02「お父さまとの約束」【ギルバート】
「見てください、お父さま」
「おぉ、満点だね。よく頑張りました。偉いぞ」
幼いギルバートの答案を見せると、ギルバートに似た精悍な男がそれを手に取り、ギルバートの頭を撫でながら褒めた。ギルバートは、照れ臭そうにはにかみながら言う。
「もうすぐ兄になるわけですから、しっかりしないといけないと思いまして」
「そうだな、ギルバート。もうすぐ、妹か弟が出来るからな。どんな子が生まれるかは、神様しか与り知らないことだが、男の子であろうと女の子であろうと、ちゃんと面倒をみて仲良くするんだぞ。良いね?」
「はい。目いっぱい可愛がってあげます」
「よしよし。今の気持ちを忘れないように」
そう言って、男は答案を机の端に置くと、別の端から書類の山を引き寄せ、ペンを手に取って先をインクに浸しながら言う。
「悪いけどな。まだ、今日中に終わらせなければならない仕事があるんだ。一人で寝てくれるか?」
「わかりました。お父さまは、お忙しいのですね」
「あぁ、すまない。またまた、メアリーが厄介なことを持ち込んでくれたせいで、ちょいとばかり難儀なことになっていてね。はた迷惑な奴だよ。――それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
男は眉をひそめて困った表情をしながら言うと、ギルバートは恭しく礼をして書斎を出た。
*
――マーガレットは、俺の妹だ。目に入れても痛くないくらい、可愛がってやるんだから。
「ギルバートさま。ギルバートさま」
「……ん?」
腕を枕にして机に突っ伏しているギルバートの背中に向かい、フェルナンデスが少し声を張って呼びかけると、ギルバートは、ムクリと身体を起こし、指で目を擦りながらフェルナンデスの姿を認めると、寝ぼけた声で言う。
「何か用か、フェルナンデス」
「お休みになるのでしたら、せめてソファーになさいまし。――ポストに、こんなものが届いていました」
そう言って、フェルナンデスは懐から封蝋シーリングが捺された洋封筒を取り出し、そっと裏向けにして机の上に置く。そこには、メアリー・マーシャルという署名サインが、流麗な筆記体で記されている。その筆跡を目で追ったギルバートは、顔を顰め、まるで苦くて渋い物でも食べさせられたように、露骨に嫌そうな顔をする。
「開けなきゃ駄目かな?」
「えぇ。数ヶ月前の一件から、気が進まないのは重々共感できるところですが、開封しなければ、さらに煩わしいことになるかと」
「はぁ。……親戚付き合いというのは、困ったものだな」
そう言って、不承不承といった様子で、ギルバートはペーパーナイフを手に取り、封筒のベロスジに沿って切り開きはじめた。