24.キスとウニョウ
ライファを後ろから抱きしめたまま、揺れる炎を見ていた。夏の終わりと言えど夜の水辺は肌寒い。火が熱すぎないように結界でその温度を調整しつつ、寒そうなライファを温めた。
ライファの表情が見えないけれど体は近い、この距離のせいだろうか。ライファから伝わる体温が私を安心させるからだろうか。つい、ヴァンスとのデートのことを聞いてしまった。
ピクニックに行ったというライファ。しかもあわよくば魔獣を獲る手伝いをしてもらおうという下心付きだというのには、ライファらしくて笑ってしまった。
そのうち口数が少なくなり、ライファがうとうとし始めた時、以前ライファがしてきた質問を思い出した。
レベッカとのデートは順調?
じゃあ、キスはしてないの?
気づけば思ったことをそのまま口にしていた。
「キスは・・・した?」
その答えは、うん、だった。デートの終わりにする挨拶だという。
ゾワッと体の中の何かが毛羽立つ感じがした。ライファと兄さんがキスをしている映像が脳裏に浮かび、それを消し去りたい衝動が体を支配する。
「じゃあ、俺にもしてみてよ。」
「挨拶でキスをするんでしょう?なら、おやすみの挨拶。なんか問題ある?」
「・・・ありません。」
「じゃあ、出来るよね?」
言葉巧みにライファを説き伏せる。ライファは少しの間固まった後、体ごと私の方を向いた。
ライファの両手が私の頬を挟むようにして触れる。
一瞬、ん?と思ったがおでこにキスかと、その次の行動を待った。
間もなくして唇が重なった。
え?
温もり移しのようだ。ライファの温かな唇が私の唇にその温もりを伝えてくる。少し唇が離れたときに軽く息を吸うと再び口づけられた。
その行動は予期せぬもので私の脳内を麻痺させる。そのうち、まるで私の唇を味わうかのような動きを見せ始め、私の体の熱が一気に上昇した。
―欲情―する。
「ちょ、ちょっと待って。それ以上はっ!」
ライファの体をグッと押し離し、真っ赤になっているであろう顔を隠す様に手で覆った。そのままライファを回転させその背中を抱きしめることで心を鎮める。
寝息をたてはじめたライファを横にして自身も横になった。横になって空を見上げる。星が静かに瞬き、大地が私の熱を吸い取ってくれるような気がした。そのまま息を大きく吐けば吐き出した呼吸と共に体が重くなり、そのまま沈んだ。
それからどれくらい眠れたのだろう。目が覚めた時にはまだ空は暗く、日が昇る気配はまだない。隣で眠るライファを起こさないように布から出る。自然とライファの唇に目がいき、複雑な思いが体の中で渦巻くのを感じた。
兄さんともあのようなキスを?
あんなの、挨拶のキスなんかじゃないじゃないか。
この感情の正体を私は知っている。嫉妬だ。
藪をつっついて蛇を出したような気分だ。
その気持ちを振り払うように体を動かし始めた。
その後、無事にウニョウを捕まえた私たちはマリアの元へ帰宅した。
「結構かかりましたわね。」
マリアの言葉に二人ともグッと息を飲む。
「お、思いのほか強敵でした・・・。」
ライファがそう言ってテヘヘと笑う。
「ウニョウを手に入れる方法は分かりました?」
「はい。話しかけて説得する、ですよね?」
「良く気付いたな。」
私が答えているとリベルダの声がした。振り返ればマリアの家の中からリベルダが歩いてくる。
「レイ、お前、寝不足か?酷い顔しているぞ。」
そう言いながら私の肩を意味ありげにポンポンと叩いた。
ライファお手製の朝食を食べた後はリベルダに教えてもらった魔方陣をひたすら描いた。まずは何度も描くことで魔方陣を体に覚えさせる。それが出来たら小さな魔方陣をいくつも作り同時に起動させることでコントロール力をアップさせる。同一の魔方陣の軌道、コントロールができるようになると、複数の種類の魔方陣を起動させる。コントロールする。その他にも、魔方陣の仕組みを理解する講義!?があり、それら全てがちゃんと体と頭に定着して初めてリベルダが以前やってみせた変形魔方陣が組めるようになるらしい。
道のりはまだ遠い。
ライファはというと、マリアとウニョウと一緒に何やら話し込んでいた。ウニョウは隙をみてライファに巻き付こうとし。そのたびにマリアとライファに怒られているようだ。本当に変な蔦だ。
暫くしてからまた見ると今度はウニョウが分裂していてライファに褒められていた。分裂したウニョウたちをライファがお風呂のようなものに入れている。
今日中にウニョウで武器を作るんだと張り切っていたから、あれも武器づくりに必要な工程なのだろう。どう見ても、二歳児と保母さん(ライファ)にしか見えないが。
お昼は武器づくりに夢中なライファを放置して果物とパンで簡単に済ませた。
午後には回復薬を飲んで、また魔方陣の練習を始める。
魔方陣を一つ、二つ、三つと描いては飛ばす。集中を高めて四つ、五つ・・・。
ガビョーン
何かが飛んできて私の顔に巻き付いた。巻き付いたウニョウはその蔦を更に伸ばし、嬉しそうに更に巻き付く。その蔦の端っこをウニョッと掴み、振り返ると「狙いが外れたな。」と首を傾げるライファの姿があった。
「レイ、その蔦を取ってみてくださいな。」
マリアに言われるまでもなく、無理やり蔦を取ろうとする。
普通に手で引っ張って蔦を引きはがそうとするがギュッと余計にしがみ付いてくる。魔力を手に宿して力技で引っ張っても、2、3か所の蔦先が解けただけでそのままだ。
今度は魔力を鋭く変え、料理をする時のように切ってみるもゴリゴリっと音がするだけで切れない。
これは、本格的に鬱陶しい。
戦いで攻撃をするくらいの魔力を注いだ火を、自身にだけ結界をめぐらせたうえで放った。そうしてようやくウニョウが消滅した。
「先生!これはなかなかの出来ではありませんか?」
ライファが嬉しそうにキャッキャした。
「そうですね、上出来ですわ。」
マリアのお墨付きをもらい、ライファは上機嫌だ。
「先生、もっとたくさん作りたいです!」
「では、今のうちに量産しましょう。それから、このウニョウは持って帰ってくださいね。家の庭に置いておいたら、魔獣たちがグルグル巻きになっちゃいますので。」
「わかりました!」
訓練に明け暮れて時間は夜。
魔力は回復薬で回復させたものの、体力的な疲労はピークだ。昨日眠れなかったのが大きい。
「レイ、ちゃんと帰れるか?なんだか疲れているみたいだけど。」
ライファを恨めしい目で見る。この寝不足は全部ライファのせいなのに、なんでこんなに呑気なんだ?あんなキスをしておきながら何事もなかったかのようにケロッとしているなんて信じられない。
「うん、なんとか帰る。」
いつものようにライファが見送りにと付いてくる。庭に出ると、私たちを見つけたウニョウが嬉しそうに蔦を揺らした。そのウニョウを見なかったことにしてスージィの結界を抜ける。
「明日、ターザニアに戻るんだっけ?」
「うん。あっという間だったな。新しい武器も手に入れられたし、レイにも会えたし濃い日々だった。」
「このまま、こっちにいればいいのに。」
つい本音が出る。
「なんだ?寂しいのか?」
茶化してくるライファにむぅっとした。これが気持ちの差というやつなのだろうか。あんなキスをしても意識などしないくらい恋愛の対象として見ていないということなのだろうか。あんな・・・あぁ、そうだった、ちゃんと教えておかなければ。
「ねぇ、ライファ。」
名前を呼ぶと、ん?と声を出して私を見る。私はライファの頬とおでこにキスをした。ライファは呑気に、なに?なんて聞いてくる。
「これが挨拶のキス。そしてこれが」
ライファの左頬を右手で包むように支え、そのまま口づける。ゾクゾクする感情のまま重なりを深めて、唇を離せば少し上気したライファの顔があった。
「これが恋人同士のキスだよ。だから、こういうキスは他の人にしちゃいけないよ。」
そう囁けば、ほわん、としたライファが「レイって美味しい。」と言った。ちゃんとわかっているのだろうか。何一つ伝わってないような気がして、両頬をむぎゅっと両手で挟んだ。
「ちゃんと聞いてる?他の人とキスをしてはいけないんだよ。」
「ふぁい。」
今度はちゃんと伝わったような気がする。
次回は【レベッカの日常】です。




