愛の不具合
妻が子供を連れて出ていった。机の上には妻の名前が書かれた離婚届が置いてあった。
私はなぜ妻が出ていったのか、その理由がわからなかった。私なりに彼女を、妻として愛していたと思っていたのに。彼女が私の愛を理解できなかったのは、私が愛を理解していないからだと考えて、私はロボットを買った。
『愛UIⅠ』
それがこのロボットの名称だった。『愛がわからないアナタにおすすめ』という電気屋の店員の言葉につられて購入した。
説明書を読む。
『このロボットはあなたの携帯端末と連動することができます。
本当の恋人と連絡のやり取りができるように設定しております。
うなじ部分にあるQRコードを読み取り、ロボットの名前を決めましょう
起動ボタンは、のどの部分です。
起動したら、名前を読んであげましょう』
私は、ロボットを段ボール箱から出して、自分の携帯と連動させた。QRコードを読み取ると、やけにピンクとハートマークが目に痛いホームページが出てきた。『名前を決めてね♡』とロボットがデフォルメされたキャラクターが言っている。
名前は、妻の名前でいいだろうか。私は妻以外の女を知らない。妻一筋だったのだ。
妻の名前を記入すると、私はロボットを起動しようとした。のどの部分にあるボタンを押すには、人差し指を押し込めばいい。
それなのに、私はロボットの首を両手で掴み、親指でボタンをグッと押した。
首を絞めるように。
ロボットが起動した。いや、彼女は起きた。
『はじめまして、わたしはアイ。あなたの恋人です。あなたのことはなんて呼べばいいかしら?』
首を絞められて目覚めた彼女は、滑らかな電気音声で私に話しかけた。
「はじめまして、私のことは名前で、いやそのまま『あなた』と呼んでもらいたい」
『わかりました、あなた。これからよろしくね!』
ロボットの彼女は、明るくてよく笑い(高性能ロボットだから表情も豊かなのだ)、掃除洗濯はもちろんだが、ロボットでありながら料理もお手の物だった(もちろん実際の食事は無理だったが)。
妻は、そんなことはなかった。優柔不断な性格で私がいないと何もできない。家事も苦手で、その中でも料理が一番できなかった。私はそれをけなしたことはなかったが、こうしたほうがいいと助言はしていた。彼女に自信をつけてもらうために。
そんな違和感と共に、ロボットの彼女と生活し始めて一年が経った。
『わたしたちが出会って一年ね。ねえあなた、おいわいをしましょう。わたし、美味しい料理を作って待っているから今日は早く帰ってきてね』
「わかった。なるべく頑張る」
その頃、私は仕事が忙しかった。早く帰ろうと努力したが、私が帰宅できたのは、夜の十二時を一時間過ぎてからだった。
慌てて家に入ると、玄関でロボットの彼女が倒れていた。部屋はきれいに飾り付けられていたが、料理は冷めていた。
彼女はいくら充電しても再起動しても起きてくれなかった。
早く帰らなかったから怒っているのか。私は言われないとわからない。君はいつも何も言わない、意見を言わないじゃないか。
妻も記念日を大事にする人だった。私も記念日には祝おうという気持ちはある。しかし、仕事の都合で間に合わないことも多々あった。妻は文句ひとつ言わなかったが、目や雰囲気が不満を表していた。
私は、直らないロボットの彼女を、彼女を購入した電気屋にもっていった。事情を説明して、どうにか直してもらうように頼んだ。
しかし、店員は首を横に振った。
「アイの不具合は直らないのか?」
「この愛UIⅠ(あいゆいいつ)は愛を受信しないと動き続けられないんですよね。
残念ですが、愛の不具合は治りません」