16.レベッカとローザ
レベッカ視点の話になります。
レイ様が帰ってからも私はソファに座ったままいた。
レイ様はなんとおっしゃったかしら?思い出そうとするも、心が拒否するのか上手くいかない。
「レベッカ。」
気付くと、レイ様を見送ったお父様が厳しい表情のまま私の目の前にいた。
「先ほどの話は本当か?」
「嘘ですわ!レイ様の誤解です!」
私ははっきりと淀みなくそう答えた。
「レベッカ、私はお前の父親だ。どれだけお前を見てきたと思っている?」
お父様が悲しそうな顔をした。その表情に誤魔化しは効かないのだと悟った。
「レイ様が・・・あの女のことが好きだなんて言うからですわ。」
「レベッカ!」
私はお父様が制止するのも聞かず喋り続けた。
「きっとレイ様はあの女に騙されているのです。レイ様が、レイ様ともあろう方が平民の女を好きだなんて・・・。だから、あの女の存在を消そうとしただけです。平民の女ひとりなど、どうでも良いでしょう?」
「レベッカ!!」
大きな声を出されて、お父様の方を見る。その目にはくっきりと私を憐れむような色を浮かべていた。
「どうしましたの?そんな目をして。」
「レベッカ、お前は少し疲れているようだ。違う世界を見た方がいい。」
「どういう意味?」
「ジャグニールの屋敷へ連絡をしておく。しばらくそちらで過ごすといい。」
「お父様!嫌ですわ!レイ様のいるこの街を離れるなどと絶対に嫌です!あんな北の大地へなど行きたくない!」
お父様は眉間の皺をぎゅっと深くした。
「レベッカ、しばらくの間だけだ。他の世界も見て、素敵な女性になりなさい。レイ様よりももっと素敵な人はたくさんいる。」
「いませんわ!レイ様以上の方などおりません!レイ様は私の運命の方なのです。私たちは離れられないのです!」
「運命ならば!運命だと言うのならば、お前が北の大地へ行っても途切れることなどないであろう?レベッカ、よく聞きなさい。お前を愛しいているのだ。このままここにいては、お前はダメになってしまう。」
私は涙でくしゃくしゃの顔をお父様に向けた。優しい眼差しの中に、絶対に覆さないという意思が見える。もう、頷くしかなかった。
「わかりました。参ります。」
お父様はやさしく私の頭をなでると直ぐに、ジャグニール伯爵へチョンピーを飛ばした。
その3日後、私は北の大地ガルシアの西にあるベンジャンへと出発した。お父様が付き人としてトーゴをつけてくれる。馬車に揺られながらユーリスアの街を見ていた。レイ様のいるこの街。降り出した雨が街を灰色に染め、それが自身の気持ちを現しているようで私の出発にふさわしいと思った。
ベンジャンへは王都からユーリスアの西にあるカランまで約二日かけて移動し、カランから船で二日かけてガルシア国へ入国する。そこからまた馬車に揺られること一週間、そうしてようやくベンジャンへ到着する。
レイ様からこんなにも離れるなんて・・・。神様、どうか、私とレイ様を強く結びつけてください。私は神に祈りをささげた。
それはガルシア国へ入国した直後の出来事だった。ガルシア国は冬。
身を切るような寒さの中、馬車が雪に車輪を取られ立ち往生してしまったのだ。
「レベッカ様はこのままお待ちください。私は運転手を手伝って参ります。」
トーゴはそう言うと私を馬車の中に残して外へ降りて行った。外は吹雪き、1m先さえも見えない。貴族用の馬車といえど隙間はあるもので、隙間から侵入してくる空気が体を冷やしてゆく。
馬車はまた走ることが出来るのだろうか。このまま止まってしまったら、ここでみんな死・・・。嫌な考えが頭をよぎる。レイ様から離れて、もう会う事も叶わずこのまま死ぬなんて、なんて悲劇だろう。
「トーゴ!トーゴ!!返事をしなさい!」
急に心細くなってトーゴを呼ぶ。すると、外から「レベッカ様。」とトーゴの声が聞こえた。
「いるのなら早く返事をしなさい。」
思わず叱咤する。
「申し訳ございません。こちらのご婦人がお屋敷で暖をとってはどうかと声をかけて下さりました。」
私は馬車のドアを少しだけ開けて外をのぞく。ダークブラウンの長い髪の毛をした美しい女性とその従者が大きな馬車の窓からこちらを見ていた。馬車の内側には赤い布が貼られており、ひと目で上流貴族だとわか
る。何より、温かそうな馬車の内部が私を呼んでいた。
「有り難くお世話になりましょう。どうせ、急ぐ旅ではありませんから。」
私はトーゴにそう伝える。まもなくしてトーゴが私を呼びに来た。馬車小屋に戻るという運転手を置いて私たち二人は婦人の馬車に乗り込んだ。
あたたかい・・・。これは魔力の炎だろうか。宙に小さな炎が二つ浮いていて、それらが馬車の内部を温めている。
「この炎は触れても大丈夫なようになっているわ。寒かったでしょう。さぁ、温まって。私はローザ。あなたのお名前は?」
ローザは私の手に炎を乗せてくれた。
「レベッカ・アーガルドと申します。この度はお声をかけてくださりありがとうございます。とても助かりました。」
「レベッカ、本日はもう遅いですし、この吹雪です。うちの屋敷に泊っていくといいわ。」
「ありがとうございます。お世話になります。」
手から伝わる温もりが死の恐怖から逃れられたという安堵と重なり、ほぅっと息を吐いた。生きていればレイ様にまた会える。初めて食事をしたあの時のように、もう一度私の髪に触れてほしい。幾度となく思い出したあの光景をなぞれば、現状が胸に刺さりライファが心臓を掴みにくる。
いけない。心を落ち着かせなくては。
揺らいだ魔力をグッと自身の中に閉じ込めた。
ローザは目の前にいる少女を値踏みするような眼差しで見ていた。
北の大地は人も少なく皆、あまり外出をしない。だからこそ、準備をする場所として選んだ土地だ。ターザニアから空間魔法陣を使ってガルシアの森へ降り屋敷に戻る途中、立ち往生している馬車を見かけた。興味を惹かれたのはその魔力だ。その高い魔力は危ういほど揺らめいており、スキルを使えば危うい感情が滝のように流れ込んでくる。ローザは思わず微笑んだ。
こんなところでまさか、こんなに上等な獲物に出会えるとは。
屋敷に着くと温かい食事とお風呂を用意する。レベッカの付き人は邪魔なので薬で眠らせ、レベッカには熱があるので下がらせたと伝えておく。
体が温まり、空腹も満たされたことでレベッカの頭が現状を把握し始めていた。
時折ギュッと唇を噛んでは、必死に何かを堪え手を強く握りしめる。
「何か辛いことでもありましたの?」
レベッカは一層手を強く握りしめた。よほど口にはしたくないらしい。
ローザはレベッカの隣に行くと安心させるように背中に触れた。手に魔力を宿すことで温かさをレベッカに伝え、安心するように仕向ける。耳元で囁いた。
「私ならあなたの望みを叶えてあげることができますわ。」
レベッカがバッとこちらを振り向いた。
「どういうことですの?」
ローザはこれ以上ないくらい妖しく微笑む。
「私にはね、それだけの力があるということです。あなたが私に協力してくれるのなら、私もあなたに協力しましょう。」
そういうとローザは目の前にレイを出現させた。
勿論、実態ではなくレベッカの感情と記憶から読み取ったレイの映像だ。レイの映像を動かすことで、レイがレベッカに手を伸ばせば、レベッカは愛おしそうにその手を掴もうとする。そしてその姿を消せば、レベッカはレイの名を呼んで悲鳴のような声をあげた。
「何を・・・私は何をすればいいのですか!」
レベッカがローザに縋り付く。その姿にローザは優しく微笑んだ。
次回は【.二人だけのお茶会と届いたお菓子】です。




