03「人間と人形と」【ナンシー】
「もうすぐ十四歳の誕生日を迎えられるというのに、一向に落ち着きませんね、マーガレットお嬢さま」
マグカップの口から湯気が立つほどの温かいスープを手渡しつつ、ナンシーがお説教を始めると、マーガレットは口を尖らせ、フーフーとスープを冷ましつつ、ナンシーに言い返す。
「雪が降ったときくらい、童心にかえったっていいじゃない。今年の冬は暖かくて、なかなか積もらなかったんだから」
そう言って、マーガレットは震える手でマグカップを口に運び、スーッとコンソメスープを飲み始める。
「ここ数ヶ月で何度目になるか分かりませんけど、再度申し上げます。いいですか、お嬢さま。ハンドレッドさまは、生身の人間ではございませんから」
「寒さも空腹も感じません、でしょう? お耳がタコになるくらい聞いたわ。そのうち、耳たぶから八本足が生えるかもしれない」
――それを言うなら「耳に胼胝ができる」です。が、話を脱線させてはいけませんので、ここはスルーすることにいたしましょう。
「墨を吐くようになる前に、ご理解くださいまし。レディーには、慎み深さが欠かせません。――冷えは治まったようですね」
マーガレットの手の震えが止まったのを見て、ナンシーはホッと安堵の息をつき、本題に入る。
「さて。それでは、さきほどギルバートさまから言付かったお話をいたします」
「前置きが長いわね、ナンシー」
「茶々を入れないでください。流れを止めるようでしたら、前置きだけで終わらせますよ?」
「お口を閉じておきます」
マーガレットが両手の人差し指を口の前にクロスさせると、ナンシーは話を続ける。
「簡潔に申し上げて、三点の連絡事項がございます。まず一点目は、お嬢さまのお誕生日には、新大陸よりメアリーさまがお越しになります」
「叔母さまが?」
――口を挟むなと申しましたのに。記憶をつかさどる脳細胞は、まだ雪で凍結したままなのでしょうか。
「はい。二点目に関連するのですが、ギルバートさまのお見合い相手とご一緒に来られるとか。その女性の名前は、ハイドレンジアさまです」
「紫陽花さまね。三点目は?」
――こういうことは、スッと覚えられるのですね。
「お誕生日パーティーの席では、ダンスを披露することです。基本的なステップは、女学院で習われましたよね?」
ナンシーが念を押すように訊ねると、マーガレットが視線を泳がせながら答える。
「えっ。あぁ、そうね。ダンスの授業は、あったわ」
――その様子では、あまり身に付いていないのでしょうね。一から手ほどきするつもりでしたから、覚悟のうちですが。
「どの程度の上達ぶりかは、このあとハンドレッドさまと踊られれば、一目瞭然ですよ?」
「うっ。ごめんなさい。ほとんど踊れません」
――そうでしょうね。キチンと覚えられていれば、成績表にシーは付きません。
「では、これからハンドレッドさまと一緒に、一から学び直しましょうね、マーガレットさま」
「は~い」
不服そうにマーガレットが返事をすると、ナンシーは肘を曲げて手首を腰に当て、小さくため息を吐いた。
――なんとも前途多難です。