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トリプリ!  作者: 瑠璃
2/7

幕開け

「え、えっと、黒寮の方ですか・・・?」

なんだか言ってる方も恥ずかしくなるような質問だが、帝と名乗った高身長の男は柔らかく微笑んで見せた。

「そうだよ。これからよろしくね。」

ということは・・・この人たちが同じ寮生?!

この時のめいにはまだ、彼らと過ごす学園生活を想像できるはずもなかった。


建物の中は、外見から裏切らない景色が広がっていた。落ち着いた色の床は木目調を残し、かつ輝かしくワックスが塗られている。モノトーンのソファがL字に鎮座し、その奥にはカウンターキッチンも見えた。リビングとキッチンを囲うように壁とドアが並ぶが、その上部は麻のような白の漆喰が柔らかく見下ろしていた。左手奥にはめいにとってテレビの中でしか見たことのないらせん階段がそびえたっている。2階の廊下も見上げれば、濃い木目が迎えるでもなく拒むでもなくそこでただ息をしていた。

「じゃあまず自己紹介からな。さっき俺はしちゃったけど。」

悪びれずに帝はぺろっともらす。

「ぬけがけもな。」

小声でツッコミを披露したのは、帝にキスをされたときそのどだまに裏拳をかましてくれた人だ。

「何したんだよお前・・・」

「挨拶だよ、挨拶♪」

キ、キスがあいさつ?!

めいの思考はそこでまた止まる。

こわばった表情を見かねてか、少し日に焦げた髪の彼が体を前に出してきた。

「じゃあ俺いい?2年3組の北大路大翔きたおおじ ひろと。・・・サッカー部で・・。よろしくね。」

最後は少し照れくさそうに笑って見せたのが、めいには親近感を沸かせた。

「は、はい!よろしくお願いします!」

少し声のうわずっためいに、まるで舞台役者のようにくすっと笑って見せた人が続ける。

「可愛いねめいちゃん。俺は西ノ宮騎士にしのみや ないとよろしく。」

もはや聞き取れている自信がなかったが、あまりの顔面偏差値に言う言葉が見つからなかった。

「よろしくお願いします・・!」

手持無沙汰にスカートのひだを寄せたり離したりしていると、帝が隣にいる短髪の人の顔を覗き込んだ。

「海はしないの?自己紹介。」

その視線を見ることもなく、海は眉間をくっつけたままめいを見てつぶやいた。

「・・・南月なづき かい。」

「・・・あ、よ、よろしくお願いします。」

さっきといい・・・海先輩は私のこと、あんまり快く思ってないのかな・・・そりゃそうだよね、男の人の中に、私がいたんじゃ・・・。

あれ?・・私以外に、女の人っているのかな・・・

不安が押し寄せためいを見てか、帝が海に肘鉄を入れる。

「こら海!めいちゃん沈んじゃってんじゃん!」

「いて・・・」

「めいちゃん気にしないで。こいつこういうやつだから。」

努めて明るくふるまう帝に、めいは申し訳なさを感じていた。

海先輩は口数少ないんだな・・・怒ってるわけじゃ、ないのかな・・?

「あ!」

しまった、聞き入ってた!

考えるより先に立ち上がっていた。

「私、柊 めいっていいます!これからお世話になります、よろしくお願いします!」

その様子を見た帝はなぜか楽しそうだ。

「うん、よろしくね。」

のど乾かない?と大翔がお茶を出してくれた、全員分のお茶がそろうと、帝がおもむろに両手を組んで話し始める。

「ところでめいちゃん、この寮のこと、どれくらい知ってる?」

寮のこと・・・?どういうことだろう・・・?

「えと・・・名前は、黒寮・・・」

全員の顔を見る余裕などなく、まためいはスカートのひだを数え始めた。

「うん。」

「・・です・・・。」

「・・・え?それだけ?!」

組んでいた手を離した帝に、反射的に言葉が溢れる。

「は、はい・・すみません・・・。」

すると海がやっぱり・・・とソファに首を預けてもらした。

「そうじゃないかと思ったよ。」

お茶に手を伸ばしながら、大翔も続けた。その隣に座っていた騎士がふっと短いため息を漏らした。

「そこから説明しなきゃだね。めいちゃんには知る権利がある。」


窓からとどく優しい光が、テーブルのうえに桜の影をひらひら落とす。どこに置かれているか分からない、壁掛け時計の音がやけに響いて聞こえる。

めいを思いやったような穏やかな声で説明し始めたのは、騎士だった。

「この虹色学園に、いわゆる王子様がいるのは知ってる?」

デジャブな話に首をかしげる。

「・・・はい。お金持ちの方々が追いかけまわされないために特別に家から通える制度のことですよね?」

「なんかその言い方身もふたもないな。」

帝が苦笑いを浮かべる。

「すみません・・・」

「いや実際そんなもんだしね。でもそれはあくまで噂。虹色学園は全寮制の学校だし、こんな人里離れた場所にある。家から通うなんて現実的じゃないよね。」

思わずぱっと顔を上げる。左斜め前にいる騎士と目が合う。

「え?」

その目を待っていたかのように、騎士の瞳はめいをぱきっと捉えて離さない。

「学校側が考慮するに足る理由で、個人の平和な学園生活が保障されない場合に限り、つまり王子・王女様たちは、通常の桃寮・蒼寮から秘密の“黒寮”へと移動することができるんだ。」

「え・・・?黒寮・・・?」

めいの思考回路がプラスチック版で遮られそうになるが、耳からの情報は止まらない。

「でもせっかく寮を移動したのに場所がばれちゃったら、移動した意味がないでしょ?だから一般の生徒には黒寮の場所は秘密、学校以外の人には黒寮の存在自体を秘密にしてるんだよ。」

「なるほど・・・」

癖のように口から出た言葉だったが、騎士の説明は先程の美少女の反応をやっとめいに納得させた。

「ん・・・?」

「めいちゃん鈍いねー」

こらえきれないように口元がゆるゆるなのは帝だ。その様子を海は横目で一瞥した。

「混乱してるんだろ」

ちょっと待って・・・ということは・・・

「そうだね、自分たちで言うのもなんだけど・・・」

鼻の横をほんのり赤らめながら、騎士は喉につまったものを飲み込みながら続きをつぶやいた。

「俺たちがいわゆる“王子様”たちなんだ。」

その時、遮られていた思考回路がばちっと通電した。

こ、この人たちが王子様?!どうりでかっこいいわけだよ!

いや、そうじゃなくて・・!私・・・学校中の憧れと・・・同じ寮に・・・?!

「・・・でも、どうして私なんかが黒寮に・・・?」

その質問には帝が口を開ける。

「めいちゃん、桃寮の応募しなかったでしょ?」

「あ、えっと・・・」

 (叔母さんが応募忘れたからだけど、私も自分でやらなかったのがいけないし・・)

「はい・・・」

「あと俺たち今、婚約者を探してるんだよね。」

きゅっと結んでいた自分の両手を見る。コンマ3秒ほど考えてから、帝の方を見た。

「は・・・い?なんか急に話が飛んだ気がするんですけど・・・」

「繋がってるって。まぁ最後まで聞いて。」

「帝は説明が下手くそだからなー。」

立ち上がった帝を見ながら、大翔はソファに深く座り込んだ。

「下手くそじゃない」

「おい、今は説明をちゃんとしろよ」

まずこの人が王子様っていうところから理解したいんだけど・・・。

「親からそろそろ婚約者を決めろって言われてんの、俺たち。高校卒業までに決めないと、親に勝手に決められちゃうんだよね。」

「な・・・!そんな、ひどいです・・・」

いまどきそんな事あるんだ・・。お金持ちの人たちは本当住む世界が違うんだな・・・。これから一緒に住むのに、・・・やっていけるかな・・。

めいは沈みそうになった気持ちを抑えようと、テーブルの上にあったグラスの水に口をつけた。

「そこでね、めいちゃんに俺たちの婚約者になって欲しいんだ。」

「?!?!」

絶妙なタイミングで水が気管に入り込もうとする。めいはお腹の底からむせた。

「めいちゃん大丈夫?!」

「お前言うタイミング考えろよ」

「あちゃー悪い、そんなに驚くとは思わなくて・・・」

騎士先輩が優しく背中を撫でてくれる。その手の暖かさに、少しだけ気持ちが落ちついた。

「大丈夫?驚かせてごめんね、ゆっくり水飲んで。」

「ぁ、ありがとうございます・・・。」

冷たい水がのどを通り抜けて、早く脈打つ心臓の裏側をそっと撫でた気がした。深呼吸をして、ちらっと帝先輩を見上げる。

「あの・・・ど、どういうことですか・・?」

肩眉を傾けた帝が、屈託のない顔でしれっと述べる。

「んーっと、そのまんまなんだけど・・・。めいちゃんには俺たちが高校にいる間、俺たちの婚約者になって欲しいんだ。」

空気を読んで騎士が補足する。

「正確に言うと婚約者候補ってとこかな?俺たち全員がめいちゃんに惚れてることにする。」

また口が意志に反して重力に負ける。

「・・・は・・・」

ちょっと待って呼吸が出来ない。

「めいちゃん以外考えられない!ってくらいに。高校卒業までに、めいちゃんに誰か一人を選んでもらうってことにして、そしたらその間は俺たちに縁談が持ち込まれても断るのは簡単だし、高校卒業までに婚約者を決める必要もないでしょ?」

なにそれ・・・先輩たちが縁談を断るために、私に婚約者候補のふりをしろってこと?!

「・・・」

少ない脳みそでも、学校の生徒だけではなく、彼らの家やその関係者までもを騙すことになるのだろうと容易に想像できた。

「・・・もちろん断っていい。」

「え?」

「海!」

「当たり前だ。こんなの俺らの都合でしかない。」

開いた膝の上に両腕を乗せて、手を組む。海の目はさっきからめいを見ようとはしない。そんな海の様子をちらりと見たのは、大翔だけではなかった。

「・・・・そうだよ、当て馬になるかもしれないし・・・」

「でもめいちゃん、ここ以外に行くところないよ?」

帝はめいを黒寮に置きたいらしい。

確かに、ここを追い出されたら私・・・虹色学園に通えなくなる・・!

先輩たちの婚約者候補として学園生活を送るか、断って退学になるか・・・。

ぐっと目を閉じると、海はため息と共に話し出した。

「俺たちが口添えすれば桃寮への移動くらい出来るだろ。」

「!」

え、できるの?!

「ほ、本当ですか・・・?」

「そりゃ出来なくはないけどさー。本来なら取り消しだったんだよ?」

「でも俺たち全員が惚れてるって言ったら、学校中の見世物になる。」

「まぁねぇ。俺たちのアピールをなくすためにめいちゃんを婚約者候補にするわけだから、矛先はめいちゃんに行くよね、きっと。」

「それは何度も話し合っただろ?!」

「・・・やっぱり良くないよ、これ。今からでもめいちゃん桃寮に移そうぜ。」

「え・・・でも・・い、いいんですか・・?」

(本当なら、寮の手続忘れた私がいけないのに・・・。それに、一般人の私には分からないけど、先輩たちと家柄とか財産のために結婚したいって言ってくる人を断りながら、婚約者を在籍中に探すなんて・・・大変なんじゃ・・・。)

そう考えを巡らせながら、先輩たちを一人ひとり見ていると、それまで一人反対していた帝がどかっとソファに座り込んだ。

「・・・ま、仕方ないか。いくらなんでも身勝手すぎるもんな、この取引。」

そう言って自嘲気味に笑って見せる。

「社交界と一緒であたりさわりなく断ってれば、あと2年くらいすぐに過ぎるよ。」

ふわりと笑って見せたが、騎士の目はもうめいを捉えてはいなかった。

「せっかくこんな風に喋れためいちゃんと、もう学校では喋れなくなるのは寂しいけどなー。」

茶化すように笑った大翔を、海が表情を変えて怒った。

「おい、やめろそんな言い方。気にするなよ、お前は全部忘れて、楽しい学園生活を満喫しろ。・・・・憧れて、入ったんだろう?」

そうだ、私、この学園に憧れて・・・

「・・はい・・・。私・・・ずっとこの学園に憧れてました・・・。だって、この学園に通う人たちはみんな、幸せそうで、楽しそうで、青春してて・・・

 知らなかったんです、王子様たちが、こんな風に隠れるようにして生活をして、お家のこととか、結婚のこととか考えながら学園生活を送っていたなんて・・・」

なにか余計な事まで口走りそうになるが、言葉が止まらない。

「めいちゃん・・・」

「・・・こんな学校中の誰も知らないような秘密を知ってしまって、今更すべて忘れろなんて、無理です!!!私、この虹色学園に通う人にはみんな幸せであってほしいです!それは先輩たちも同じで、先輩たちにも学園生活を楽しんでほしいです!もし、・・・そのお役に私が立てるのであれば・・!」

苦しくなって息を吸う。その瞬間、4人全員と目が合った気がした。

「私を、黒寮においてください!!!」

スカートのすそをきゅっとつかんだ。その手を見つめるしかない。勝手なことを言っている。分かってる。この学園にいる以上は楽しんでほしいなんて、自分のわがままだ。今日来た人間が言うなんて生意気で思い上がりも甚だしい。でも、どうしても・・・忘れられるはずなんてなかった。

「・・・いいの?めいちゃん」

帝がすっと手を伸ばす。

「本当にいいの?」

覗き込む騎士に、めいは迷わず答えた。

「・・・はい。」

応えたか答えてないかの合間・・・

「ありがとう!めい!!!」

帝がめいの隣に座り思いっきり抱きしめた。

「きゃぁぁああ!!」

反射的に声が飛び出す。

「ありがとうめい!」

騎士が反対側に勢いよく座り、その上にかぶさるように抱きしめてくる。

「ぴぎゃぁあ?!!!」

体が勝手に縮こまる。

「よろしくね、めい!」

正面に回った大翔までがめいの手を握り、微笑んでくる。すべての筋肉が硬直する。

「た、助けてくださ・・・!」

頼みの綱・・!と視線を送った先にいた海は、呆れた顔で帝と騎士と大翔をめいから引き離した。

「海、なにすんだ・・よ・・」

そしてそのままめいの隣に腰を下ろす。

「あの、海せんぱ――」

海はめいの顎を優しくとり、前に向けると頬にキスをした。

「?!」

「あ・・・・」

そして時が止まるような美しい微笑みを浮かべた。

「よろしく、めい。」


こうして私の波乱に満ちた学園生活が、私の精神的疲労と共にやっと幕を開けたのだった。


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