彼がいない日
今日は、隼と会う予定もないのに喫茶店に行った。お客さんがあまりいない時間帯だった。
「いらっしゃいませ。こんにちは、みやこさん」
「こんにちは、さなえちゃん」
うちは、いつもの席に座る。そこに、お冷やを持って来た、さなえちゃんと話しをした。
「隼兄は、今日は来ませんよ? 」
「知ってるよ。お仕事だったよね」
「はい、そうなんですよ」
「なんだか、不思議だね」
「そうですね。いつも、兄もいましたから」
「そうだね」
「さなえちゃん、そろそろ時間だよ」
と、楠木君のおじいちゃんが店の奥から出てきた。
「あっ!おじいちゃん、教えてくれてありがとうございます」
「いいんだよ。そちらさんは、よく隼咲君と話している子だね。確か名前は……」
「灰崎みやこです」
「あぁ、そうだった。すまないね。さなえちゃんから話は、聞いていたんだけどね。どうも、最近忘れやすくてね」
「大丈夫ですよ」
「おじいちゃん、みやこさんはね。遼さん達の同級生で同じクラスの人だったんですよ」
「そうなのかい。さなえちゃんから聞きました。この間の遼の月命日に、隼咲君と一緒に、遼のお墓に参りに行ってくれたんですよね。ありがとうございます」
「いえ、本当はもっと早く行くべきでした。遅くなって、すみません」
「いいんだよ。遼もきっと、喜んでいるよ」
「そう言っていただけると、嬉しいです」
楠木君のおじいちゃんは、うん、うんと、頷いた。
「さなえちゃん、今のところ、お客さんは来ないようだから。後は、わしらに任せていいんだよ。叶翔が、 待ってるよ」
「ありがとうございます」
「みやこさん、すみません。せっかく、隼兄が、いないときなのに、来ていただいたのに。保育所に息子を迎えに行かないと行けなくて。お店のこともあるから、交代制で迎えに言ってるんです。今日は私が迎えに行く日なんです」
「そうなんだ。謝らなくていいよ。うちね、叶翔君に、会ってみたいって思ってたの。もし、よかったら、ここで待っててもいいかな? 」
「分かりました!では、行ってきます! 」
「さなえちゃん、気を付けていくんだよ」
「はい!おじいちゃん! 」
「さなえちゃん、行ってらっしゃい! 」
「みやこさん、行ってきます! 」
そして、さなえちゃんが店を出て行った。楠木君のおじいちゃんとふたりになった。
「グゥー」
うちのお腹がなった……。
「すみません。お昼をあまり食べてなかったので」
「大丈夫ですよ。みやこさん、何か作りましょうか?」
「はい。え~と……」
悩んでいると、おじいちゃんがうちに話しかけた。
「オススメがあるので、それを作りますね」
と、言って、おじいちゃんは、厨房に声をかけた。
「ばあさん……」
おばあちゃんがオススメを作ってくれた。因みに、飲み物はオレンジジュース。
「当店自慢のオムライスです。食後に、アイスもついていますよ」
「ありがとうございます。美味しそう!いただきます! 」
「召し上がれ」
「おじいちゃん、美味しいです! 」
「ありがとうございます。このオムライスにはね。ひとつの物語があるんだよ」
「えっ?それは、何ですか? 」
「少し、長くなるけど、さなえちゃん達が帰ってくるまで、年寄りの話を聞いてくれないかな? 」
「はい!とても気になります」
楠木君のおじいちゃんから、このオムライスがきっかけで、楠木君は、さなえちゃんのことを好きになったことを聞いた。
そして、楠木君を亡くした後のさなえちゃんのことを話してくれた。
「さなえちゃんは、遼が亡くなっても私達のことを大好きだと言ってくれたんです。そして、一緒に、暮らしてくれるいい子なんです。さなえちゃんは、叶翔の子育てや喫茶店などは、頼ってくれるんですが。時々、無理をするんじゃないかって、心配になるんです。弱音を私達に吐かないんです。溜め込まずに、私達じゃなくてもいいから、誰かに吐き出して欲しいんです。そして、さなえちゃんのお兄ちゃんの隼咲君もいい子で、ずっと遼のことを心友だと言って面倒を見てくれた人なんです。遼を亡くした今でもよく店に来てくれるんですが、なんだか辛そうな顔をしているんです。その彼を誰に支えて欲しいって、思ったときです。さなえちゃんから、みやこさんの話を聞きました。それから、彼を見るたびに、だんだんと隼咲君は、ここに来るのが楽しそうに笑うんです。あなたなら、隼咲君を支えれると思いました。私達は、応援しているからね」
「ありがとうございます!私は、カウンセラーです。さなえちゃんの悩みを聞けたらって思います」
「ありがとうございます」
食後のアイスを食べ終わったころに、さなえちゃんと叶翔君が帰ってきた。それに、合わせて、おばあちゃんも店の奥から出てきた。
「ただいま!おじいちゃん!おばあちゃん! 」
「ただいま、戻りました」
「お帰り、叶翔」
「お帰りなさい、さなえちゃん」
叶翔君は、うちがいるのに気が付いて、サッとさなえちゃんの後ろに隠れた。そして、少し顔を出してジーとうちを見る。
「叶翔、お客様に何をするんだっけ? 」
「いらっしゃいませ!あとは……こんにちは!くすのきかなとです!ろくさいです! 」
「こんにちは、叶翔君。よく自己紹介出来たね」
その言葉を聞いて叶翔君は、ニコニコ笑顔を見せてくれた。
「うちの名前は、灰崎みやこです」
なぜか、うちの名前を聞いてから、叶翔が少しの間考え込ん
でいる。
「あっ!みやだ! 」
「叶翔!?みやこさんに失礼でしょ! 」
「ごめんなさい」
「大丈夫だよ。叶翔君。みやのこと知ってる? 」
「しってるよ!しゅんにいが、まえにでんわで、はなしているの、きいたことがあるよ」
「そうなんだね!みやね。隼兄と、叶翔のお父さんとお母さんの友達なんだ」
「そうなの? 」
「そうだよ! 」
叶翔君は、さなえちゃんを見た。さなえちゃんは、そうだよというようにうんと頷く。
「じゃあね。しゅんにいとおともだちだったらね」
「うん」
「みやねぇって、よんでいい? 」
「いいよ! 」
「やったー!みやねぇ、ありがとう! 」
「みやこさん、ありがとうございます」
「いえいえ」
「あっ!そうだ。叶翔、手洗いうがいしに行こうか」
「はーい! 」
「すいません。行ってきます」
「大丈夫だよ! 」
ふたりが、戻って来たので、話を再開する。
「うちはね。兄妹は、いないけど。従兄がいてね。うちに、とってはその人がお兄ちゃんなの。そのお兄ちゃんも結婚しててね。叶翔君とちょうど同い年の女の子なの!名前はね。玲ちゃんって、言うの。かわいいんだ! 」
そう言って、すぐにスマホを取り出し、みんなに写真を見せた。その写真には、従兄とその奥さんとその子供の玲ちゃんが写っている。とても、幸せそうな写真だ。玲ちゃんは、とても
「みやねぇ! 」
「叶翔君、どうしたの? 」
「れいちゃん、かわいいね」
「そうでしょ。かわいいよね」
「ぼくね。あってみないな」
「分かった!うちのお兄ちゃんに聞いてみるね」
「やったー!みやねぇ、ありがとう」
さなえちゃんの表情は、少し悲しい顔をだった。いや違う。辛そうで、寂しそうな顔をしていた。
しばらくしてから、さなえちゃん達と話していると、いつの間にか帰る時間になった。
「じゃあ、そろそろ。うちは、帰るね」
「叶翔君、バイバイ! 」
「みやねぇ、バイバイ! 」
「さなえちゃん、ちょっと来て」
「はい? 」
さなえちゃんにしか聞こえないように、耳打ちとメモを渡してから、喫茶店をあとにした。
家に帰り、晩御飯を食べてから、自分の部屋でゴロゴロしているとスマホから通話音が鳴った。
「もしもし、みやこさんですか? 」
「はい。うちの電話番号で、合ってるよ。さなえちゃん」
「いきなりで、すみません」
「大丈夫だよ」
「その、帰り際のことについてで」
「うん。うちは、一応カウンセラーだからね、話を聞くよ。そうじゃなくても、うちはさなえちゃんの悩みを聞きたい。悩みじゃなくても、人の思いを聞いてその人を少しでもいいから救いたいんだ」
「ありがとうございます」
「家族に、言いにくいんだったら。話を聞くよ」
「遼さんが、亡くなってから。すごく辛かったんです。寂しかったんです。遼さんの物語にも書いてあったです。叶翔が、いるからって無理をしないで欲しいって。周りの人に頼っていいって。少しだけでも、周りの人に頼っているのですが。頼りすぎは、いけないと思ったんです」
「さなえちゃん。そうなことは、ないんだよ。確かに、頼りすぎはいけないと思う。誰だって、大切な誰かを亡くしたら、辛いよ。だからって、無理したら、楠木君だって、辛くなると思うよ。さなえちゃん。おじいちゃんが言ってたよ」
「えっ? 」
さなえちゃんに対してのおじいちゃんの思いを伝えた。
電話口から、泣き声が聞こえた。さなえちゃんが、少ししてから落ち着いたので、気になったことを聞くことにした。
「ひとつ、聞いてみてもいい? 」
「はい」
「うちが、今日写真を見てもらった見たときに寂しそうな顔をしていたでしょ? 」
「はい。みやこさん、さすがですね。いつも隣でいた遼さんが亡くなってから、さっき言ったように寂しかったんです。それと同時に、玲ちゃん達がうらやましいって思ったんです。玲ちゃんのお母さんには、旦那さんがいて。玲ちゃんには、お父さんがいる。でも叶翔の父親は、もういなくなって…。弱気に、なってしまったけど。叶翔の顔を見れば大丈夫だって、思えたんです」
「さなえちゃんは、本当に頑張っているよ。自分には、無いものがあって、自分以外にはそれがある。それは、誰だって、うらやましいく思う。あたりまえのこと。弱気に、なってもいいんだよ。そうじゃないと人間は疲れてしまう。さなえちゃんは、ひとりじゃない。叶翔君のお母さんは、あなただけ。あなたにしかできない。さっきも、言ったように無理をしてはいけない。楠木君も、無理をして欲しくないんじゃないかな。どんな感じになって欲しいと思う? 」
「あっ……」
少しの沈黙。
「遼さんも、無理をせずに、泣いていいって、物語で書いました。私は、遼さんの思いを知って遼さんを想う時に、どうしようもなく辛くなった時に、ひとりで泣きました。そうすると、少し楽になるです」
「うん。泣くことはいいことだよ。泣いて、スッキリしたらいいんだよ」
「それに幸せになって欲しいと書いていました」
「さなえちゃん、この世に幸せになっていけない人はいない。誰でも、幸せになっていいの」
「みやこさんのおかげで気持ちが楽になりました。ありがとうございます」
「いえいえ。さなえちゃんの話を聞けて良かったよ」
「私からも、ひとついいですか? 」
「いいよ」
「隼兄のことなんですが」
「隼のこと? 」
「私、みやこさんなら、兄を幸せに出来ると思います」
「えっ? 」
「私は、遼さんが亡くなってからの隼兄を見るのが辛かった。隼兄にとって、私より遼さんとの付き合いが長い心友で、人として尊敬する人。その人が亡くなって、隼兄も辛いはずです。私が隼兄にも言ったことですが。私の前で泣かなくなったんです。でも、隠れて泣いてるんです。そして、心から笑わなくなった。隼兄が、私達を支えてくれたように、私も隼兄を支えたいって思ったんです。でも、私ではダメな気がしたんです。私がしたら、今までと変わらず隼兄が私に気を使ってしまう。どうしたらいいのかと、悩んでいたときにみやこさんが現れた。みやこさんと再会してからの隼兄は、心から笑うようになったんです。会う度に、楽しそうなんです。みやこさんとなら、大丈夫って思ったんです。だから、兄をお願いします! 」
「さなえちゃんは、すごく兄想いなんですね。さなえちゃんは、ふたりのことをよく理解してるいるから、そのぶん辛いんだね」
「はい」
「分かりました。こちらこそ、よろしくお願いします! 」
「実は、いうと。隼……お兄さんとお付き合いをさせていただいてます」
「気づいてますよ。隼兄は、言ってくれませんでしたけど。ふたりを、見ていたら分かります」
「さなえちゃんにも、バレてたんだね。楠木君にも、うちが隼のことを好きなのをバレてたよ」
「えっ?遼さんにも、バレてたんですね」
「そうだよ」
そして、ふたりで笑う。笑い終わった後に、さなえちゃんが申し訳なさそうに話し出した
「すみません。普通ならお会いして、話すことなんですが」
「大丈夫だよ!」
ふと、時計を見ると通話をしてから、一時間以上たっていた。
「今更だけど。叶翔君は、大丈夫? 」
「はい!大丈夫ですよ。叶翔は、今、ぐっすりと寝ています」
「良かった! 」
「みやこさん。最後にひとついいですか? 」
「うん、いいよ」
「気が早いのは分かっているんですが。その…隼兄と結婚したら、私もみやねぇって、言ってもいいですか? 」
「もちろん、いいよ! 」
「叶翔が、みやこさんのことを言ってるのがうらやましかったのと私もそう呼びたかったんです」
「ありがとう!そう思ってくれて、嬉しいよ! 」
「良かったです! 」
「うん!」
「今日は、ありがとうございます。また、喫茶店に来てください」
「うん、行くね! 」
「はい!そろそろ、電話切りますね」
「うん。またね。おやすみなさい」
「はい!おやすみなさい」
そこで、通話を終了した。
これは、彼がいない日の出来事だった。
読んでいただきありがとうございます!