06「急な発熱」【マーガレット】
――季節は、あっという間に春。叔母さまとハイドレンジアさまがやって来られて、お屋敷の中は、いつになく賑やかになってます。
「ねぇ、どうなのよ、ギルバート。あなたが押しの強いタイプは波長が合わないっていうから、今時分には珍しい、お淑やかなお相手を見つけてきたのよ? コーヒーを飲んでないで、なんとか言いなさい」
「そうやって、すぐに結論を求めるんですからね。人生を左右する問題なんですから、急かさないでくださいよ」
琥珀色のウイスキーの入った瀟洒なロックグラスを持ったメアリーが、漆黒のブラックコーヒーが入ったカップとソーサーを持ったギルバートに詰め寄っている。マーガレットは、それを遠巻きに眺めつつ、よく通るメアリーの声を耳にしては、片手を上品に口元に添えてクスリと笑った。
――お兄さまも、大変ね。
「お待たせ、マーガレット」
「あっ、ハンドレッド。ナンシーは一緒じゃないのね」
盛装したマーガレットが振り向き、一人で来たことに疑問を投げかけると、正装したハンドレッドは、メアリーを小さく指差しながら事情を説明する。
「あの人が飲みたいワインがセラーになかったから、いつものお店のソムリエさんに訊いてくるってさ。すぐに戻るらしいよ」
「そうなの。叔母さまも、わがままな人ね」
「そうだね。――それより、マーガレット。心の準備は出来ましたでしょうか?」
ハンドレッドが恭しく尋ねると、マーガレットも澄ました態度で答える。
「えぇ、出来ましてよ、ハンドレッド」
「それでは、僕と一曲、踊っていただけますか?」
ハンドレッドが掌を上にして片手を差し出すと、マーガレットは微笑みとともに、その手に自分の手を重ねて置いた。
*
――楽しい時間は、すぐに過ぎてしまうもの。途中、躓いたり間違えたりしたけど、ハンドレッドは、それを嫌がったり咎めたりしなかったし、むしろ、うまくいかないことを愉しんでる様子だった。だから、急にあんなことになって、とってもビックリしたの。
「オッと。もう一回、右からいこうか?」
「いいえ。今度は左からよ」
「そっか。それじゃあ、気を取り直して、次のリズム、に……」
マーガレットに合わせて足のポジションを直そうとした途端、ハンドレッドは、ゼンマイが切れたロボットのように、急に動きを止め、その場に膝をついてへたり込む。
「ハンドレッド?」
マーガレットは、心配そうに小腰を屈め、ハンドレッドの額に手を当てる。
――大変! すごい熱だわ。
パッと素早く額から手を放すと、気が動転したマーガレットは、おろおろと意味もなく手足を動かす。
――どうしましょう。早く、ハンドレッドを助けてあげなくちゃ。あぁ、どうしたら良いの