04「山毛欅と紫陽花と」【フェルナンデス】
――山毛欅の挿し木は、順調に育ってるみたいだ。
フェルナンデスは、庭の木蔭にある植木鉢に、じょうろで水をやっている。
――こんなものかな。あまり水をやりすぎて、根腐れしてはいけないからな。
フェルナンデスは、わずかに雪が残った地面に融雪代わりに水を撒くと、近くの棚にじょうろを置き、続いて、別の鉢植えを持ってくる。
「さてと。手紙と一緒に送られてきたこの鉢は、どこへ置いたものだろう?」
――作りすぎたからお裾分けする感覚で、植木を送りつけないで欲しいものだ。ガーデニングを楽しむなら、一人で世話できる範囲に留めておくべきだろうに。
株分けされた紫陽花の鉢を持ち、フェルナンデスが置き場に悩んでいると、そこへマーガレットが駆け込み、燕尾服の上着の裾を持ち、それを頭にかぶせながらしゃがみ込む。急に裾を掴まれたフェルナンデスがよろけ、持っている鉢植えの土を少しばかりこぼしつつ、何とか体制を整えていると、遅れてナンシーが走り寄り、フェルナンデスを挟んでマーガレットに言う。
「お嬢さま。私がマグカップをキッチンへ持って行ったあいだに、ダンスシューズをどこに隠したか、白状なさいまし」
「し、知らないわ。きっと、ナチュラルとリバースを繰り返して逃げたのよ」
「ひとりでにステップを踏む靴があれば、見てみたいものですね。どちらへ逃げたのですか?」
「教えないわよ」
――僕を巻き込まないで欲しいな。
フェルナンデスは、とりあえず鉢植えを山毛欅の隣に置くと、マーガレットに向かって優しく言う。
「マーガレットさまは、ダンスがお嫌いなのですか?」
「いいえ、違うの。うまく出来ないから、恥ずかしいの」
「誰しも、はじめから上手に踊れるものではありませんよ?」
「そんなこと無いわ。女学院のみんなは、スイスイ覚えてたもの」
「それは、たまたまダンスの才能に恵まれているか、あるいは別の場所で、すでに習ったことがあっただけでしょう。ここだけの話ですが、ギルバートさまも、ワルツのステップを習得されるまでには、ずいぶん苦労されましたよ」
「えっ。お兄さまも?」
驚いたマーガレットが立ち上がると、ナンシーが補足する。
「はい。ギナジウムに通い始めた当時は、頭で思い描いた通りに身体がついて行かないと、大変に悩まれていました」
「そうなのね」
マーガレットが納得していると、フェルナンデスはマーガレットの背中を押し、ナンシーの前に立たせながら言う。
「俗に、習うより慣れよと申します。恥ずかしがらずに、ハンドレッドさまとともに楽しんではいかがでしょうか?」
「そうね。楽しむことが一番だわ。――シューズは、お帽子の箱の中よ」
「さようですか。では、お召し替えに参りましょう」
ナンシーはマーガレットの手を取ると、二人仲良く屋敷に戻った。
――やれやれ。まだパーティーは始まっていないというのに。