Que Será, Será -2
正直言って片付けは苦手。
いや、やろうと思えばできるんだけど、やったらやったで今度は誰にも触らせたくなくなる性分なんだよね。
だから部屋が綺麗に片付いている時は、基本友達を呼びたくない。でも片付いてない時にも呼びたくはない。必然的に、私は部屋に親以外を招き入れる事はなかった。
私は退職後実家に戻ってて、親と二人暮らしだから共用部に母の知人が入る事はある。好きじゃないけど、居候なんだから致し方ない。
だけど、今日はほんのちょっとだけプライベートに友人を招き入れる。だから朝から頑張って、キッチンを整理しましたとも!
私の住んでる辺りは過疎化が進んだ中途半端な田舎だ。
築80年なんて建物がざらにあったりする。
建て替えようにも新しい入居者が見つからないし、そんな体力もない大家さんが結構いて、お蔭で五万以下で二階建ての家が借りられたりするのだ。
なのでコンロは二口あって、魚焼きグリルは別。
私は料理は好きじゃないんだけど、でも偶に発作的にテールスープが作りたくなったり、「ヤンソンさんの誘惑」っていう、アンチョビを使ったグラタンを作ったりするので、環境的にはめっちゃ助かってる。
で、本日はお日柄もよく晴天。蝉の声がクソ鬱陶しい。
暦の上ではセプテンバーの筈なのに暑いんだよ、畜生め。そう言えば「暦の上ではディセンバー」って何かあった気がする。気だけだから、本当にあったかどうかは知らんけど。
さて、時刻はもうすぐ約束の時間。SNSの画面に「準備おk」と打ち込めば、早速連絡が来たからパッドを通話状態に変える。
『こんにちは、若冲さん。こんばんは、かな?』
「まだギリ16時だから、こんにちはでオッケーですよ。こんにちは、ミュシャさん」
『はい。じゃあ、私今から冷蔵庫見ますね』
「はい。ある物言っていただいて、こっちも似たようなのあればそれで作って行けばいいかと思います」
『じゃ、早速』
そう言ってミュシャがパタパタと画面から消える。映るのは彼女の家のキッチンで、壁が白い。ちょっと洋の雰囲気が漂うのはキッチンの壁周りがお洒落なタイル張りだからだろうか?
うち? うちはまんま和風というか、昭和のキッチン。だって築80年越えってそんなもんじゃん。
『若冲さーん! 手羽元と、大根と、キャベツときゅうりと、あと……なんか色々。人参とか玉ねぎもあるし、豚肉とかお魚……鮭の切り身とかあります!』
「そうですか、うちであるのは……」
白い、これまたなんか流行りとは違う形の冷蔵庫を開ける。
まずは冷蔵庫の上部、肉や魚、卵なんかを入れてるのをぐるりと見回せば、手羽があった。でも手羽元じゃなくて手羽先。鮭じゃなくブリがある。
この白い冷蔵庫は中段が冷凍庫で、下段が野菜室。その野菜室を覗けば、キャベツや大根、キュウリに玉ねぎ、人参に牛蒡、ネギやナスなんかもあった。これだったら、あれか。
「ミュシャさん。うち、手羽元はないけど手羽先はあるし、大根あるからとり大根にしましょう。それと塩昆布あります?」
『ええっと、ちょっと待ってくださいね……。あ、塩昆布あります』
「味噌あります? 薄揚げとかわかめとか豆腐とかも」
『あー、えー……味噌あります。薄揚げはないけどわかめはあった!』
「じゃあ、今日はとり大根とキャベツの塩昆布和えにわかめと玉ねぎの味噌汁で」
『はーい』
パタパタと冷蔵庫から材料を取り出す音が、あちら側から聞こえる。
それを聞きながら圧力鍋やら包丁やらをセットしていると『そういえば~』と朗らかなミュシャの声がした。
『そう言えば、交流小説で私のキャラと若冲さんのキャラもとり大根食べてましたね』
「そうですね。柚子胡椒付けたら美味しいですよ」
『私、辛いの駄目なんですよね……』
「あら、残念。私は大丈夫なんで柚子胡椒付けます」
『「今日は二人の柚子胡椒記念日!」やりたかった!』
「うん、まあ、それは一旦忘れてもろて」
『流石若冲さん、スーパードライ』
「切れ味抜群ですよ、知ってるでしょ?」
何処かの斬鉄剣使いのように「つまらぬものを切ってしまった」と口にすれば、彼女はそれをあっさり流して野菜を食べる分だけ切って冷蔵庫にしまう。これじゃどっちが切れ味鋭いんだか判んないし。
ちょっと笑って、ふと何気に炊飯器を見ればそこには「米は炊いといたから、余ったらおにぎりにしとくこと。お母様より」とメモが貼られていた。
本日母はご友人方とスーパー銭湯にお出でになって、ご帰宅は深夜のご様子。
なるほどと思いつつ、ミュシャに何気に声をかけた。
「ミュシャさん、ご飯あります?」
『今から作るんじゃ?』
「じゃなくて、お米の方。白ご飯?」
『あー……うーん、ここに無かったらないですねー』
「どこのショップ店員です?」
私の言葉にミュシャは炊飯器を覗いたけれど、どうもなかったらしい。
じゃあ、それは炊いてもらうとして。
「出来上がったら一回冷まして味を染ませないと美味しくならんので、ご飯の炊きあがりはゆっくりでいいですよ」
『煮凝りになったらいいですよね~』
「ね~」
暑いと煮凝りは難しいけど方法はある。
それでは始め。
まずは手羽の下処理からだ。
「面倒だけど手羽は焼くか茹でて、脂をある程度落とします。大根は皮を剥いて食べやすい厚さに切ってください。面取りはお任せしますけど、隠し包丁は入れた方が良いですよ」
『隠し包丁!? もう面倒くさい』
「大根が丸い状態なら縦横にサクッと半分切れ込み入れるだけで大丈夫ですよ」
『了解です』
それ以上の事は言わない。だっていい大人だし、ミュシャも料理が出来ないんじゃなくしたくないだけなんだからある程度は自分のやり方ってもんがある。
とりあえず私は手羽先を茹でたけど、ミュシャもそうしたみたい。ざばっとお湯を流す音が聞こえたから、そうだろう。
「ミュシャさん、圧力鍋あります?」
『あ、はい。ありますよ、それ使うんですね?』
「そうです。私はここから白だしと水を1対3にして煮込むんですけど、ミュシャさんどうします?」
『私は……麵つゆ一回使ってみようかな? 小説でも使ってたし』
「そうですか。うん、希釈に合わせて水を入れて、後の薄い・濃いは味見して合わせて下さい」
『は~い』
画面からの声を聞きながら、私は鍋に材料と白だしと水を入れる。私はそもそも甘いものがおかずに出てくるのが苦手なタイプだから、煮物と言えどみりんも砂糖も極力使いたくない。ダメな時は麺つゆか、少しみりんを入れるくらい。
さてメインはこれでしばらくほったらかしでいい。副菜のキャベツだけども、これはざく切りじゃなく千切りにして少しのお湯をかけてしならせてから塩昆布とごま油で味付けする派。母が生野菜嫌いだから、その辺は合わせてる。
それをミュシャに尋ねれば、彼女は今回は同じ作り方をすると、スライサーでキャベツをスライスし始めた。
スライサーは便利でいい。スライサーが手に入る前はピーラーでやってたんだけど、あれ飛び散るんだよね。
千切りにしてさっと湯通しして、水気を絞ったキャベツをボウルに移して、塩昆布とごま油を適量。必要ならほんの少量鶏がらスープの素を振る。そうして器に盛って冷蔵庫へ。
その間にメインのとり大根も、大根を柔く、手羽の身離れをよくするために5分ほど圧力をかけて、火を止めたら自然冷却する。
でもだ、煮凝りが欲しいなら、ある程度冷めた時点でタッパーに移して、上からラップをぴっちり被せて、冷蔵庫の一番冷たい場所で冷ます。何なら冷凍庫でもいい。
『なんでラップするんです?』
「余計な脂がラップにくっついて来るんですよ」
『ほぉ、それは良いですね。脂はあんまり要らないし』
「鶏油は美味しいんですけどね。あんまり摂り過ぎも良くないから」
後は味噌汁。
これはもう各々の作り方や実家のやり方がある訳だし。
そして夕飯の支度自体は出来た訳だけど、まだ食事の時間には少しある。
食卓のセットをしつつ一旦休憩って訳で、お互い冷蔵庫から好きな飲み物を持って来てテーブルに着いた。
私は白桃ウーロン茶の冷たいのを、彼女は麦茶を。
『うーん、これで柚子胡椒が食べられたらなぁ』
「まあ、そうなんですけど。それは今日は忘れてもろて。大事なことだからもう一回言いますけど、全部忘れてもろて」
『作り方も一回全部忘れる、と』
「なんでソレを忘れて良いと思ったし」
ジト目で言えば、画面のミュシャは『あるぇ?』と言うように、キョトンとしていた。
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