小僧! そのスキルは使用してみたのか?」
急に向き直り、手にした杖を僕に向け
質問を飛ばして来る。
「あっ、あの! このスキルは──」
「遅いっ! 必要な事だけ喋れば良い!」
「ま、まだ使っていませんっ!」
僕はちょっと涙目になりながら答える。
他のメンバーはといえば
自分に飛び火しないよう、細心の注意を払っているのが
気配で伝わってくる。
「では、ここで使って見せろ。融合系統は周囲に被害が及ぶような事は無い。さっさとしろ」
僕は真化融合を
発動させようと、集中を始める──が、
手を杖で打ち据えられて中断してしまう。
「オマエは、本当に魔物使いか? 融合と言うのに、テイムモンスターも出さぬとは、愚かな事この上ない!」
もう逆らうと余計ややこしくなるのは
火を見るより明らかなので、慌てて契約の小匣から、スライムとスケルトンを呼び出す。
突然呼び出された2体は不思議そうに
僕の顔を見る。
バウエルさんは、眉間にシワを寄せて
「フン、ずいぶんとくたびれたモンスターだな」
……等と言っている。
「二人とも、行くよ! 真化融合!」
………………………………
それはもう、本当にシーン。という表現が
ピッタリなほど、何も起こらなかった。
僕はもう、申し訳ないやら情けないやらで
おそるおそるバウエルさんの顔を窺うと
バウエルさんは難しそうな表情で腕を組み
何かをブツブツと呟いている。
「フン、やはりな。──おい小娘! 資料庫27番棚F-4の本の113ページの内容の複写魔術紙を、その小僧に渡してやれ!」
「は、はひぃっ!」
ローリエさんは、体を硬くして返事をすると
慌てて、資料庫へと向かう。
そしてバウエルさんは、僕には一瞥もせずに
来たとき同様、杖で一定のリズムを刻みながら
帰って行く。
バウエルさんの姿が見えなくなり
しばらく経ってから、ギルド内にいる人々は
大きく息を吐く。
もちろん僕らも例外では無く。
しばらくして、ローリエさんが戻り
僕に一枚の紙を手渡してくれる。
「おそらく、マイトさんのスキルに関しての内容だと思うのですが……」
モンスターの絵と図形、そして数字……それとほんの少しだけ文字が
書かれていて、何かの説明をしているんだろうな
という雰囲気しか伝わらない
謎のメモ書き(写し)を手に入れることになる。
「さっぱり分からない……」
「私もです……」
僕は諦めて本題に入る。
「ローリエさん、脱退手続きの続きをおねがいします」
僕の言葉を受けて、ローリエさんはシュンとした表情で頷く。
「はい……あとはこちらの作業なので、しばらくお待ちください」
新スキル、メンバー達の今後
そして自身とテイムモンスターの先行きを
漠然と考えながら、整理のつかない気持ちで
ローリエさんの作業を眺めていた。