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第一章 訪ねてきた男爵

「あなたのことを探していました」


  赤い髪をした貴族はメリッサにそう言う。

 従業員のララは店の奥にある客室にその貴族をとうしていた。

 帰ってきたメリッサにお客様が来ていることを告げ直ぐに店に入り客の相手をする。


「こんにちは。私がメリッサです」


 メリッサは若い貴族にカーテシーをする。

 貴族だった時の礼儀作法が咄嗟に出てしまう。

 平民として長く暮らしたのにと苦笑する。

 貴族としてのプライドなどとうの昔に捨て去ったのに。

 体は覚えているのね。 


「私の名はアレクシス・ダナウェン男爵。私が男爵の爵位を買い取る条件の一つに、貴女を庭の隅にあるコテージに住まわせると言うのがあって。手違いで私が館に来た時には貴方は館を出ていった後でした。それから……手を尽くして地方の街を探していたのですが。灯台下暗しとはこの事だった。まさか……王都で店を開かれているとは……最悪国を出たのかと思いました」


 男爵は地方の娼館まで探したんですよとは言わなかった。

 アレクシスは苦笑する。


「それはそれは。お手数をお掛けして申し訳ありません」


 メリッサは静かに微笑んだ。

 父は亡くなる前にメリッサの事を考えてくれていたのだ。

 胸のあたりが温かくなる。

 母の後を追って自殺した父。

 私の事は何も考えていなかったと、愛されていなかったと、ずっと思っていた。

 でも……少しは私のことを考えてくれていたのだ。


 アレクシス男爵の言う通り。あれだけゴシップ記事で叩かれたのなら王都を出たと皆思うのだろう。

 だが……両親の墓から離れる気にはなれなかった。

 この間もシオンを連れて墓参りをした。月に一度は墓参りをしている。

 花屋のおばさんとシオンはすっかり顔なじみになった。


 メリッサは従業員のララに店を閉めてもう帰ってもいいわよと告げると。

 アレクシス男爵を店の二階にある応接室に迎え入れた。

 冬将軍が過ぎたと言え。夕方になると寒くなる。


「メリッサ。僕ロバ車を返してくるね」


 シオンは荷物を店に運ぶとロバ車を返しに行った。

 貸し馬車屋は10分ほどの所にある。

 ロバの手綱を引いてシオンは行ってしまった。 

 気を利かせたのだろう。

 それとアレクシス男爵がメリッサに害を及ぼす相手では無いと判断したのだ。

 シオンは人を見る目がある。


「喪服を脱がれたのですね」


 メリッサを探させていた冒険者にメリッサの事をざっと調べさている。

 10年間メリッサは喪服を着て過ごし。喪服を脱いだのはごく最近だ。

 1・2着を残してメリッサの喪服は孤児院の子供たちのズボンやスカートになった。

 女の子のスカートには白いレースが付けられ可愛く仕立てた。

 女の子は喜んでいた。勿論男の子も動きやすいように仕立て上げた。

 シオンには黒い騎士服を作った。精霊祭の劇の衣装だ。

【聖母と小さき勇者の物語】で春祭りの催し物には必ず出て来る。

 聖母に育てられた勇者が世界を救うため精霊王に会いに行く物語だ。

 シオンは勇者役に選ばれ。見事に演じ切った。

 騎士服はシオンにとても似合っていた。


 普通親や夫の喪に服する期間は1年間だし、兄弟の場合は精々半年か、喪に服さない場合もある。

 だから町のみんなはメリッサの事を未亡人だと誤解していた。

 夫の死を嘆き悲しんでいると。ある意味当たっている。

 婚約者を失い両親を失い家や身分を失った。

 この国では喪服を着ている者に求婚をしてはならないと言う風習がある。


「10年間も喪に服すのは長すぎましたね。いい加減私は自分を許そうと思ったのです。両親の期待に答えられなかった自分を。だからもう喪に服すの止めて。不幸ぶるのも止めたんです。私は不幸ではない。と気付いたんです。あの子が私に幸せを運んできてくれました」


 メリッサは微笑んだ。

 アレクシス男爵はその笑顔に見とれる。


「一緒にいた男の子は妹さんの子供なんですね」


「ええ。もうすぐ10歳になります。とてもいい子です」


 メリッサは母親の顔で笑う。

 パチパチと暖炉の火が燃えて。とても居心地が良い。

 壁に掛けられたタペストリーの温かい色合いや。クッションが調和していて上品でそれでいて堅苦しさを感じさせない。店に置かれているおくるみや赤ちゃんの服はとても優しい色合いで彼女のセンスの良さを感じさせた。

 貴族や金持ちの赤ちやんの贈り物に喜ばれる訳だ。

 メリッサは男爵に紅茶と手作りのクッキーを勧める。


「わたしが王都を出ていったと。ゴシップ記事で散々叩かれましたから。皆さんそう思われたみたいですね。父の葬儀が終わった後。暫くは精霊教会に身を寄せておりました。幸い商才があって今では小さな店を営んでおります。シオンと二人で生きていくには十分な稼ぎはございます」


「今更な話ですね」


 男爵はため息をつく。10年前にメリッサに出会っていたら。

 離婚した妻ではなく彼女と結婚していただろうか?

 子供も2・3人産まれていて……彼女に似た可愛い子供達。

 前の妻には抱かなかった妄想に男爵は慌てる。


「ああ……それならお願いがございます」


 精霊の様な女はパンと手を打つとある条件を出した。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「やっと彼女を捕まえたよ」


 何処か嬉しそうに笑うダナウェン男爵。


「それはようございましたね」


 主の服を執事は脱がしながら答える。


「どの様なお方ですか?」


「白い髪で赤い瞳の精霊の様な女性だ。中々お目にかかれない品のある美人だ。滅んだ王族の血を引いて居ると言う噂は本当かも知れない」


「ゴシップ記事では白蛇姫と揶揄されておりましたな。妹と仲が悪かっただとか。性格が悪いとか」


「くだらない新聞だ。まあ焚きつけにするぐらいは役に立つな」


「窓を拭くのにも役に立ちますし、フライパンを拭くのにも(笑)」


 執事も意地悪く笑う。新聞なんてものは誰かの都合のいい話を断片的に散りばめている物だ。

 鵜吞みにするのは馬鹿ばかり。読者が喜びそうなネタが提供されているが、真実とは限らない。

 大概スポンサーの提灯記事だ。


「しかし……婚約者の男は妹と駆け落ちしたのでしょう。そんな美女を捨てるなんて、婚約者だった男は飛んだ節穴だったのか? 妹が絶世の美女だったのか?」


「確かに妹は美人だったらしい」


「ほう」


「僕の好みは姉の方だね。綺麗なだけの女なんて掃いて捨てるほどいるし。厚化粧とキツイ香水の匂いは嫌いなんだよね。母がそうだった。実の母を悪く言うのもなんだが。品も無いし。頭も悪かった。努力も嫌いで。でも美容にかける金と努力は凄かった。男にはすがるだけの女だった。綺麗なだけの女なんて年を取ったら、そりゃあ惨めなものさ。もっとも男もそうさ。どこかの国の諺に男は40を過ぎれば自分の顔に責任を持たなければならない。と言うけれど。女だってそうさ。若いうちは若さで誤魔化せるけれど。年を取ったらそれまでの生き方がまんま顔に出るからね」


 彼は茶目っ気のある顔で執事にウインクをした。

 執事はこの主は年を取ってもお茶目で人を引き付けるんだろうなと思う。


「で……前男爵との約束はどうするんですか?」


「ああ……コテージに住まわせると言うやつは、彼女が別の提案をしたんだ」



「別の提案ですか?」


「孤児院の子を住まわせて家でメイド見習いをさせて欲しいそうだ」


「孤児院の子供達を雇って欲しいのですか?」


「給料はいらなくて。メイド服も彼女が用意するそうだ。そして使い物になる子は推薦状を書いて欲しいとのことだ」


「素晴らしい。慈善家ですね」


「いやいや。彼女はしたたかな商売人だよ」


「えっ?」


「彼女が作るメイド服は中々可愛くて。色んな種類があってね。幾つか見せてもらったが、なるほど家で働かせて動く広告塔という奴だね」


「それでお受けしたんですか?」


「物は試しに三人ばかり引き受けたよ。彼女の父親の約束を果たせなかったお詫びと。彼女との縁を繋ぐためにね」


 彼はクスクス笑っている。

 こんな楽しそうな主の顔は久しぶりだ。

 特に女性の事で。

 彼の母親の事や別れた妻の事で彼は女性不信に陥っていた。

 特に前妻は財産目当てに男爵に毒を盛った。

 前妻は子供の時からの婚約者で伯爵家の三女だったが。

 貴族が通う学園に通い。高位貴族の子弟に媚を売っていた。

 金持ちでも爵位のない男は嫌だったのだろう。

 おまけに誰の子か分からない子を孕んで、それをアレクシスの子だと言って。

 そう言えば……鉄色の髪のクラスメイトに酒をしこたま飲まされて次の日に裸の婚約者がベットにいた。

 いきなり彼女の三人の兄が部屋に入って来て。

 彼女の三人の兄はアレクシスを凹殴りにして、無理やり結婚させた。

 彼女は子供が生まれる前にアレクシスに毒を盛り殺そうとし。

 アレクシスは三日三晩苦しんだが、回復術師が優秀だったので何とか助かった。

 産まれた子供は鉄色の髪で灰色の瞳をした女の子。

 彼女の血筋にもアレクシスの血筋にも鉄色の髪の者はいない。

 アレクシスは彼女を子供と共に辺境の修道院に叩き込んだ。

 勿論彼女の三人の兄にも慰謝料を強請……ゲフンゲフンいや請求し。

 妻との離婚が成立した。その金で男爵位を当てつけのように買った。

 わき目も振らず商売に励み富豪と呼ばれるようになったが……。

 男爵ではあるが金持ちなので爵位の低い女性には最良物件らしい。

 パーティーに行くと父親や母親に連れられた女共が押しかける。

 むせかえる香水や白粉の臭いで吐きそうだが、笑顔でかわしていく。

 最も本人はすっかり女性不信になってしまったが。

 そうそう鉄色の髪のクラスメイトはアレクシスが回復したとニュースが流れ次第学園から姿を消した。

 未だに行方不明だ。

 いつか出会ったら自分が飲まされた毒入りワインを飲ませよう。と密かに決意している。


 アレクシスは風呂から上がるとブランデーを執事に用意させると暖炉の前の椅子に腰かけた。


「しかし……」


「如何なさいました?」


「ああ……いや。前男爵の事なんだが……」


「妻の後を追って自殺したお方ですか?」


「本当に自殺なのか?」





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 2018/8/15 『小説家になろう』 どんC

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最後までお読みいただきありがとうございます。

不定期更新です。

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