優しい手・・・3
誕生日パーティーはだいたい帝が憂いていた通りのものになった。
ただ今回は帝が驚くほど婚約者のアピールがなく、ただただ将来の夢について聞かれただけだった。おそらく来賓の客たちも質問するネタがなくなってきたのだろう。しかし今回は帝が素直に来たせいか、父親がやけに上機嫌だったのが気に食わなかった。
「てっきり去年のように逃げると思ってたよ。そのために柳井には朝から見張れと言っていたんだがな。」
赤ワインと同じように顔を火照らせて、隣にいる帝にちくりと嫌味を刺す。
帝はポケットに両手を突っ込み、父親とはなから会話する気などなかった。
「まぁ柳井にもたまには楽をさせないとな。」
そう言って父親はワインを飲みほした。今だけなら目も耳も機能しなくなればいいのにと願いながら、帝は傍にあった彩り鮮やかなテリーヌを、2個一気にシルバーフォークでぶっ刺した。
「帝様、お水でもご用意いたしましょうか?」
酔って調子に乗ったどこかのおじさんにつき合わされ、年齢的に摂取を許されていないものを飲まされた。
「一口飲んだふりしただけだ。それより早く帰りたい。」
車の後部座席に寄りかかる。もうこのまま寝転がりたかった。
「今日だけでもご実家に泊まられたらよかったのに。」
柳井がこんな風に口調を崩すのは、帝を心配している時だ。
「・・・冗談じゃねぇよ。」
出発した車に安堵しながら、携帯で時刻を確認した。23時を過ぎている。寮に帰るころには日付が変わっていることだろう。帰るときにあの寮に明かりがともっていないのは、なんだか世界に取り残された気になって好きではなかった。
住宅街を超え、丘を登り、あたりが山と森しか見えなくなってきたころにようやく学園の門が見えてくる。深夜でも門扉の明かりはこじゃれたカフェのように輝いていた。
「帝様。お疲れさまでした。」
恭しく柳井が車のドアを開けてくれる。降りたところで、静かに柳井の仕事を断った。
「ですがもう少しで・・・!」
「もうそんな歳でもない。道が空いているうちに早く帰れ。ご苦労。」
柳井はしぶしぶ引き下がった。
寮の明かりは案の定ついていない。重厚な玄関の扉はいつも以上に黒く、帝が入るのを拒んでいるようだった。その拒絶に気づかないふりをして鍵を開けようとしたとき、
「・・・あ」
日中、めいの教室まで鍵を渡しに行ったことを忘れていた。ばっと振り返るが、念のため合鍵を持っている柳井はたった今帰らせてしまった。
「・・・え、俺一晩中ここ・・・?」
驚きに後に遅れて笑いがやってきた。間抜けなことこの上ない。
置かれた状況とは裏腹に、帝は冷静にどうやって一夜を明かすか考えていた。蒼寮に行けば入れてくれなくもなさそうだが・・・。思案を巡らせていると、遠慮がちに重厚なドアの鍵が回った。ごとりと錠が外れたが、帝は動けずにいる。視線すらも動かせずにいると、真っ暗なドアが、ゆっくりと開いた。
「!!」
寮まで送ってくれた騎士と海は、家の用事があるからと寮には入らずにそのまま出かけてしまった。大翔は週末サッカーの試合で遠征らしく、日曜にならないと帰ってこないらしい。めいは黒寮で初めての一人の夜を過ごしていた。
「みんな、家の用事って何なんだろう・・・」
親に婚約者を決められるくらいの家柄だから、きっと重要な用事があるんだろう。一般家庭からこの虹色学園に入ったようなめいには考えもつかないようなことが。
「でも明日帝先輩の誕生日か・・・プレゼントどうしよう・・・」
帝は日曜の夜まで帰ってこない。
明日騎士先輩や海先輩が帰ってきたら相談してみようか。
そんなことを3回は数えながら、めいは夕ご飯を作り食べ、みんなが集まるリビングを掃除してみたりテレビを見て時間をつぶした。ふと時計を見ると、指していたのは23時過ぎ。
「眠くないけど・・・」
誰も帰ってこないことを知りながら、誰かが帰ってくるのを待つのは小学生の時の記憶。あの頃と同じように、めいは毛布にくるまりながらソファの上で膝を抱えて必死に眠ろうとした。
ふと、眩しい光がめいを揺さぶった。寝ぼけ眼であたりを見ても、そこは暗いリビングのまま。少し遠くでエンジン音が響いている。どうやら窓から差し込んだ車のヘッドライトのようだ。
誰か、帰ってきた・・・?
恐る恐る毛布を置いて、玄関に近寄る。しかし鍵が回る気配はない。そのうち、車のエンジン音は遠ざかって行ってしまった。
誰も、帰ってこないか・・・
外の空気でも吸ってこようか、と太く分厚い鍵を回し、ドアを開ける。すると___
「めい・・・!」
突然頭上から響いた声に、肩からびくっと反応する。
「え、帝先輩・・・!」
次の瞬間、帝に、力いっぱい抱きすくめられた。