07「主人の立場」【ギルバート】
――ハイドレンジアとの初顔合わせは、滞りなく無事に済んだんだけど。
「ねぇ。私としては、こんな良い話、なかなか無いと思うんだけど」
「いや、しかし。この歳で身を固めるのは、時期尚早な気が」
ギルバートが苦い顔をすると、メアリーはウイスキーを飲み干してテーブルに置き、早口にまくしたてる。
「もう。そんな悠長なことを言ってると、いつまで経っても結婚できないわよ。お家柄だって悪くないし、気立ての良い素直な子じゃない。マーガレットとも仲良くできそうよ。こんなに好条件が揃ってるっていうのに、何が不満なのよ? 言ってごらんなさい」
「ですから、こういうことは焦って決めることでは」
「ほら、みなさい。まんざらでもないと思っているんじゃない。早いところ身を固めて、私を安心させてちょうだい。お兄さまが亡くなってからというもの、ずっとあなたを信用して任せてきましたけどね」
「叔母さん。もう、その辺にしてください」
メアリーの鋭い舌鋒にタジタジとなっていると、ギルバートは視界の端で、ナンシーがハンドレッドを運び出すのを見かける。
――何かあったんだろうか?
「ギルバート。聞いてるんですか?」
「失礼。ちょっと、マーガレットの様子を窺ってきます」
「待ちなさいよ、もぅ」
酔いが回ってきたメアリーをその場に残し、ギルバートは、どう対処して良いか分からずにオタオタとしているマーガレットに近付き、声を掛ける。
「どうしたんだい、マーガレット」
「あぁ、お兄さま。あのね。ハンドレッドがね。大変なの」
マーガレットが興奮気味に言う支離滅裂な言葉を、ギルバートは冷静に受け止めて解釈する。
「ナンシーが運んでいくところは見たよ。さっきまでは、楽しそうに踊ってたと思ったんだけど」
「そうなの。ステップを間違えてね。やり直そうとしたらね。急に元気が無くなっちゃったの」
「ダンスの途中で、いきなり具合が悪くなったんだね」
「そう。だから、私、心配で」
――原因は分からないけど、状況は飲み込めてきたぞ。
ギルバートは、不安におびえるマーガレットの肩に腕を回し、そっと抱き寄せながら優しく言う。
「大丈夫だよ。きっと、慣れないことをして疲れただけさ。だから、マーガレットは着替えて、ナンシーと一緒にハンドレッドの側にいてあげなさい。俺も、ここが一段落したら向かうから」
「そうね。それじゃあ、ハンドレッドの様子を見にいくわ。お兄さまも、あとで来てね」
「あぁ。終わったら、すぐに行くよ」
そう言って、ギルバートはマーガレットの背中を押すと、マーガレットはスカートの端を持って一礼したあと、早足で会場を立ち去った。
――何事も無ければいいけど。




