09「予想外の大事」【フェルナンデス】
――さて。長旅でお疲れのハイドレンジアさまは、ゲストルームまで案内しましたから、あとは、あの酒豪だけですね。
廊下を歩いていたフェルナンデスは、ふと足を止め、窓の外に注目する。アールヌーヴォー調の優美な曲線と装飾が施された窓の向こうには、広々とした庭が見える。
「会場にはギルバートさまもおられることですし、すぐに戻らなくても平気でしょう。庭の植木の世話をして、波立った気持ちを抑えてからにしましょう」
誰にともなく呟くと、フェルナンデスは踵を返し、廊下の先にある階段へと向かって行った。
*
――降りてきて正解でした。これは、ひどい。
生えてきたばかりの葉の中から、虫の被害に遭っている葉だけを選びつつ、フェルナンデスは、剪定鋏でパチパチと手際良く切り落としていく。
「せっかく春を迎えて、これから若葉を茂らせていくという時期なのに。タイミングが悪いですね。すぐに、元気にしますから」
植木鉢に向かってブツブツ小声で話しかけつつ、フェルナンデスは、全ての葉を順々に確かめながら作業を進めていく。そして、隈なく病気に罹った葉を落とすと、鋏を箒に持ち替え、切り落とした葉を塵取りに入れていく。
――半分以上、切り落とすことになってしまいました。これで、これ以上、病に蝕まれることはないでしょうけど、少し心配ですね。
フェルナンデスは懐からビニール袋を取り出し、集めた葉をその中へ入れて口を縛ると、それを焼却炉に持って行き、閂を外して鉄扉を開け、炉の中に放り込んだ。
「これで良し」
鉄扉を閉めて閂を下ろすと、フェルナンデスは軽くパンパンと手を叩いて泥を払い、山毛欅の挿し木を置いた作業台に戻る。
――あとは、効きの早い肥料を足して成長を促せば、元に戻るでしょう。それにしても、何が原因で虫食いになったのか。
「あっ」
フェルナンデスが修復に戻ろうとすると、茂みからナンシーが姿を現し、仁王立ちをして行く手を塞いだ。そして、フェルナンデスが口を開く前に、ナンシーが詰め寄って問いただす。
「この多忙なときに、優雅にガーデニングを楽しんでいるようですね、フェルナンデス。私に仕事を押し付けて、さぞかし、良い気分でしょう」
「落ち着きなさい、ナンシー。これには、事情があるんです」
「言い訳なら結構です」
まるで見たものをコチコチに石化させるメデューサのような目をして、ナンシーがフェルナンデスを睨みながらピシャリと言い、腕を引いて屋敷に連れ戻そうとすると、フェルナンデスは腕を回して掴まれた手を振り払い、作業台を指差しながら事情を説明する。
「あの樹が病気にやられてたから、治してやってるだけですよ。終わったら、すぐ戻りますから」
「まぁ、大変。やっと生えてきた葉が、すっかり減っているではありませんか。なんということをしてくれたんですか、フェルナンデス!」
「待ちなさい、ナンシー。話を、最後まで聞けというのに」
そのあと二人は、しばらく口論を続けた。