10「最愛の君と」【ハンドレッド】
――ぼんやりと声は聞こえるのに、身体に力が入らない。
「つまり、フェルナンデスが葉を切り落としたことが、この状況に繋がってるというわけだな?」
「はい。通常の鉢植えでしたら、適切な処置だと思うのですが、なにぶんにも」
「ハンドレッドの本体だからな。これから快復するかどうかは、未知の領域だな。心なしか、影が薄くなったようにも見える」
そう小声で話し合うと、ナンシーとギルバートの二人は、ベッドの上で横になって眠っているパジャマ姿のハンドレッドに注目する。
――あれ? 僕のことを話してるのかな。返事をしたいけど、うまくいかないな。
「挿し木にして持ち出すのいうことは、自然の摂理を曲げた好意と言えなくないところですから、そのひずみが祟ったとも」
「フム。これまでとは違う環境に、変化を喜んで順応しているように見えたが、そうでは無かったのかもしれないな。――ところで、マーガレットの様子は、どうだ?」
「はぁ。それが、ひどく落ち込んでいる様子で、お部屋のほうでお休みになってます」
――マーガレットが落ち込んでるだって? それは、いけない。
「そうか。部屋の鍵は、空いてるのか?」
「いいえ。誰にも会いたくないそうです」
「まずいな。一人で殻に閉じこもって拗れてしまう前に、俺から話してみよう。打開策を試してみたいこともある」
――打開策って、何だろう?
「わかりました。では、こちらの鍵を」
そう言って、ナンシーは鍵の束から一本の鍵を外すと、丁重にギルバートに手渡した。受け取ったギルバートは、静かに頷くと、何も言わずに部屋を出た。
*
ナンシーが、水を張った洗面器にタオルを浸け、それを絞ってハンドレッドの額に乗せていると、マーガレットが息を切らしながら駆け込んでくる。
「お兄さまから聞いたの。私がハンドレッドに愛を込めてキスをしたら、目を覚ますかもしれないって」
――なんだって! そんなことをされたら、僕は、もう精霊でいられなくなっちゃうよ。
「……どういうことですか?」
ナンシーが、遅れて部屋にやってきたギルバートに説明を求めると、ギルバートは、得意気に語りだす。
「ハンドレッドのことを誰よりも愛しているなら、おとぎ話の王子さまよろしく、キスで目覚めさせたらどうかと言ったんだ。今にも消えそうな命の灯火を繋ぎとめるにも、お互いの恋愛感情が本物かどうかを確かめるためにも、試してみる価値があると思ってさ」
「なるほど。――しかし、マーガレットお嬢さま。それで、よろしいのですか?」
「もちろんよ。これでハンドレッドを失わずに済むのなら、喜んでキスを捧げるわ」
――ちょっと待ってよ、マーガレット。気持ちは嬉しいけど、ホントに僕が人間になっても良いの?
ハンドレッドが心の中で動揺しているのを知らずに、マーガレットはハンドレッドの側に歩み寄ると、ギルバートとナンシーが見守る中、小指を立てて顔にかかる横髪を耳に掛けてから、顎の先に片手を添え、ゆっくりと唇を近付けた。




