嘘と真実②
「少し油断してたぜ。今のは危なかった。さすがにちょいとばかし本気を出してしまったぜ」
そんなことを口にしながらも、ベリアルは今だに薄い笑みを浮かべる余裕すら見せる。
今の攻撃を避けたのか……!?
「さすがに今の攻撃を避けられるとは思っていませんでした」
リナも、今の攻撃は奥の手のようなものだったようで、少しばかり困惑の表情を滲ませている。
「んじゃあ、次は俺の番だな……っと!」
そう言って、再び空中へと翼ばたいたベリアルはリナに向かって炎の渦を放った。
「ライトニング・エア・ボルト!」
ベリアルの炎の渦とリナの電撃が二人の間で交わる。
「甘ぇな」
と、ベリアルの放った炎の渦がリナの放った魔法を包み込み、リナの魔法が消滅した。
「きゃあ!!」
そしてそのまま炎の渦はリナに直撃する。
「リナ!!」
「だ、大丈夫です……」
俺の呼びかけにそう答えるリナの肌はところどころ焦げ、足取りも少しおぼつかないでいる。
「諦めて、潔く殺されたらどうだ? すぐに他のみんなも送ってやるからよぉ!」
「あき、らめません! ライトニング・エア・ボルト……っ!」
リナが再び魔法を放つ。
が、ベリアルはその攻撃を息をするかのごとく軽く右に交わす。
「おいおい。だから、そんな遅い攻撃じゃ、俺には当たらないって」
呆れたように肩を竦めるベリアル。
だが、そんなベリアルにリナは告げた。
「いえ、それでいいんです」
と。
「っ!!!」
途端、空を飛んでいたベリアルが急に体勢を崩し地面へ落ちる。
「身体が思うように動かねぇ……っ! 何をした!」
ベリアルがリナに向かって叫ぶ。
「罠を仕掛けさせてもらいました。5分ほどの短い間しか効きませんが、身体が痺れて動かなくなります」
「そんな時間がいつ………っ!お前、まさかはじめに!」
「ユウリさんはすごい人です。こんなこと私には思いつきませんでした」
リナはそう言って俺の方を見る。
ーー最初に罠を敷いておけ。
それがはじめに俺がリナにした助言だ。
どんなにリナが強い意思を持とうとも、相手は魔王の幹部だ。
道中のリナの話を聞いた限りでも、リナが敵う相手ではないことは確かだ。
だとしたら、罠に嵌め相手の動きを止めるのは一番効果的な策だ。
「今度こそは逃がしません!……ハイ・エナジーボルトッ!」
「くそっ!!!!」
再び、すごい衝撃が商店街を包み込んだ。
「やった……」
体力の限界がきたのか、両手を地面につき、へたりこむリナ。
「大丈夫か!リナ!」
「はい。魔力を全部使い切ってしまいましたが、なんとか……」
ベリアルを倒せたことが嬉しいのか、リナはえへへとはにかみながら、急いで駆けつけた俺を見上げてくる。
「そうか……それなら良かった。それじゃあ、早く帰って、傷の手当てをーー」
傷の手当てをしよう。
俺が言おうとしたその言葉は、しかしながら、後ろから聞こえてきた怒鳴り声で掻き消された。
「ああ! くそったれがぁ!」
振り返ると、そこにはいまだ二本足で立ちあがるべリアルがいた。
その体からは、沸騰したお湯のような音とともに、どこからともなく蒸気が出ており、真夏のコンクリート上で見られるように向こうの景色が揺らいで見える。
「マジで死ぬかと思ったぜ。正直、ここまでやるとは思わなかったが……まあ、でも、決着はついたようだな」
べリアルが言葉を発するたびに、その口からわずかに火の粉が飛び散る。
「くっ!!」
なんてしぶとい奴だ。動きを封じたうえであの雷を打ち込まれてもまだ倒せないのか………
「そう落ち込むことはねえよ。俺にあの技を使わせた奴はそうそういねえ。と言っても、体中の熱を増幅させ、一点に集中させたのち放つだけの単純な技だがな。それでも威力は雷一つ打ち消すには十分だがな」
「そ、んな……」
絶望で顔を歪めるリナ。
リナにはもうベリアルとやり合うために必要な魔力がない。
それどころか、立ち上がるための体力があるかどうかすら怪しいところだ。
ベリアルを見ると、リナの魔法の直撃は防いだというものの、全ての電撃を防ぐことはできなかったのだろう。体中にいくつもの傷ができている。
だが、逆にいえばその程度。
ベリアルにとっては、どれもかすり傷に過ぎないだろう。
「ま、まだ……。まだ……です………!! 私はまだ戦えます……っっ!」
無理をして立ち上がろうと、足に力を込め体を持ち上げようとするリナ。
だが、すぐに自身の胴体の重みに耐えられず膝をついてしまう。
このままでは、リナも俺も、ベリアルに火だるまにされて終わりだ。
いきなりこんな訳のわからん世界に飛ばされ、次の日には火だるまとなり、死亡。
そんな、理不尽な一生なんて溜まったもんじゃない。
急展開すぎて、俺は何か見えない力で踊らされているのではないかと疑問を抱くが、死ぬよりはましか……
「……仕方ない」
ポン、と。
俺はリナの頭に、手を乗せる。
「あとは俺に任せとけ」
「で、でもユウリさんは……!」
俺は魔力もなければ、体力も物理攻撃力も人並みだ。
リナと比べれば天と地ほどの実力差がある。
そんな俺が、いくらリナとの戦いで多少なりとも負傷しているとはいえ、リナよりも強い相手に太刀打ちできるはずもない。
そうリナは言いたいのだろう。
確かにまともに戦えば俺はベリアルに瞬殺される。
まともに戦えば、な。
「まあ、心配するな。すぐに終わらせる」
俺はリナにそう告げて、ベリアルの前に立つ。
「はははは! お前が俺とやるってのか? それは傑作だな! さっきまでそこで隠れてたお前に何ができるってんだ?」
ベリアルが余裕の満ちた笑みを浮かべ、俺を見下してくる。
さっきまで、リナが戦うのをただ黙って見てたのは事実であるため、ベリアルがそう考えるのは当然だろう。
だが、俺も負けずと余裕を示す笑みを浮かべる。
「ああ、確かに俺は弱い。だが、リナとの戦闘で弱っている今なら勝算はあると思ってな」
油断はスキを生む。
そして、こんな俺の話に耳を傾けるくらいの時間をも与えてくれる。
「はあ? 俺のどこを見て弱ってるって言うんだ? 確かに少しは傷を負ったが、どれもかすり傷に過ぎねえ!」
馬鹿馬鹿しい、と俺の言葉を一蹴するベリアル。
そんなベリアルに対し、俺はさらに話を続ける。
「かすり傷、か……俺には、まだ、リナの仕掛けた罠の効果が効いているように見えるんだがな」
「さっきから、何を言ってやがる? 麻痺の効果は爆風とともに散っちまったよ」
さっさと俺を殺してしまえばいいものを、ベリアルは律儀に俺の話に応えてくれる。
それ故に、俺の言葉はベリアルの心を無意識に揺らがす。
あまりにも自信有り気に話す俺を見て、ベリアルは少しだけ俺を警戒し始める。
こいつは何がしたいんだ? 何をする気だ?
そういう僅かな警戒。
そして、その少しの警戒こそが命取りになる。
俺は、相手に言葉が届くようにと、いつもよりはっきりとした口調でこう言った。
「そうか。じゃあ、その、お前の翼に開いた大きな穴に気付かないのは、感覚が麻痺してる訳じゃないんだな」
「何っっ?!」
俺の言葉にベリアルは驚いたように自身の翼を見る。
信じた、な?
「っ!!うっ、うがぁぁぁぁっっ!!!!!」
その瞬間、ベリアルの翼に一つの大きな穴が開き、ベリアルは自身の翼を抱えるようにして苦しみ始める。
その手の間からは、止まることなく血が溢れ出る。
「お、お前、一体何をした!?」
その穴が、リナとの戦闘によりできたものでないことに、すぐに気がついたのだろう。
ベリアルが痛みに耐えつつ、すごい剣幕で聞いてくる。
「俺は何もしてない。そこに穴が空いただけだ」
俺はそんなベリアルの悲痛な叫びとも取れる問いかけに、半分が真実、半分が嘘の答えで返した。
実際に、俺は何もしていない。
だが、穴を開けたのは紛れもなく俺だ。
「そんなことより、今のお前にさっきの魔法は避けられるか?」
「ま、まさか、お前……」
先ほどまでとは一転、怯えた顔を見せるベリアル。
しかし、そんな顔をされたところで俺の意思は変わらない。
なんだっけな。
確か、ハイ・エナ……
「や、やめーーー」
「ああ、そうだ。ハイ・エナジーボルト。落雷、だ」
ベリアルの言葉を遮るように俺は言葉を唱えた。
「があぁぁぁぁっっっっ!!!!」
その瞬間、ベリアルの脳天に雷が直撃した。
ベリアルの叫び声が商店街に響き渡る。
「三度目の正直ってやつだ。今度はしっかり当たったようだな」
三回目の落雷が止み、目の前には全身が黒く焦げ、顔を俯けたまま直立しているベリアルの姿があった。
「お、前は……いっ、たい……なに…も…の………」
バタン、とベリアルは最後まで言葉を口にできずにその場で崩れ去る。
そして、広場でリナが倒した魔物たちと同じく、蒸発するように消滅し始める。
俺は、消えていくベリアルに告げる。
「なに、俺はただの学生だ。少しばかり副業で詐欺師をやってるだけのな…………まあ、名乗ったところで、もう聞こえてはいないだろうが」
言霊遣いと計略術、 7話を読んでいただきありがとうございました!
この小説の文構造やストーリー展開について、これから成長していくための参考が欲しいので、出来れば評価を付けて頂けると嬉しいです。
あ、あと、感想を書いて頂けると葉桜は喜びます!
「面白い!」などの言葉はもちろん、「ここが変だ!」などのダメ出しでも嬉しい限りです。