28.レベッカ・アーガルド
アーガルド家の長女として生まれた私は物心ついた時から欲しい物は何でも手に入れてきた。
女性にしては高い魔力ランク8を持つ私は両親にも愛され、大切にされ、私が欲しいと言えば両親は何でも用意してくれた。
レイに初めて会ったのは5歳の頃だったと思う。
両親に連れていかれたパーティーで金色の髪の毛の同じ歳の男の子がいた。
当時の彼は引っ込み思案で母親の後ろに隠れてばかりいたのを覚えている。
次に会ったのは貴族が通う学校だった。貴族は10歳になるまでは自宅で家庭教師をつけて勉学に励む。
10歳になって初めて4年間貴族専用の学校に通うのだ。
久しぶりに会ったレイ様は美しくて男らしくて優しくて正に私の理想の男性になっていた。
容姿にも恵まれ、魔力ランクも高く、実技の試験では常にトップ。
レイ様は女性のあこがれの存在だった。
どれ程の女性が密かにレイ様を想い、釣り合わないと諦めていったか。私なら、私なら魔力も家柄も美しさも釣り合うというのに、在学中にレイ様から誘われることもなく貴族学校を卒業した。
貴族学校を卒業してからなかなか会うこともなくなり、他の男性とデートをしても思うのはレイ様のことばかり。そんな矢先、風の噂でレイ様が自分から女性を誘うのが苦手だということを知った。
何人もの女性がレイ様を誘うようになり、競うように私もレイ様を食事にお誘いした。
OKの返事を頂いた時、どんなに嬉しかったことか!
周りの者たちにレイ様とデートすることを言いふらし、何人もの女性をレイ様から引かせた。
デート当日。レイ様と二人で歩く道、一緒に食べるお食事、すべてが素敵で輝いて見えた。
レイ様とかわした会話は全て覚えている。
段差があれば私が躓かないように手を差し伸べてくれ、私の髪飾りが落ちそうになっていた時には髪飾りをレイ様が挿してくださった。
レイ様の手が私の髪の毛に触れ、見つめ合ったあの瞬間、もうレイ様は私のものだと、私に夢中になるものだと信じて疑わなかった。
それなのに。
それなのに、あれ以来、何度お誘いしてもレイ様からOKの返事は来なかった。
王宮のパーティー。もしかしたらレイ様に会えるのではないかと、パーティー中ずっと探していた。
ようやく見つけたレイ様の側にいた見知らぬ女。
この女がジェンダーソン家のお客様だと知った時には、たとえ僅かな期間でもレイ様と一つ屋根の下で暮らすなんてどんなに図々しい女だろうと思った。
それでも、レイ様が私のダンスのお誘いを受けてくださったことにほっとし、同時に嬉しくて、貴族としてこれくらいのことなど難なく流そう、そう思ったのだ。
のちに聞けば、あの女は平民だという。どう逆立ちしたってレイ様に釣り合うはずもない。
あの女が平民だと知ったときには、部屋で一人大笑いした。
けれど昨日、【スィートホーム】で二人の姿を見たときに一抹の不安を感じた。
思い出しても体が震えそうになる。二人に気付いたのは、二人が入店してしばらく経った頃だと思う。
「いただきます!」とレイ様の声が聞こえたのだ。
私の視界の奥にレイ様を捉えたときは、約束もせずにこんな街のはずれで会うなんて、なんて運命だろうと思った。食事中に話しかけるのはどうかと躊躇い、食事が終わってから話しかけ二人は運命だと印象付けようと思っていたのに。
あの女と居る時のレイ様が楽しそうで、あの表情は私だけのもののはずなのに。
レイ様がナプキンであの女の顔をぬぐった時、もう我慢できないと思った。
あの女に自分の身のほどを弁えさせねばならない。
レイ様に釣り合うのは誰なのか、はっきりさせなくてはならないと心に決めた。
「レベッカ様。レイ様、フローレンス様、ライファ様が到着いたしました。」
「トーゴ、あの女に様は要りませんことよ。あの女は平民ですから。」
「そうは申しましても・・・。」
トーゴは困ったような顔をした。
「平民と貴族の扱いを同じにするわけにはいかないでしょう?」
イライラして早口に捲し立て、レイ様を迎えに行った。
「レイ様、フローレンス様、ようこそアーガルド家へ。ライファさんも。」
「本日はお招きいただきありがとうございます。こちらは大したものではないですが、どうぞお受け取り下さい。」
レイ様は流れるような動作で挨拶をした。
「まぁ!急なお誘いでしたのにお土産までいただいてしまって。来て下さっただけでも十分ですのに。」
私は精一杯の笑顔をレイ様に向けた。
「ライファさん、今日のお客様は貴族ばかりで平民のライファさんにとっては慣れない場所でしょうけど、遠慮なさらずに楽しんでいってくださいね。」
私は平民であることを強調したつもりだが、本人はなんとも思わないようで平然と「お気遣いありがとうございます。」と言った。
「レベッカ嬢、兄がお誘いいただいたのに行くことが出来ず申し訳ないと申しておりました。」
フローレンスが言う。
「とんでもございません。私が急にお誘いしたのですもの。お気になさらずに。さぁ、皆様、どうぞ。あちらにお食事も用意してございますの。」
私はいそいそとレイ様をご案内した。
本来ならヴァンス様にライファのことは任せておくつもりだった。
けれど、昨晩、ヴァンス様から断りのチョンピーが届いた時に、ライファをもてなす様にとアーガルド家とつながりのある下級貴族に命じておいたのだ。
私が目配せすると下級貴族二人が動いた。
「レイ様、こちらにいらして。レイ様のためにカレッチャも用意いたしましたのよ。」
レイ様のために、を強調する。
視線をライファのもとへ移すと、ライファの周りには数人の貴族男性がおり、フローレンス様が何やらあしらっているようだ。平民に貴族からの申し出の拒否権などない。
このままどこかの貴族に見初められて愛人にでもなればいいのに。
そうすればレイ様のもとから離れるだろう。
レイ様を連れてどんどん二人から遠ざかる。レイ様が心配そうにライファに視線を送る。
それが嫌で、レイ様の腕を強く引っ張った。
「レベッカ。ありがとう。カレッチャとても美味しかったよ。でも、そろそろ戻らないと。」
「どうして?そんなにライファさんが心配?」
「彼女、こういうところに慣れていないから側にいてあげたいんだ。」
そんな言葉など聞きたくはない。
「待って、行かないで。大事なお話があるの。」
どうしてもあの女の元に行って欲しくなくて、気が付けば口走っていた。
レイ様の腕を掴んだままバルコニーへと行った。
バルコニーには誰もいない。室内の楽しそうな音がとても遠くへ聞こえた。
「話って何?」
レイ様の声が冷たく響いた気がして、ビクッとなる。
「レイ様にはお慕いしている人はいるのですか?」
知りたい、知りたくない、二つの気持ちが交錯する。
「うん。」
レイ様がうつむきながら言った。
「それは、ライファさん?」
聞きたくないのに聞いてしまう。
「うん、そう。」
ザァーっと冷水を浴びたかのように心が冷えてゆく。
「でも、でも彼女は平民じゃない!レイ様とは釣り合わないわ!」
「・・・それでも、どうしようもないんだ。」
レイ様が何かを堪える様な表情をして微笑んだ。
なぜ?なぜ?なぜ?
混乱で魔力が暴走してしまいそうだ。髪の毛の先がゆらりと動くのが分かる。
「レベッカ?」
レイ様の声が心に響いた。グッと体に熱がこもって、今度は熱くなる。
そうだ、レイ様は私の運命の人。今はあの女に惑わされているだけだわ。
そうよ、あの女さえいなければ。
あの女さえいなければ。
「レベッカ?大丈夫?」
ほら、こんなにもレイ様はやさしい。あの女に騙されているのよ。
私がレイ様を助けなくちゃ。
しばらくの辛抱だわ。
私はクッと顔をあげてレイ様を見た。
「レイ様、レイ様のお気持ちが今はここになくとも、レベッカはレイ様をお慕いしております。」
「レベッカ、すまないけれど君の気持には答えられない。」
レイ様が何か言っている。でも、よく意味がわからない。
謝る必要などないのだ。レイ様は私の元へくるのだから。
あぁ、そうか。もう少し待っていてねってことか。
歩き去るレイ様の背中に私は微笑んだ。
「レベッカは待っております。」
次の話は【初めてのくじ引きと初めての市場】です。




