40.判決2
クオン王子の視点で話が進みます。
キースが去った後の大地の間に今度はウエストロン公爵夫人が跪く。
白髪交じりの薄いブラウンの髪の毛は今日も少しの乱れもなく結われており、上品なレースを散りばめた深緑色のドレスは侯爵夫人の品の良さを更に引き出していた。
俺たちの反対側には今度はウエストロン公爵とその娘が座っている。中央に跪く夫人を見てウエストロン公爵は何を思うのだろう。50歳には見えない鍛え抜かれた体、目じりの上がった力強い目は野心と強さを連想させる。ウエストロン公爵の顔を娘が不安そうに見つめているが、公爵が表情を変化させることは無かった。
「顔をあげよ。」
国王の言葉に全員が顔を上げる
「ウエストロン公爵夫人、私は其の方をこうして大地の間に呼ぶことを誠に遺憾に思う。なぜここに呼ばれたか分かるか?」
「わかりません。」
国王の言葉に公爵夫人は毅然とした態度で言葉を発した。その目の横にははっきりと【嘘】の文字が浮かび上がっている。
「そうか、では。クオン証拠を。」
「はい。」
ウエストロン公爵夫人の目前、ちょうど人が一人立ったくらいの高さに大きく映像が映し出された。
クラウンの背中越に大きな鏡があり、その鏡が大きく歪んだかと思うと「「何か動きはあったの?」という声が聞こえた。
続いて鏡に映し出された映像にウエストロン公爵の娘が小さく息を飲む音が聞こえた。
「ウエストロン公爵夫人、吉報でございます。クオン王子の殺害に成功したと報告がありました。」
「その情報は確かなのですか?」
「キース本人から連絡がありましたので間違いはないかと。」
「信用など出来るものですか。今すぐ、確認の者を走らせなさい。そして、王子が殺害されているにしろ殺害されていないにしろキースは殺すのです。いいですね。」
「承知いたしました。ウエストロン公爵夫人、成功した暁には私をそれなりの地位に引き上げて下さることをお忘れなく。」
公爵夫人の流すような視線が流れて映像は終わりになった。
「何か反論はあるか?」
国王が問いかける。
「ございません。」
ウエストロン公爵夫人が潔く罪を認め、その声を聞いてウエストロン公爵がきつく目を閉じ、娘が両手で顔を覆った。
「なぜこのようなことをした?」
「そんなこと決まっております。クオン王子が憎かったからです。」【嘘】
「私の目には其の方はクオン王子にも分け隔てなく接してくれていると思っていた。それは私の勘違いだったと?」
「そうです。」【嘘】
淡々と答えていく公爵夫人の姿を見つめながら俺は混乱していた。公爵夫人が答えるたびに目の横に【嘘】という文字が表示されるのだ。
「正当な血筋の甥であるエイサーを王へと望んでのことか?」
「えぇ、正当な血筋、純潔こそが王に相応しいのです。」【嘘】
これも嘘だと?俺のことを憎んでいなくても、分け隔てなく接していても、俺の弟のエイサーを王にすべく俺を殺害しようとしたというのなら辻褄は合うのに、俺のスキルはこれも嘘だという。
「国王、質問することをお許しください。」
謎が深まる事態に俺はいてもたってもいられず、国王に質問する許可を願った。
「許可する。」
国王の許可を得て俺は席を立ち、ウエストロン公爵夫人の側まで歩いた。
「それほどまで私の死を望んでいたのですか?」
ウエストロン公爵夫人が真っ直ぐに私を見つめ返した。その目は昔も今の何も変わっていないように思う。悪戯をしてキースと共に叱られ、ふて腐れた時も優しく諭してくれた。王とはどういうものか、王族とはどういうものか、その振る舞いを母親に代わって優しく厳しく教えてくれたのはウエストロン公爵夫人だった。
「えぇ。望んでおりました。」【嘘】
これも・・・嘘・・・。公爵夫人の真意は一体どこにあるのだろうか。
私の死を望んでいない。私の死を望んでいるのは・・・ウエストロン公爵。では公爵の命で動いていたのだろうか。
「今回のことは、他の誰かの指示ですか?」
「いいえ。私が単独で考えました。」
この質問には嘘の表示が現れなかった。つまり、ウエストロン公爵の差し金ではないということだろう。ではなぜ?
「ウエストロン公爵は一切関係ないということでいいのですね?」
「はい。」
試しに公爵の名前を出してみたが、夫人にも公爵にも何の反応も見られなかった。
「ウエストロン公爵、夫人に何か言うことはありますか?」
僅かでも夫人が私を殺害しようとした理由が知りたいと思い、夫人の表情を何かしら変化させたくてウエストロン公爵に問う。だがウエストロン公爵の反応は何ら変わりなく、怒りすら見えない。
「何もない。」
本来ならばその時間は愛する者の罪を少しでも軽くしようと、罪人を想う者たちが弁護を始める時間だった。ウエストロン公爵が表情を変えずに言い切ったその言葉が、温度さえも持たずにその空間に放り出される。
「お父様!!」
堪らず娘が声を上げる。そんな最中、くすくすくす、と乾いた笑い声が響いた。ウエストロン公爵夫人の口から発せられたその笑いに皆の視線が集中する。
皆の視線の中、顔を上げてウエストロン公爵夫人が微笑む。それは私が初めて見るウエストロン夫人の悍ましくも美しい女の顔だった。
「私が死ねば第一夫人の椅子が空くもの。そこにあの女を座らせればいいわ。」【嘘】
「何を言っているのだ、お前は。」
「私、こうしてあなたと見つめ合うのは本当に久しぶりでしてよ。もう2年以上、あなたがこうして私を見ることなんてなかったでしょう?」
公爵夫人の表情が痛みを堪えているかのように歪む。
「私が死んだら私はあなたを思い出すことはないけれど、あなたは罪人となった私を忘れることは出来ないでしょうね。」
その言葉に初めて公爵は驚いた表情をした。
「そんな表情、結婚してから初めて見ましたわ。」
公爵夫人は嬉しそうに微笑んだ。それは少しでも公爵の心に自分の言葉が届いたという証だったのだろう。
そうか。
そういうことか。
その瞬間、私はこれが愛の復讐劇だったのだと悟った。
第一夫人の座にありながら、公爵に愛されることもなく蔑ろにされ続けた夫人。そういえばいつも夫人の目は自身の側にはいないウエストロン公爵を見ていた。
夫婦が共にいるのは式典等の公の場だけで、夫婦でくつろぐ姿を見たことは一度もなかった。
そういうことか。
だから俺への殺意もなく殺そうとした。上手くいけば俺の死を望むウエストロン公爵の願いを叶えることになっただろうし、失敗しても罪人として裁かれることで公爵にとって忘れられない存在になるだろう。
公爵夫人の願いは、ウエストロン公爵に愛されたい、ただそれだけだったのだ。
「ウエストロン公爵夫人、最後に言い残すことはありますか。」
「私はもう、あなたを愛してはおりません。」【嘘】
ウエストロン公爵夫人はウエストロン公爵を見つめはっきりとそう言い切った。
それは俺だけにわかる、苦しいほどの愛の告白だった。
―私はあなたを愛しております。-
「ウエストロン公爵夫人、其方を死刑に処す。」
国王の毅然とした声が大地の間に響く。
ウエストロン公爵夫人はその言葉を正面を向いて受け止め、その後深く頭を下げた。公爵夫人のこの復讐劇は自身が死ぬことで完結する。これ以外に相応しい判決などなかった。
娘の泣き叫ぶ声がこだまする中、裁判は終了した。
次回は【後味】です。
ライファ視点に戻ります。




