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鈴木昇二は二度死ぬ

プロローグから次の話まで、約二十日更新されないなろう小説があるらしい。

「うわぁ……ホントにもう飛ばしやがったよ……」


 気が付くと、昇二は薄暗い森の中にいた。


「ふ、服は……スーツのままか。事故で死んだって言ってたけど、体はその直前まで戻してあるってことなのかね」


 とりあえず、現在の自分を細かくチェックしてみる。


「持ち物はどうなってるんだ? ……カバンは無くなってる……あ、鍵も財布もねーな、服だけか」


 どうやら「死の瞬間に持っていたものは持ってこれてた」系の小チートもないらしい。

 異世界へスマホと共に、とはいかないみたいだ。


「いや、まだだ、まだ終わらんよ……ステータスオープン!」


 一縷の望みにすがって、とりあえず念じてみた。

 何も起きなかった。


「くっそ……鑑定! ……ダメか。索敵! ……ないか」


(うーん、あとはどんなパターンがあったっけ? あ、魔法試してみるか?)


「ファイアー!

 ……ファイアーボール!

 ……てぃ、ティンダー!

 うーん、ほ、炎系はないのかな、じゃあ……」


 なんとなく右手を前に出しながら、思いつく限りの魔法名を叫ぶ。

 炎から順に、水、氷、雷、土、木、聖、闇などの属性魔法によく使われている魔法名を一通り叫んだが、何も起こらなかった。

 ただの痛いオタクサラリーマンの図だった。


「ま、まぁ?

 詠唱が必要なだけかもしれないし?

 ……あ!

 アイテムボックスは!?」


 非戦闘系の最強チートの一つでもあるアイテムボックスの存在を思い出し、さっそくまた試してみることにする。


「アイテムボックスオープン!

 ……あ、何も入ってないから開かないのかな?

 じゃあ……」


 きょろきょろと周囲を見渡し、足元にある石を手に取る。


「アイテムボックス!

 オープン!

 違うか?

 アイテムイン!

 開け!

 開けゴマ!

 ないんかーーーーい!!」

 

 最終的に手に持った石を地面に叩きつけて叫ぶ。


(やばい。マジでチートなしかよ……)


 うっすらと感じていた背中の冷たさが、ぞくりと全身を駆け巡る。

 昇二は、相当数の異世界転移・転生モノを読んでいたが、少なくとも主人公が全くの能力なしでの転移モノは読んだことがなかった。もしくは、読んでいても記憶になかった。


「転生なら、中世で多少の知識チートは俺でも可能だったと思うが……」


 呟きながら自分の姿を見る。

 今までと何も変わらない、21年間付き合ってきたままの自分の姿がそこにあった。


「いや、知識チートならまだ可能性はあるか。

 この世界の科学レベル次第では……中世だったらいーなー」


 恐怖をごまかす様に少しおどけた口調で言ってみるが、体の震えは止まらなかった。

 改めて周囲を見渡す。

 薄暗い森の中だ。恐らくは、異世界の。


「モンスターとかいるのかね……?」


 いるかもしれない。

 この世界の生態系がどんなものかさっぱりわからないが、植物がこれだけ地上に生い茂っているのなら、動物もそれなりに存在するだろう。

 もし出会ったら、昇二は何かしらの対応をしなければならないだろう。


(丸腰のチートなしでかよ、畜生)


 今更、声を出すのが怖くなって、心の中で毒づく。


(動くのも怖いぞ、くそ……だけど……)


 薄暗いが、まだ昼間なのだろう。これが夜になって真っ暗になるかと思うと、恐怖感が倍増した。


(とにかく……暗くなる前に森から出たい……林であってくれねぇかな、ここ……)


 頼む、何も出てくるな、とぶつぶつ念じながら、昇二は歩き始めた。

 方向も何もわからない。ただ、今向いている方向に、まっすぐだ。


(声を出した方が良いのか、静かにしていた方が良いのかすらわかんねー!)


 日本での熊鈴の事などを思い出し、また焦る。

 ネット掲示板でそんなスレッドをみた時のことを思い返すと、鈴を鳴らせば熊が寄ってこないと言っている者もいれば、逆に呼び寄せるというものや、関係ないから意味はないというものまでいて、確か昇二はその時「なんだそれww どっちやねんwww」と芝を生やしてからブラウザを閉じたのだ。


(せめてウィキ見とけばよかった……)


 そして、昇二にはもう一つ大きな懸念があった。

 もし本当に全くのチートなしでの転移だった場合、仮に人間やそれに準ずる生物に出会ったとして……


(言葉……通じねぇだろうな……)


 この歳になって、全く無知な言語の習得を迫られるというのは、苦痛以外の何物でもない。

 さらに、言葉が通じないということは……


(たとえ、ここが中世レベルの科学力しかない世界であっても、知識チートを伝える手段がねぇ!!)


 少なくとも、昇二がそれなりにこちらの言語を操れるようになるまでは、せっかくの知識も宝の持ち腐れである。

 当然、記憶は薄れて行きもするだろう。

 言語の習得が遅れるならば、その分知識そのものも劣化してしまっているかもしれない。


(『本好き』とかも読んでたけどさ、じゃあ紙の作り方覚えてるかって言われても、覚えてねーし。木の皮を剥いだり蒸したりしていたな、程度の記憶しかねーよ)


 好きだった異世界転生モノの知識チートの一つだった紙作りも、昇二には不可能だ。

 ちなみに、昇二はこれまでほとんど料理もやったことはない。

 家には母親も妹も居たし、誰もいないときだってカップラーメンや冷凍食品のストックはあった。

 ストックが無くても、近くにはコンビニやファミレスだってあった。

 昇二が料理っぽいことをしたのは、家に誰も居なくて保存食のストックがなく、なんとなく気が向いたときに目玉焼きを焼いたり、肉を市販の焼き肉のたれを使って焼いたりした程度だ。

 日本のネットスーパーから物を取り寄せられる術もない昇二には、料理レシピの取引という手段もなかった。


(ああ、やばい……どんどん気分が重くなってきた……未来に光が見えねぇ)


 昇二が覚えているうちの異世界転移モノに主人公が完全に凡人&チートなしだったものはなかったが、主人公以外の巻き込まれ転移者で、昇二の記憶に強く残っているキャラクターが、一人いた。


(『景国』に流されたおっさん……言葉も通じずに下男みたいに扱われてたっけ)


 主人公と出会い、何十年ぶりに日本語が通じることに感動して涙し、だが主人公が異世界人とも普通に話せることを知って嫉妬し、最終的には主人公の荷物を盗んで姿をくらますのだ。

 そのキャラクターが、自分の未来と重なってしまい、また背筋の冷たさが増す。


(くっそ、こわいこわいこわいこわい!! この転移、全然お詫びになってねーよ、くそ女神!!)


 ちょっと、余りにもテンプレな異世界転移っぽく思っていて、気軽に受け入れ過ぎていた気がする。

 当然何かしらの優遇措置があるものだと、勝手に思い込んでしまっていた。

 生き返るだけで儲けもんだと、あの時は本気で思ったものだが、もしかしたら普通に輪廻の中だか天国だかに行っていた方が良かったんじゃないだろうか?

 そんな気持ちになるくらい、昇二の心は恐怖で満たされ始めていた。


(畜生!! 異世界は不幸せに満ち溢れていた!!)


 最初だけテンプレ異世界モノだった分、余計に詐欺られた印象が強い。

 脳内で愚痴っているうちに女神への怒りが徐々に沸騰していき、声を出して周囲の生物に訊かれる恐怖を一瞬凌駕してしまった。


「くそ女神! もし今度会ったらぜってぇぶっこr……文句言ってやる!!」


 さすがにぶっ殺すは物騒かと、途中で言い換えたのだが、そこはあまり関係なく、昇二の声は届いてしまっていた。


 ガサガサッ!


 自分以外の何物かが落ち葉を踏む音に気付き、一気に昇二の心は凍り付く。

 当然、体も動くことを拒否し、歩いている途中の姿のまま、まるで「だるまさんが転んだ」でも遊んでいるかのような格好で、ビタリと固定された。


(あああああああああああああ)


 恐怖のあまり思考すら不可能になり、とにかく音の出所を探そうと、目玉だけきょろきょろと忙しなく動かす。

 頭部を動かすことすら怖くてできない。


 ガサ……ガサ……


 パニックに陥っている昇二にはどちらから聞こえてくる音なのかもわからないが、確実に近づいて来ていることだけが分かってしまう。


 ぶふーっ……ぶふーっ……


 何かの生物の興奮したような息吹が聞こえる。


(いや、俺の息なのか? ち、違うのか? ひ、人であってくれ、たのむおねがいおねがいおねがい……!!)


 恐怖が臨界を突破したためか、ほんの少しだけ冷静になる昇二。

 ゆっくりと、ゆっくりと、首を後ろに向けて、何者かの姿を探す。


 ガサっ!!!


「ひいっ!?」


 思ったよりも近くで音が聞こえ、ビビった昇二が音の方向を向くと、目が合った。

 合ってしまった。


(イノシシ!!!)


 しかもデカい。

 いや、異世界だから規格外にデカいとか、そういうことじゃない。

 地球に存在していたままの姿のイノシシが、当たり前の大きさでそこにいた。

 体長は1.5メートルほどだろうか。

 口元に生えた牙も、不自然に尖っていたりはしない。

 ただの野生のイノシシだ。

 だが。


「あっ……うっ……」


 昇二はあまりの迫力に、思わず後ずさった。

 ()()()()()()()()()


 どどどどどっ!!


「ひいいい!!!」


 その昇二の動きを引き金に、猛然と、イノシシは昇二に向って突っ込んできた。

 避ける事もできずに、ただ情けない声を上げて、手だけを前に出し、動けない昇二。


「がっ!? っふ……!?」


 激しい衝撃を感じ、吹っ飛ばされる。

 2メートルほど吹っ飛ばされて、ゴロゴロと転がる昇二に、もう一度突進してきたイノシシがぶつかってくる。


「ぎゃっ!」


 無防備な背中を突かれ、悲鳴を上げる昇二。


 ぶふっ!


 イノシシは一息強く吐くと、もう昇二のことなど眼中にないように、悠然と歩いていく。


(なん、なんなん? 何が……いってぇ!! 背中と、足、うわ、やべぇ! 太もも、太ももから、ちち、血が……!!)


 混乱したまま、太ももの出血部を触ろうとしたが。


(て、が、動かない!? いや、からだ、動かない!! 動かない!!??)


「がはっ……な、んだ、これ……」


 脊椎を損傷したのかもしれない。首から下が、全くいうことを聞かない。ただ、動けないまま、太ももからどくどくと自分の血が流れていくところだけを見せられ続けている。


 イノシシのテリトリーに入ってしまっていた、声を上げて気付かれてしまった、目を合わせて興奮を助長してしまった、後ずさって攻撃を誘ってしまった。

 その結果、突進を避けられず、牙で太ももを刺され、大きな血管を破られた。

 背中にも一撃を食らい、脊椎を潰された。


 ほんの、数十秒の出来事だった。


(なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで…………?)


 前回の死と違って、死の過程をじっくりと見せられる恐怖を味わいながら、昇二はただそう繰り返していた。

 少しづつ視野が白く塗りつぶされ、真っ白になる瞬間。

 ふと、思った。


(ああ、あと「死に戻り」ってのがあったな……)


 それが、異世界に転生して20分で死亡した、鈴木昇二の最期の思念だった。

このペースで行くと「長期連載(5年で10話)」とかも視野に入れて行けそう。

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