散策と嘘
「どうぞ、召し上がってください!」
リナが両手を大きく広げ、目の前にある机の上に所狭しと並べられた料理を俺に勧めた。
「すごいな。これ全部リナが作ったのか?」
見たことのない料理がほとんどだが、一目見ただけでも豪華な料理だとわかる。
それにすごい数の料理数だ。
「はい! 私、こう見えても料理は大の得意なんです!」
そう言って、リナは少し自慢げに胸を張った。
「おお、今日はまた随分と豪華な料理じゃのお」
そのとき、リビングのドアが開いて、アルクさんが入ってきた。
「おじいさま! 今ちょうど呼びに行こうと思っていたところでしたの! もうお仕事は終わったのですか?」
「ああ。今日はもう店を閉めてきたよ」
「なら、良かったです! では、冷めないうちにみんなでいただきましょう」
席に座るリナに従って、俺とアルクさんも用意された椅子に腰をかけた。
いただきます、とちゃんと合掌をし、俺はリナの料理を口にした。
………美味い。
「どうじゃ。リナの料理は絶品じゃろう?」
俺の心を見透かしたように、アルクさんがそう言ってきた。
「驚くほど美味い。特にこの唐揚げなんて、味といい食感といい全て俺好みだ」
「はっはっは。そんなに言ってくれるとは祖父としてもありがたいのぉ。ところで、ユウリさんは明日にはまた旅に出るのかい?」
「いや、しばらくはこの街に滞在しようと思っている。特に行く当てもないしな」
それに、まだこの世界のことについても全然知らないことが多いし、すぐに街の外に出るのは危険すぎる。
「そうかい。それならいいんじゃが……」
「ん?どうした。 何かあるのか?」
「いや、な。最近、この街周辺で魔物が頻繁に目撃されておってな。一匹一匹はそう強くない奴らなんじゃが、数が多いのが問題での。今は迂闊に街の外に出ないほうがいいじゃろうと思うてな」
そういうことか。確かにそれだと、旅に出発するのは難しいだろうな。
「この街は大丈夫なのか? もし、その魔物が侵入してきたら……」
俺は一つの疑問を口にする。
そんな魔物が近くにうじゃうじゃいるならこの街も危ないのではないだろうか。
しかし、そんな俺の心配は杞憂だったようだ。
「その心配はいりません! この街の周りには魔物を近づけないための結界が張られているので!」
リナによると、結界はこの街だけに関わらず大抵の街にはだいたい結界が張られているらしい。
まあ、それはそうか。魔物という存在がある世界で、人の住む街になんの施しもしてないはずがないか。
「なんにせよ、しばらくこの街にいるのじゃったらなんの心配もいらんな……そうじゃ!それなら、いっそのこと、この街にいる間はここにいてはどうじゃ?」
「そうですね!ユウリさんが嫌でなければ是非うちにいてください!」
「いいのか?宿代なんて払えないぞ?」
アルクさんとリナの提案は魅力的だが、あいにく金がない。
一泊ならまだしも、数日も泊めるとなるのなら代金を請求されるのではないだろうか。
「はっはっは! お金はいらんさ。こうやって、いつもより賑やかな食事ができるだけで儂には十分じゃ。それに、こう見えて儂、この店でそこそこ稼いでおるからの」
「そうです! 食事は人数が多い方が楽しいですよ!」
だが、そんな俺に対し、アルクさんとリナは、そんな心優しいことを言ってくれた。
「じゃあ、魔物の数が減るまで、よろしく頼む。どっちにしろ、お金がないことには飯も食えないしな。正直、とても助かる」
*
次の日の朝。俺はガタガタと走り去る荷馬車の音で目を覚ました。
「あ、おはようございます。ユウリさん」
「ああ、おはよう」
部屋を出て、昨晩、夕食をとったリビングに入ると、そこにはお皿を机に並べるリナの姿があった。
「朝ごはんは焼きたてのパンですよ。どうぞ」
そう言って、リナは先ほど並べたお皿の上に香ばしい匂いのパンを置いた。
「ありがとう。ところでアルクさんは?」
お皿の数が俺とリナの二人分しかないのを不思議に思い、リナに聞いてみる。
「おじいさまなら先ほど出発されました。今日は隣町に薬を届けに行かなくてはならないらしく、帰ってくるのは今日の夕方近くになるそうです」
なるほど。だとしたら、先ほどの荷馬車の音はアルクさんが出て行った音だったのか。
「大丈夫なのか? 最近、ここら辺は魔物が多いんだろ?」
「ちゃんと、護衛も付けているので大丈夫です。それにもし、一人でも、おじいさまにかかれば魔物なんて敵ではないです」
アルクさんの話をするリナはとても楽しそうだ。
きっと自慢の祖父であり、それと同時に憧れでもあるんだろうな。
「ところでユウリさん。今日はどうお過ごしですか? やはり固有スキルの件について考えますか?」
「いや、今日は外に出てくる。この街がどんなところなのか見てみたいしな」
「そうですか。私、今日はおじいさまがお店を開けている間、店番をしなくてはいけなくて……ごめんなさい。できればこの街を案内してあげたかったのですが…………」
申し訳なさそうに肩を落とすリナ。
「気にするな。店番なら仕方がない……そうだ。どこかオススメの場所はあるか?」
「オススメの場所ですか……それでしたら、街の中央にある噴水広場がオススメです! あそこはとても心が落ち着いて、私は好きです」
「そうか。なら途中、寄ってみることにするよ」
話している途中に食べ終えた朝食の食器をキッチンへと運び、さっそく俺は出かける準備をした。
「じゃあ、行ってくる。昼過ぎには戻ってくるよ」
「分かりました。気を付けてください!」
店を出て、しばらく歩くと、多くの人が賑わう通りに出た。
「いらっしゃい!今日の魚は今朝捕えたばかり!新鮮で美味しいよ!」
「ちょっとそこの冒険者さん! どうだいこの剣! 丈夫で、しかも軽い!冒険のお供には持ってこいだよ!」
通りの両脇には多くの店が並んでおり、いろいろなところから客を呼ぶ声が聞こえてくる。
「……お?」
そんな中、俺は店頭に置いてあったリンゴのような大きく赤い実の果物が目に留まり、八百屋の前で立ち止まった。
出る前に朝食は食ったが、デザートがなかったな。
ちょうどいい。一つ貰っていくか。
「おやじ。これ一つくれ」
「おお、りんの実な。一つ80リールだ」
「はいよ……って、これ腐ってるじゃないか!」
リンの実を一つ手に取った俺は、それを見ておやじに文句を垂らす。
「なんだって?! そんなはずは……」
八百屋のおやじは驚いたように、俺の手からりんの実を奪い取った。
「ほ、ほんとだ……」
「な?」
「た、頼む。このことは黙っておいてくれ、店頭に腐ったリンゴを置いてるなんて知れたら、店の評判が最悪だ」
「別に構わないが、その代わり……」
俺はチラリと店頭に並ぶリールの実を見る。
「ああ、分かった。リールの実を一つ、いや、一袋タダでやるから……」
「よし、交渉成立だ」
「ありがとう……恩に切るよ」
「しかし、言霊ってのは便利なもんだな。物体の一部だけでも変化させることができるとは」
八百屋を後にした俺は、リールの実の入った袋を右手に抱え、左手で、袋から出した実を一つ食べながらそんなことを思った。
お金のない俺が、もとより何かを買おうと八百屋を訪ねるわけがない。
もちろん、リールの実が最初から腐っていたというのは嘘だ。試しついでに、言霊のスキルを使わせて貰った。
スキルが発動しなかったならば、そのときは勘違いで済ませれば良かったし、まあ、いわば、スキルが発動する範囲を調べるため、といったところだ。
「でも、一人じゃ何もできないってのが難点だが……ま、そこは後々考えるか」
と、そんなことを考えていると、いつの間にか街の中央にある広場に辿り着いていた。
「これがリナが言っていた噴水か……確かに落ち着く場所ではあるな」
俺は近くのベンチに腰掛けた。
「それにしても、いい天気だな」
うーん、と体を伸ばし空を見上げてみる。
街中を歩いているうちに、気付かないうちに時間が経っていたようで、太陽が頭上近くに来ようとしていた。
「そろそろ帰らないと……か」
そう思い、立ち上がったとき、
「きゃーーっ!!! 」
近くから女性の大きな叫び声が聞こえてきた。