あの日、見た
隼の事故から半年たった。隼は、まだ完全にうちの記憶を思い出してない。
不安が募ったある日、一言でいうと不思議な体験だった。そこには、楠木君が立ってた。
『楠木君? 』
『灰崎さん』
『うん』
『隼咲なら、大丈夫だよ。あいつは、灰崎さんのことが大好きだから。『みやを守る』って言ってたから』
『えっ? 』
『あの時にね』
『あの時? 』
『隼咲は、もう少ししたら記憶を取り戻すから。信じて待ってあげて』
『本当? 』
『うん。本当だよ』
『ありがとう!楠木君。うち、信じて待つね』
『うん。頑張ってね』
『さなえちゃんの夢にも出てあげたら? 』
『それは、出来ないよ』
『なんで? 』
『さなえちゃんも、心配だけ大丈夫だよ。さなえちゃんとまた会うときは、もっと先だから。そのときまで、会うのを楽しみにしてるんだ』
『そうなんだね。さなえちゃんに伝えることは、ある? 』
不思議な体験をした次の日の夜。さなえちゃんに電話をしてる。
「うちが、聞いたときに楠木君は、なんて言ってたと思う? 」
「う~ん。少し悩みますね。物語で、たくさんの言葉や想いを残してくれたのでそのなかにあると思います」
『そうだね。いつも、そばで見守っているよ。無理せずに頑張ってね』
「って、言ってたよ」
「遼さんらしいね」
「うん。だから、隼は大丈夫だよ。さなえちゃんのお兄ちゃんは大丈夫だよ。安心してね」
「ありがとうございます!最近の隼兄は、通院しながら家でも少しずつリハビリをしています。あと、家庭教師の仕事を休んでいるので、生徒さんに勉強が出来るようにって参考書を作って、お母さん達に頼んで届けているんですよ」
「すごいね。隼らしいね。でも、休みっていう意味をわかってるのかな? 」
「私もそう思いました。誰かの世話をやくのが、隼兄の生き甲斐なんだと思いますよ。それに、何かあったらいけないので、外に出るときは家族がいるとき以外は出ないって、約束がありますから暇なんですよ」
「なるほど。もう、復帰するんじゃないの? 」
「そう思いますよね? 」
「うん。何かあったの? 」
『みやの記憶を取り戻すまでは、復帰しない』
「って、言ってました」
「そうなの? 」
「はい。だから、さっき私は、みやこさんの話を聞いて安心しました。みやこさんの記憶を取り戻して、仕事に復帰できると思いますよ。それに、隼兄の体力的問題もあります。生徒さんに、頼んで最初はいつもより少なめ。そのつぎは、いつもの半分という感じで少しずつ慣れていこうという話になっています」
「うん。いいと思うよ」
その一週間後。
二十八歳の誕生日になった。それは、彼の生まれた日。
私は、彼に祝ってもらえなかった。
だから、うちは、彼の誕生日にある場所に連れていこうと思う。彼が、うちを連れていこうと思っていた場所に。
実は、免許を持っているので車が運転出来るし、当然自分の車もある。
でも、彼と一緒の車に乗りたいから黙っていた。仕事では、車を使っている。
運転をしないのは、彼と会う時と、喫茶店に行くだけ。
うちは、決めた。あの場所で彼に言おう。
彼のことが好きだと。結婚をして欲しいと。
あの日見た夢が、楠木君から隼への誕生日プレゼントになることを信じて。
彼を信じて。
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