21.誠実
家に帰ってきて二日目。師匠に魔方陣を起動してもらい先生の元へ行く。
師匠はやることがあるとかでお留守番だ。
私はベルを肩に乗せると、魔方陣の中に手を突っ込み先生に引っ張り上げてもらった。
「おはよう、ライファ。わたくしに聞きたいことがあるんですって?」
「はい。魔木研究室から貰った麻痺効果のある木の実のことなのですが、麻痺効果って薬にも毒にもなりそうじゃないですか。どう調合すべきなのだろうと思いまして。」
「麻痺効果ですか。どのように効力を発揮させたいか、によりますわね。たとえば、痛みを緩和する方向へ使いたいのなら、ヒーリング効果のあるものだったり体を楽にするようなものと組み合わせるのがいいと思います。」
「私の武器として使う場合はどうですか?」
「しびれ薬的なことかしら?そうねぇ、作れなくはないでしょうけど、ライファは眠り薬を持っていますしね。痺れるも眠るも、相手を動けなくするという点では同じでしょう?ならば、もっと違う方向のものの方が、幅が広がると思いますけど。」
「・・・その通りですね・・・。」
そうか、そうだよな。アレコレ考えてみたけれど、確かに眠り薬の方が効力としても上だし、あれがあれば十分か。
「武器が欲しいというのなら薬ではないですけど、ウニョウを丸めた網はどうでしょう?」
「ウニョウですか?」
「魔力ランク6の植物で巻き付いたらなかなか離れない厄介な蔦です。巻き付かれると面倒なのでうちの庭にはないですけど、ハートランドから近い大陸のユタにいけば生えていますわ。珍しいものでもないので、見つけるのは簡単だと思いますよ。」
眠り玉のように丸めて飛ばした時に、敵に当たって巻き付いてくれれば時間稼ぎになる。しかも、眠り玉のように皮膚に沁み込ませなくてもいいから、手や足とか目に見える部分に打てばいい。蔦の強度がどれほどかはわからないけど、何かの薬を調合して蔦に与えることで強度を高めることも可能かもしれない。
考え出すと、アレもコレもと考えが浮かんでくる。こっちにいる間に採りにいこう。
「言っておきますけど、1人で取りにいくには時間も魔力も足りませんよ。」
先生が私の顔を見て、察したように言う。
「うっ・・・。」
「そんなに残念がることはありませんわ。レイに頼んでみなさい。私の記憶が正しければ15日に来るでしょう?」
「15日ですか?確か休みは16日だって聞いていたような。」
「最近じゃ時間が足りないとかで休みの前日に来て、森に泊っているようですよ。」
「森って・・・。師匠はレイを家には泊めてあげないのですか?」
「森の中で眠るのも訓練の一つなんですって。昔はリベルダもよくやっていましたわ。リベルダって案外、ストイックなんですのよ。」
先生は昔を思い出したのか、可笑しそうに笑った。
3日目。
「お客様でございます。」
昼食の片づけをしていると来客を告げる音が鳴ってテンがヌッと姿を現した。
「スージィが結界を開けるかどうか悩んでおりますぞ。」
「わかった。今行く。」
私は急いでスージィの元へ向かい、結界の向うにいる人物を見せてもらった。
ヴァンス様!?
結界の向うにヴァンスともう一人、騎士団員がいた。どういうことかと首を傾げていると、結界を開けてやれという声がしてスージィが結界をあける。
ヴァンスは結界をくぐりながらスージィにお礼をいうと、私を見つけて「ライファちゃんこんにちは。」と言った。
「こんにちは。どうしてここに?」
「お土産のお礼を言いに、ライファちゃんに会いに来たんだよ。」
ヴァンスは私を見てにっこりと微笑み、その隣の男性は引きつった笑みを浮かべた。
「あの・・・私はライファと申します、はじめまして。」
ヴァンスの連れの方に、どなたですか?の意味を込めて先に挨拶をする。
「これは失礼しました。私はユーリと申します。」
「ユーリは私たちの先輩でね、レイと組んで見回りもするんだよ。」
「階級はヴァンスよりも下だけどね。」
ユーリが肩を竦める。
「もしかして、私が誘拐された時も捜査をしてくださった方ですか?」
「うん、騎士団の仕事でもあるからね。」
「その節はありがとうございました。」
「報告書によると勇ましく戦ったみたいだけど、ほどほどにね。」
ユーリはニコっと笑って、私の頭にポンと手を乗せた。
「ライファちゃんに会いに来たのも本当なんだけど、リベルダ様にも用事があるんだ。リベルダ様はいるかな?」
「多分、リビングにいるかと。こちらです。」
「初めて来たけど、随分頑丈な結界で守られているんだね。あちこちに妖精もいるし、なんだか違う国にでも来たかのようだ。」
ヴァンスがそう言って辺りを見回す。
二人をリビングに案内すると、師匠がソファに座っていた。
「待っていたぞ。あぁ、ユーリも来たのか。お前とはナイトパーラー以来か。あの時はすまなかったな。」
師匠が珍しく、気まずそうな表情をした。
「いいえ、今ならばあのような態度になることも理解できます。」
「そうか。」
師匠はそう言ってほんの少しだけ笑った。
どう考えても、私が居ていい雰囲気ではない。3人にお茶を出して、私は部屋を出ることにした。
「ライファ、お前もいなさい。聞いておいた方がいいだろう。」
何のことだろうと思いつつ、師匠の言葉に従い師匠の隣に座った。
「ライファ、以前お前が騎士団の野営地で解毒剤を作ったことがあっただろう?あの犯人がわかった。」
「誰ですか?」
「妖精だよ。王都のパーティーでユーリスアに行っただろう?その時にちょっとしたことがあって、体調を崩した妖精がいたことを知ったんだ。妖精の名はプラタン。ターザニアにしかいない妖精で人間の手による移動も禁止されている妖精だ。ちょっと気になることがあって、その妖精を調べたんだが体内から変わった薬が検出された。以前、ターザニアで禁忌の研究として封印された薬、意識を保ったまま思い通りに操る薬の成分に近いと思われる。最も、あの研究は完成していなかったはずだがな。」
「つまり、薬によって操られた妖精がドゥブ毒を盛ったということですか?」
「そうだ。」
「その研究が未だにターザニアで続けられていると?」
私は信じられない気持ちで聞いた。
「それをユーリスアの騎士団に調べてもらっていた。ターザニアが関わっているかという可能性も含めて、だ。」
ヴァンスがコクリと頷く。
「先日、ターザニアに行く機会もあったので、現地でも調べて参りました。研究に深く関わった者でその研究に執着を持っていた者を炙りだし、処刑したのも事実。ターザニアの国王としてやれることはやったという印象でしたが、さすがに細かいところまで全部処刑というわけにはいかなかったようです。ですから過去の研究が外にもれる余地は十分あったと思います。」
ヴァンスが言葉を区切る。それを見て、今度はユーリが話し出した。
「ターザニア国内に残っている当時の研究者、兄弟、子供まで可能な限り意識侵入を試みましたがあの研究に興味を持っている者、関わっている者はいませんでした。それらしい者の情報さえもありませんでした。」
「そうか、ではターザニアの国として関わっている可能性は限りなく低いと言って良さそうだな。」
あの研究所で働いている人たちが関わっているなどと考えたくはなかったので、師匠の言葉を聞いてほっとした。
「ユーリ、お前、無理しただろう?」
師匠がユーリに声をかけると、ユーリは困ったような顔をした。
「ライファ、この場所を開けてくれ。ユーリ、ちょっとここに横になれ。」
師匠はそう言うと自らも席を立った。ユーリはなんとも言えない表情をしてソファに横になる。
「無理に意識侵入を続けたせいで、他人の意識を持ってきてしまったんだろ?剥がしてやる。お前の記憶は見ないようにするから安心しろ。」
ユーリは静かに目を閉じ、師匠はユーリの額に手を当てると目を閉じた。見た目的にはただそれだけで、手が青白くなるとかそういうことは一切ない。ただ単に師匠がユーリの額に手を当てているだけにしか見えない。それでも、師匠が手を当てて数分立つと、ユーリがふぅっとリラックスしたような息を吐いた。
「これでもう大丈夫だろう。」
「ありがとうございます。だいぶ、楽になりました。」
「ユーリ、体調が悪かったんならちゃんとそう言え。今日私がここにユーリを連れてきたのは偶然みたいなものだぞ。リベルダ様が言ってくださらなかったら、お前はずっとしんどいままだったじゃないか。」
「だって、なんかかっこ悪いじゃないか。」
ヴァンスはユーリにゲンコツをくれてやると師匠に向き直ってお礼を言った。
「ヴァンス、隊長ならユーリが黙っていても気付くくらいになれ。」
「はい!」
ヴァンスはビシッと師匠に頭を下げた。
師匠にこのまま少し寝ろ、と言われたユーリをリビングに残しヴァンスと庭に出た。
「お土産ありがとう。」
ぷぷっと笑いながらお礼を言ってくる。
「笑ってくれてよかったです。ヴァンス様が持っているものより素敵な物を贈れる気がしなくて。ヴァンス様が必要としているものを選んでみました!良かった、笑ってくれて。」
二ヒッと笑いながらヴァンスを見ると、ヴァンスは思い出したようにまた大笑いをした。
「あんなに笑えるお土産は初めてだったよ。君はいつも想像を超えてくる。ほんとに退屈しないよ。」
ヴァンスはそう言ったあと、急に真面目な顔をした。
「私はライファちゃんのことが好きだよ。」
「私もヴァンス様、好きですよ?」
「いや、そういう好きじゃなくてさ。触れたいとか、キスしたいとか、アレコレしたいとか、そうことを含む方の好き。」
「なっ、急に何を言い出すんですか!!」
火照ってくる顔を手であおぐ。
「ライファちゃんがくれた【誠実】って言葉に則っているだけだけど。」
「ちょ、ちょっと待ってください。頭がついていかない。」
ヴァンスはクスッと笑って、いいよ、と言う。私はパタパタと顔をあおぎながら頭を再起動させた。
「つまり、ヴァンス様は、恋愛対象として私を好きということですか?」
「そう。よくできました。」
ヴァンスはそう言って私の頭を撫でる。
「返事は急がないから、よく聞いてほしいんだ。」
「・・・はい。」
「私はジェンダーソン家の跡継ぎだから、魔力の関係でライファちゃんと正式に結婚することも、側室に迎えることもできない。いずれ他の女性と結婚するだろう。それでも、君を一生大事にする。君を悲しませるようなことはしない。私にできることは全てするつもりだ。」
「それはつまり、愛人になれということですか?」
「そういう言葉になってしまうか・・・な。私はね、君と一緒に生きていきたいと思っているんだ。本当なら結婚してずっと側にいてほしい。だけど、私はそれを選ぶわけにはいかないから・・・。」
ヴァンスは少し間を置いて、苦しいような切ないような表情をした。ヴァンスのそんな表情を初めて見る。
「私が出来る精一杯を君に。」
ジェンダーソン家を継がなくてはいけないヴァンスが私と結婚できないのは、常識的に考えても当たり前のことだ。むしろ、跡継ぎだとかそんなことを抜きにしても、貴族が魔力ランク1しかない私と結婚などとあり得ないことなのだから。それでも、一緒にいる方法を探してくれたのだということはよくわかった。
「わかりました。ちゃんと考えてみます。」
「うん、ゆっくりでいいから、早まって断ったりなんかしないでよ?」
ヴァンスが笑うから私も笑った。こういうところもきっと、ヴァンスの優しさなのだろう。
次回は【小さな旅】です。




