プロローグ
「メリッサ。準備できたよ」
シオンは家の玄関の鍵をかけて階段を降りる。
そして荷馬車に繋がれているロバを撫でながら、メリッサに呼びかけた。
近所の馬車屋から借りてきた小型の荷馬車には荷物が積み込まれている。
「そう。じゃ。教会に行きましょうか。ララお店お願いね」
メリッサは店員のララに声をかける。
ララは近所に住む主婦でまだ子供がいないため昼間メリッサの店で店員をしているのだ。
因みに旦那は学校の用務員をしている。
「はい。いってらしゃい」
【ワイルド・ストロベリー】の店先で二十代半ばのララは、2人に手を振る。
メリッサはシオンに微笑んでシオンの赤いマフラーをきちんと巻き直した。
メリッサは忘れ物は無いかと荷物を点検すると頷いた。
御者台にシオンを乗せその隣に自分も座りたずなを握る。
王都にあるモリス神官の精霊教会から【ワイルド・ストロベリー】の店まで歩いて六十分ほどだ。
シオンはいつも歩いて教会まで行くのだが。
今日はメリッサが乗る馬車ならぬロバ車に乗って孤児院に行く。
小型の荷馬車はロバが引く割にしてはなかなか早く。二・三十分で精霊教会につくのだ。
荷馬車には布や糸や刺繡の道具やお菓子などが積んである。
週に一・二回これらを孤児院に運び。
孤児院の子供や寡婦や夫の暴力から逃れてきた親子に縫物の手ほどきをしている。
メリッサは彼女らにキルトや服やバックや髪飾りなどを作らせて【ワイルド・ストロベリー】に卸している。
彼女達の職業訓練にもなるしメリッサも教会にお世話になった恩返しの意味もあるのだ。
前の週に縫わせた商品を点検して荷馬車に運ぶ。
教会にとってもいい収入源だ。これだけの人数をお布施だけで養うのは厳しい。
メリッサが子供や未亡人達に縫い方の指導をしている間、シオンはボレアス神官から剣の指導を受けている。
「やっぱり俺は冒険者になるんだ」
エドは木剣を振るう。
「僕は手堅く門番かな?」
「あら。私は女騎士よ」
赤毛を頭の高い位置で三つ編みにしたユアが、そのグレーの瞳を輝かせて答える。
「僕は兵隊さん」
小太りのボブも答える。
「シオンは? やっぱりお父さんと同じ冒険者?」
赤毛にソバカスのあるユアが尋ねる。
彼女はシオンと同じ十歳だ。
「ん……僕はメリッサの騎士になる」
「あ~ハイハイ(おばコンめ)」
女の子達はとても残念なものを見る視線をシオンに向ける。
マザコンならぬ伯母さんコンプレックス。
マザコンと同じ不治の病だ。
孤児院ではシオンの他にも男の子やお転婆な女の子が剣を振っている。
冒険者になりたい子や門番になりたい子。出来れば騎士になりたい子供。
みんなそれぞれ自分の夢があり。それに向かって努力している。
午前は剣を振り、午後は座学だ。
冒険者になるにしろ騎士になるにしろ。文字を読み書き出来なくては話にならない。
忙しい教会の務めの合間にボレアス神官やモリス神官や三人の神官見習い達が子供達を指導する。
「ご飯が出来ましたよ」
メリッサが子供達を呼ぶと。
「待ってました!!」
一番にかけて来るのは食いしん坊のボブだ。
「「「ごはん♪ ごはん♪」」」
わらわらと他の子供が続く。
縫物をしていた年長組の子供達も未亡人達といっしよに食堂にやって来る。
シオンは小さい子が遅れないように殿を務め。
子供たちが手を洗い席に着くのを確かめると。
モリス神官が軽く神に祈る。
「神よ。この糧をお与え下さり。ありがとうございます」
子供達も主神に感謝する。
「それではいただきます」
「「「いただきます」」」
賑やかで温かい食事の中、子供達の笑い声が響く。
冬将軍が過ぎたとはいえまだまだ寒い日々が続く中。
ああ……幸せだなとメリッサは思う。
メリッサの所にシオンが来た時。彼は諦めた目をしていた。
父親にも愛されず。母親にも愛されず。尋ねた叔父は彼を厄介者としか見ていなかった。
それでもシオンはぐれる事無く前を向く。
シオンの周りにはボレアス神官の様に彼を温かく見守ってくれる大人がいたから。
この国では十四歳から仮成人とされ。
各々が教会の神官から祝福を受け、スキルを授かる。
貴族の子共や優秀な平民は、王都にある【カミシナル学園】に十四歳から四年間通う。
孤児でも優秀なら神官達が後見人となって学園に通えるのだ。
メリッサは学校に通ったことがない。
父親はメリッサが外に出ることを嫌った。
今なら分かる。
自分が異端だと言うことを。
父の兄もメリッサと同じ能力を持っていた。
一度見た本や人物を記憶する能力。
そして……城勤めで過労死した。
父は王族を嫌い。
私が王族の目に留まらないように隠した。
病弱だと偽って。
食事がすむと子供達は暫く休憩する。
畑当番の子は水をまいたり。鶏に餌をやったり。
教会の馬の世話をしたりしている。
シオンもお手伝いをしている。
馬に水をやったり。馬の体を拭いたり。
厩の掃除をしたり。
「本当にシオンは良い子ですね」
ボレアス神官は、メリッサに微笑む。
メリッサも頷き。藁を運んでいるシオンと子供達を眺める。
「でも……良い子すぎて心配です。無理をさせているのではないかと……」
「そんなことはありません」
ボレアス神官は否定する。
ザラストロ地区にいる頃からシオンを知っているから言える事だが。
今シオンは幸せだ。
「ザラストロ地区にいる頃からシオンとは面識がありますが。シオンは今。とても幸せです」
メリッサは微笑んだ。
「あの子には幸せになって欲しいです」
死んだ二人の分まで。
用事を済ませて孤児院を出て、店に着いたのは夕方だった。
「メリッサ? 店の前に立派な馬車が止まってる」
「まあ。どなたかしら? イメルダ婦人の注文は一週間後だし……」
立派な馬車に付けられた家紋を見てメリッサは眉を顰めた。
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2018/8/1 『小説家になろう』 どんC
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