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鈴木昇二は25年かけて、ようやくチュートリアルを終える

 昇二は目を覚ました。


 流石にもう見慣れた天井が見える。


 25年。


 そう、あれからだいたい25年経った。正確がどうかはわからない。なにせ、この世界の一日が地球と同じ24時間かもわからないし、1年は360日しかないのだから。


 昇二はなんとなく起き上がる気力が湧かずに、横になって天井を眺めたまま、この世界に来てからの事を思い出す。


 大変だった。最初はとにかく大変だった。


 まず、今回の出現場所は、戦いが終わったばかりの戦場だった。気が付いた昇二は、周囲に数多の死体が転がっていて、オロロロと胃液を吐き出したものだった。


 吐いている昇二を、トドメさしに回っていた勝者側の兵士が見つけ、その異様な風貌(なにせ、洋風の革鎧の軍団の中に、スーツ姿で純日本人顔の昇二である)のせいで拘束され、言葉も分からないまま指揮官らしき人物のところまで引きずり出されたのだ。


 そこからは、何が何だか良く分からなかったが、どうやら殺すことはなく見逃されたようで、とりあえず帰投する軍に同行させてもらい、王都に戻ってからは教会に預けられることになった。


 そこで、小さな子供たちと一緒に言葉を学び、計算を学び……そう、計算である。これが一番大変だった。


 なぜなら、この世界。


 6進法なのだ。


 1、2、3、4、5、10なのである。ぶっちゃけ、いまだに慣れない。四則計算からして悲惨なものだ。3×3=13なのだ。日本の九九が脳にこびりついてるところに、全く違う法則の計算式を頭に入れなくてはならない苦行。


 なぜ6進法なのか、というのは、結構論理的な理由があって納得させられてしまった。

 この世界の人間も、手足は5本指なのだが、数を数える時、1、2、3、4、5まで片手の指を開いていき、次は順に閉じていくのではなくて、一気に全部閉じて、もう片方の手の指が1本開くのだ。


 位が上がったというわけだ。


 それがそのまま、数字の成り立ちになって、この世界の数学を構成しているのである。しっかり納得できる理由だった。


 なのに昇二はそんな異世界モノを読んだことがなかった。そして思う。どうなってんだ異世界転移モノ作家たちよ。金貨とか貨幣のレートが10進数じゃない作品はたくさん読んだことがあるのにね。と。


 そんなわけで、現代日本の高度な教育が逆に足を引っ張る逆チート状態だった。なんて斬新な設定だろうか。そういう視点はあの女神に会った時に教えてあげてもいいかもしれない。そう昇二は思った。そう遠くないうちにまた会えるだろう。


 実はもう、あまり長くはもたないんじゃないかと昇二は感じている。


 この世界の平均寿命は50歳前後。


 原因は恐らく食事というか、料理がまだ未発達であるからだろう。この世界の輸送能力はまだ低く、食材のバラエティも日本に比べると圧倒的に少ない。


 そして、医療も未発達。魔法もない。


 単純に地球換算で1500年ほどタイムスリップした感じだろうか。もはや異世界である意味すらなかった。


 まぁいい、と、昇二は、この世界に来た頃に比べて半分も力の入らなくなった身体を、よっこいしょ、と起き上がらせる。


 この、当初の目標をまったく達成してない異世界ライフを終えた時、あの女神に、全くストーリー性がなかったこの人生を伝えて、ざまぁみろと笑って輪廻の輪に戻る。その時が楽しみだった。


 はて、何を考えていたんだったか、と昇二は振り返る。最近はこういう事が多くなった。何かをするために立ち上がったのに、立った瞬間に何をしたかったのかを忘れたりする。


「……そうそう、ただ思い出してたんだ」


 久しぶりに、日本語で呟く。


 王都に連れてこられた昇二は、教会に付属する孤児院にて孤児とともに教育を受けさせてもらい、そしてそのまま孤児院のスタッフとなった。


 最初はそれこそただの雑用係だったが、人員が入れ替わるうちに、この国の常識も少しづつ覚え、後輩も出来たり、先達が辞めて行ったり。


 そして、数年前に前孤児院長が亡くなった後は、昇二がそれを継ぐことになって、今に至る。


 その時のことは、今でもたまに思い出す。どうしても、ネイティブではない故に訛りの抜けない自分の喋りでは、子供たちの教育に悪影響が出るのではないかと固辞しようとしたのだが、子供からも一番慕われているからと押し切られてしまった。


 得体の知れない存在であるはずの自分を認めて貰えたみたいな気がして、その夜は自室でボロボロと涙を零してしまったものだ。


「ふふ……サてと、可愛い子供たチに会いニ行きまスかね」


 言葉を、この国のものに切り替えて、昇二は歩き出す。実は、この言葉には名前が無いようだった。国の名はガフディーというのだが、ガフディー語と言う訳ではなく、周辺の国も同じ言葉を使っているようで、言語に名前を付ける必要性がなかったのかもしれない。ただ、複数の国境を越えた遠い地方には別の言語もあるらしい、という事を、孤児院で先生役も兼ねている教会の司祭に聞いたことがある。


 とにかく発音が昇二には難しく、いまだに訛りが消えない。ただ、言語としての文法や、修飾語、オノマトペの豊富さは日本語に似た部分もあり、脳内で翻訳を頑張っている頃にはそれが随分と助けになった。今はもう、思考もほとんどこちらの言葉で行っているのだが。


 発音が未だに巧くいかないのは、元の世界でも、くだらない冗談ばかり言うアメリカ人芸能人が、何年経っても訛りの抜けない日本語で喋っていたので、きっとこんなもんなのだろう。逆に、子供たちがよく昇二の訛りを真似てはケラケラと笑っているので、親しまれる要因の一つになっているのかもしれない。もしそうなのであれば、一向に巧くならない発音も、昇二にとっては大事な個性だった、という事なのだろう。



「よっこいしょ」


 痛む膝を伸ばし、背伸びをしながら天井に付いた棚から、焼き菓子を取り出す。子供たちの手の届かないところに置いておかないと、いつの間にかなくなっているのだ。そのたびに叱るのも嫌だし、こうして最初から隠しておくのが最善だと昇二は結論付けていた。子供たちの情操教育的には、わかる場所に置いてなお、手を出さずに我慢できる子に育てなくてはいけないのだろうが、そこまでの厳しさを昇二は子供たちに対して持てなかったのである。


 取り出した焼き菓子は、クッキーともホットケーキとも呼べない、わずかなフルーツの果汁と水で溶いた小麦粉を、ただ焼いただけのものだ。正直、昇二はこれを美味しいとは思えない。だが、孤児院では、そこそこ贅沢な位置づけにあるお菓子である。


 そもそもが、八百屋の店頭で売るカットフルーツを切る際にこぼれる果汁が勿体なくて、つい「汁を受ける入れ物を作るので、全部切った後の汁をもらえないだろうか」と頼んでしまったのが発端だった。

 昇二は王都でも下町ではそこそこ有名だったし(なにせ容姿はずば抜けて珍しいのだ)、孤児院で頑張っていることも広まっていたらしいので、八百屋の主人もあっさりと許可してくれたものだ。


 が、実際にこぼれる果汁など、集めてみても僅かなもので、普通にジュースとして飲むには一人分にもなりはしなかった。小麦粉を溶いて焼いたのは、昇二の苦肉の策である。孤児院で食事を作ったりなどの雑事もやったが、料理の才能があるわけでもなく、毎日少しだけもらえる果汁を、溜まるまで腐らせずに保存する方法も思いつかず。結果、こうなった。


 高価な砂糖など手に入るはずもない孤児院だからこそ、かすかに香る果物の風味が子供たちに喜ばれ、「ショージ焼き」として子供たちの毎日の楽しみの一つとなった。そろそろそのおやつの時間なのだ。


 お菓子を載せた皿をもって、部屋を出て、階段を降りる。孤児院長室は2階にあるのだが、毎日の昇り降りが、昇二には結構な苦痛だ。1階に余った部屋があればすぐにそこに移動するのだが、などと思いながら、ゆっくりと降りていると、子供たちの声が聞こえた。


「あ! ショージ院長!」

「おやつの時間だ!」

「ショージ焼き! ショージ焼き!」


 わっと歓声を上げた子供たちが3人、待ちきれずに階段を昇ってくる。


 と。


 その子たちの中で、最年少の男の子が、ふらりとバランスを崩すのが、見えた。


 2人は、もう昇ってきて横にいる。バランスを崩した子は、昇二から3段、下にいた。思わず手を伸ばす。


 届かない。


 皿を放り出し、駆け寄って、抱きしめる。


 もう、昇二の足は階段から浮いている。あとは落ちるだけ。


 ただ、腕の中の子供が怪我をしないように、願いつつ。


 昇二は、階段を転げ落ちた。









「……嘘やん」


「ん? おかえり?」


「……嘘やん」


「なにが?」


 呆然とする昇二に、きょとんと女神が尋ねる。


「いや、ここに戻ってくるのは、わかる。まあ仕方がない」


「うん」


「俺、今度は25年向こうにいたんだけど」


「おお、凄いじゃん!」


「それなりに老けてたんだけど」


「……あー。あーね。それね」


 納得がいったように女神がうんうんと頷く。


「なんで、またこの頃に戻ってるの?」


「彼女のタグが、その姿で固定されてるからじゃないかなぁ?」


「ねぇ、俺もう、ほんとに死にかけだったんだよ? もうすぐ天寿!って感じで」


「ほうほう。で、死因は?」


「……事故死?」


「あー……ね、日本のこと覚えてる? ゲームのこととか」


「? ……まぁ、ある程度は」


 唐突な女神の問いかけに、呆然としたまま昇二は返す。

 すると、彼女はものすごく「イイ顔」をしながらこう言った。


「もう一回遊べるドン!」


「……嘘やん……」


 しかも、あの子が助かったかどうかもわからないままじゃないか。と昇二は気付いた。


「あ、じゃあ、今回の話……あんまり話すことないけど、ちゃっちゃと話して、もう一回行かなきゃ。え、これ戻ったらどうなるの? 俺、若返ったことになるの? まぁいいや、ズベンハ……あの子がどうなったか早く見に行かなきゃ」


「ずべん……名前?」


「そう。ぶっちゃけあの世界、ってかあの国しか知らんけど、こっちの創作物で出てくるような洋風の名前なんて誰一人いなかったよ。言葉が違うから当然なんだけど」


「なるほど。世界観の構築のリアリズムとしては、かなり有効な手段ね」


「いや……実際そうだったからね。あ、それから、あの世界、6進法だった」


「えー! それ設定に入れるのきっついわー! お金の計算の場面とか、いちいち10進法で説明入れなきゃ読者に伝わんないじゃん」


 ……

 そうして、25年分の異世界知識を、昇二は女神に伝えていった。結構律儀な男である。

 







「じゃあ、またスポーン地点ルーレットか」


「頑張れ。私は応援しかできないけど」


「すげぇムカつく。ガフディーの王都に近いとこに出ますように……!」


「よーし、んじゃいってこーい!」








 ふと気が付くと、昇二は、取り囲まれていた。


「……え?」


 取り囲まれていた。

 タコのような姿をした生物に。


「……は?」


 地上だった。

 明らかに海ではなかった。

 砂漠でもなかった。

 どちらかというと町っぽい何かだった。


「……嘘やん?」


 だが、町の人はタコっぽい姿をしていた。昭和の火星人だった。


「なるほど……」


 周囲に遠巻きに集まってくるタコ人間を見ながら、両手を挙げて降参のジェスチャー(だったらいいなと思いながら)をしつつ、昇二は思った。





 あの装置、跳ぶ異世界すらランダムじゃねーか!!

やりたかったことの半分は今回で終わりましたw

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