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ハンドレッドの悩める日々  作者: 若松ユウ
本章「初春のこと」
8/11

08「予定外の出来事」【ナンシー】

――ご指定の年のワインはありませんでした、と言われてしまえば、そうですか、としか言えません。

「代わりに、風味や香りが似たワインをいただきましたけど、納得いただけるでしょうか」

 独り言ちつつ、ナンシーはトランクを閉め、緩衝材とともに三本のワインボトルが入っている木箱を抱えると、キッチンへ繋がる裏口へと向かう。

――まぁ、このうちどれか、お口に合うことを祈るしかないでしょうね。……おや? 

 ポケットから鍵の束を出して木戸を開ける途中で、ナンシーは庭にいる黒い人影に気付く。

――何をしているんでしょう? 呑気にガーデニングをしてる暇は無いはずなのに。

 疑問に思ったナンシーは、木戸を開け、木箱を日の当たらない場所に安置すると、再び裏口を出て、庭へと向かった。

  *

「おそらく、あの紫陽花から感染したんですよ」

「そうね。ルートは、それ以外に考えられません」

――季節外れの花を送ってきたものだと思っていたら、新大陸の病気まで持ち込んで。ホント、はた迷惑なかただわ。

「だから、悪くなった葉を切除して、これ以上、この樹が駄目にならないようにしていたというのに、この大女は。――ギャ!」

 葉が半分以上減った山毛欅の木を撫でているフェルナンデスに対し、ナンシーは、近くに置いてあったじょうろの先で、フェルナンデスの脇腹を突いた。

「むやみに毟っていると早とちりしたのは謝りますけど、悪口を言われるいわれはありません」

「事実でしょうに。――オッと、危ない」

――避けられたか。

 ナンシーは、空を切ったじょうろを棚の上に戻すと、フェルナンデスに、棚の下に置いてある液体肥料の入ったボトルを渡しながらキビキビと言う。

「応急処置とはいえ、急に葉の枚数が減ったことで、ハンドレッドさまに何らかの影響が出てるかもしてませんから、私はダンス会場に行って、様子を見てきます。ですから」

「肥料を足して快復させるように、と言うのでしょう? 言われなくても、そうするつもりでしたよ。誰かさんが邪魔しなければ」

――ひとこと多いことで。

「口は災いの元という諺を、ご存知?」

「いいから、早く様子を見に行ってください。君と口論すると、日が暮れますから」

 そう言って、フェルナンデスは、半ば奪い取るような形でボトルを受け取り、野良猫でも追い払うように片手を振った。

「それでは、お願いします」

――忙しいときに限って、どうしてアクシデントが重なるのかしら。

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