鈴木昇二は三度も四度も死ぬ
「なぁ、一つ聞いていいか?」
まず、昇二はそれを聞くことにした。
ただ、もう目の前の相手に敬語を使う気にはなれなかったが。
気が付くと、彼はまた女神の前にいた。
なんとも表現しにくい「場所」だ。
無限に広がっているようにも思えるし、凄く狭い気もする。
真っ白な世界にも思えるし、どこかの、それこそファンタジーな世界の王宮の様な豪奢な場所のような気もするし、昇二が慣れ親しんだ自分の家の自分の部屋にいるような気もする。
前回は意識すらしなかったが「ここがどこなのか?」を昇二が意識しても、この「場所」はそんな感じで説明しづらい感覚でしか感じ取れないようなところだった。
(まぁいいや)
はっきりと判るのは、目の前にあの「小説家志望を司る」女神がいる、ということだ。とりあえずそれだけ分かっていれば良いと言う事なのだろう。
「な、にかしら?」
彼女は、昇二の雰囲気に多少気圧されたように一瞬詰まりながら、答えた。
「俺のスキルは、死に戻りってことでいいのか?」
「へ? え、何の話?」
「え?」
「え?」
昇二の問いに、ぽかんとした顔で答える女神。思わぬその反応に、昇二もきょとんと彼女を見返してしまう。
「え、だってほら、俺、あっち行ってすぐ死んだじゃん?」
「え? あなたもう死んだの?」
「は?」
「え?」
『…………』
おかしい。
どうもお互いに現状が良く分かっていないようだ。
そう思った昇二は、今の会話で一つ気になった点を訊くことにした。
「あの……もしかして、俺が行った後の事って、わかってないの?」
「そりゃあ……私にそんな力ないし。異世界の事を覗けるような力があったら、そもそもあなたにこんなこと頼む必要ないじゃない」
「……たしかに」
これは盲点だったぞ、と昇二は焦った。
「え、なに? じゃあ、俺はさっきの、行ってすぐ死んだ話をあんたにして、それで役目終わり? なにその異世界転移しょぼっ!」
「うーん、どうも、そうでもないようなのよね。あなた、まだ魂が輪廻不可タグ付いた状態だし」
「輪廻不可タグ?」
凄い言葉だ。
思わぬパワーワードに、昇二はつい反応してしまう。
「そう。今回の転移に関しては、あの装置の仕様を利用して組まれた計画だったんだけど、本来あの装置で飛ばされるのは生きてる生身の人間なのね」
「神隠し用装置みたいな話だったもんな」
女神の言葉に、昇二は頷く。
「そうそう。欧州の妖精ってとんでもない力持ってたみたいなのよね、昔は。で、あの装置って、転移先で対象が死ぬと、魂だけはこちらの輪廻に戻ってくる、って仕様らしいの。だから、私はその時にあなたに話を聞こうと思ってたんだけど……」
そう言って、女神は一度言葉を区切り、昇二をしげしげと眺めてから、続きを口にした。
「あなたの状態が、ヤンデレ妹神の加護を受けた状態のままなのよ。これはつまり……」
その言葉に、昇二は思い出した。
あの時の加護の中身。
『私が殺せないのなら天寿を全うしてほしい』
その言葉を承諾した途端に、昇二の身体が淡く光ったのだ。
「あなたが天寿を全うしてないから、じゃないかしら?」
「なるほど」
納得である。
「ちなみに、私はそのタグを外す権限もないし、ここにいても時間も進まないし、正直なーんにも存在しないから、あなたは実質、もう一回転移するしかないんだけど」
「なるほど」
もう一度あの世界に行くしかないのか、と、昇二はげんなりした。
なにせ、人間に会う前にイノシシに遭遇して、吹っ飛ばされて死亡である。あの世界について何もわかっていないのと同じなのだ。
が、ここにこうしていても、何も始まらないのも確かなようだ。
ふと
「あのさ、もう一回、天寿を全うしないで死んだら?」
その点が気になって訊いてみた。
「またここに戻ってくるんじゃないかしら?」
「ええ~……」
「あ、そういえば今回の転移の内容……は、聞いても仕方なさそうね」
「ああ。異世界にもイノシシがいた、ってことしかわからん」
「そっか。あなたが天寿を全うしないと、私も元の時間軸に戻れないし、他にやることもやれることもないから、今度はうまく行くことを願って待ってるわ」
時間も止まってんのか、と、なんとなく不思議に思いながら、昇二は女神に言うのだった。
「んじゃ、もう一回飛ばしてくれ」
ざっぱーん! ごぼごぼごぼ……
意識が戻ると同時に、そんな水の音がして、昇二は自分が水中にいることを自覚した。
(ちょ、今度はなんだよ!?)
慌てて、明るい方向に向けて泳ぐ。濡れた服が重くて思うように動けない。
「がはっ!?」
ようやく水面に顔を出し、肺の中の空気をゲホゲホ言いながら入れ替える。口に入る水のしぶきが塩っ辛い。
(ってことは)
「海かよ畜生っ!!!」
息を整えながら、立ち泳ぎで周りを見渡す。そのすべての方向が水平線だった。
「うっそだろ、おい……」
「……で、三日ほど漂流していたが、陸にも着かず、発見もされず、そのまま死んだんだが」
「壮絶ね」
「ねぇ、俺もう、辞めたいんだけど。輪廻に入りたいんだけど」
「でも、あなたが了承したんだし」
「ぎゃふん」
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「なんかね、そんな気はしてたんだよ……」
がっくりと地面に四つん這いになりながら、昇二は力なく呟いた。
砂漠だった。見渡す限りの地平線だった。
「でもまぁ、海よりかは可能性あるかなって。オアシスねーかなって。俺頑張ったんだよ?」
「うんうん、わかるわかる」
「でも実際は、浮いてるだけで良かった海よりもきつかった。飢餓だけじゃなくて暑さで渇きもね」
「うんうん、じゃあ次行ってみようか」
「ぐう……」
そして、意識を取り戻した昇二は、目の前に人間がいる事に気が付いたのだった。
某漫画が休載したので更新しました。