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サワーグレープ

作者: 林駿


 今日もまた好きな子に振られてしまった、という妄想をしていた。クラスの違う黒髪の彼女に対して、妄想の中では既に6連敗中だ。そしてもちろん、僕は妄想を実行に移すことはない。

 僕には取り柄はない。運動は得意ではない。周りの人と比べて勉強が得意ではない。コミュ力があるわけでもない。人に誇れる趣味も持っていない。容姿や身長も、贔屓目で見て平均の域を出ない。

 最後のは、忌避されるレベルではないだけ、嬉しいことではあるかな。けれど、僕は何より自分に自身を持つことができない。今閃いたカテゴリーだが、僕は『生きててごめんなさい系男子だ』。黒髪の彼女と釣り合うなんて妄想は笑い話にもならない。

 それと、一応言い訳しておくと、僕はデッドプールのように第四の壁をぶち破り、見知らぬ読者に話しかけているわけではない。僕は独者だ、話しかける相手なんてそういない。これは、自分に言い聞かせているのだ。僕が黒髪の彼女と付き合えない理由を。

 唐突だけど、酸っぱい葡萄という話がある。イソップ童話の中にある話だけれど、この話は小さい時から僕の心に深く刺さっていた。その話の内容はこうだ。

 『たまたま通りかかったキツネが、美味しそうに実っている葡萄を見つけた。キツネは自身の幸運を喜び、その葡萄を食べようとした。しかし、葡萄は飛び跳ねても届きそうにない位置にあり、実際、キツネは葡萄の実を手にすることができなかった。そこで、キツネは葡萄を諦め帰ることにした。「この葡萄は美味しそうに実ってこそいる。しかしその実、実は酸っぱくて食べられるものではないのだろう」と言い残して。』

 このキツネは手に入らない葡萄を前に立ち去ったが、「美味しい葡萄の実を手に入れることができなかった」のではなく、「不味い葡萄を手に入れなかった」として立ち去ったのだ。

 これを聞いて、格好悪いと評するのも妥当ではある。けれど、これを愚かなキツネの物語と唾棄し、捨てるのは妥当ではない。

人は誰しも自尊心を胸に抱き、それをある種の糧として生きている。そして、自尊心を全くなくしてしまった人間の末路には、バッドエンドが待っている。

 勝てない人生で結構。けれど、糧のない人生は結構だ。だから僕は、この恋を諦める。今朝の下駄箱に入れられていた手紙を、送り主の下駄箱へ、かなぐり捨てように入れる。「ごめんなさい」と殴り書きをしたメモを添えて。

 これは何かの間違いだったのだ。容姿、性格、才能、それら全てにおいて僕を上回る彼女が、僕なんかを好きになるはずがない。僕は彼女に優しくされた記憶はあっても、何かをしてあげた記憶は持っていない。

 これは、何かの悪戯だ。僕が待ち合わせの場所へ行けば、黒髪の彼女の姿はなく、顔もよく覚えていないクラスメートに嘲笑われることだろう。或いは、黒髪の彼女の口から「罰ゲームなんだ、ごめんね」と申し訳なさそうに言われるのだろう。

 いつもだったら5時半には家でゲームの電源を入れているのに、まだ帰路の半分にも来ていなかった。

 結局、その日はゲームの電源を入れることなく早めに布団に入った。布団に入ってから寝るまでに3時間以上かかった。



 翌朝、遅刻ギリギリの時刻に学校に着いた。教室に入ると、一斉に教室中の目線が自分に集まった。それに、いつもは予鐘が鳴ってからくる担任も既に教室にいた。気まずい。遅刻ギリギリだからといって、こんなに注目されるなんてことはなかったのに。 真っ赤になった顔と、萎縮した身体を奮い立たせて自分の席に辿り着いた。その後もクラスメートが何か話していたが、久々に自分に注目が集まったことで頭がいっぱいだった。

 HRが終わった後、担任から管理棟の教室に来るようにと言われた。そこは授業では使われない教室だった。何かをやらかした覚えはないけれど、こういった経験は少ないので、どうしたものかとヒヤヒヤした。

 教室に入り、促されるままに椅子へ座った。担任の口から、隣のクラスの女子が首を吊ったと聞かされた。

 ?、わけがわからない。担任曰く、「昨夜、(黒髪の彼女の名前)が女子トイレで首を吊っているのを警備員が発見した。発見した時には手遅れで、病院に運ばれたが死亡を確認。ポッケに『ごめんね』と書かれたメモと、(僕の名前)宛の手紙が見つかった。中身を検めて欲しい」

 呆然としたまま手紙を受け取ったが、果たしてその中身は昨日読んだものと全く同じ文の内容だった。涙のあとだろうか、紙はところどころ皺になっていた。  

 その後、いくつかの質問を受けた。彼女にあったのかどうか。メモの筆跡は彼女のものと一致しないが、おまえが書いたものか、などなど。僕は自身に起こった数少ない出来事を正直に答えた。

 全てのやり取りが終わった後、精神的なショックを理由に早退を申し出た。担任はあっさりと許可した。

 教室に戻り、事情を聞いてくるクラスメートに、ごめん、と答えて荷物をまとめ、家路を急いだ。

 帰宅した僕は鞄を部屋に放り投げ、トイレのドアノブに荷造り用の紐をかけた。

後々きれいにしたい

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― 新着の感想 ―
[良い点] 後悔先に立たず。 ここで後追いするような感じではないけれど、めいいっぱい悲しむのは、なんだかリアルでした。 [気になる点] 空想の対象の彼女と、告白の為の呼び出しをしてきた彼女が同一人物…
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