魔力と言霊
「魔力がひとつもないなんて、そんなのあり得るの?……でも実際に、ユウリさんからは魔力を感じ取れなかったし………」
リナ曰く、どうやら俺には魔力が一欠片もないらしい。
まあ、俺に魔力がないのは、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
前の世界では魔法はあくまでフィクション。漫画やアニメの中での話だ。
実際に魔力というものは存在しないのだ。魔法が使えたならば、きっと科学はそれほど発達せず、世界は魔法で成り立っていたことだろう。
しかしながら、この世界において魔力を持たない人間なんて過去を振り返っても例を見ないらしく、リナは先ほどからずっと不思議そうな顔をして、ブツブツとひとりで何か考えている。
だが、突然。
「そうです! ユウリさん。鑑定をしてみてもいいですか……?」
しばらく下を向いて唸っていたリナが、急に顔を上げ、俺にそう聞いてきた。
「鑑定?」
「はい。鑑定は人間や魔物などさまざまな生き物の持っているレベルやステータスを見ることができるスキルのことです。鑑定で、ユウリさんのレベルやステータスを見たら何か分かるかと思いまして」
確かにその鑑定とやらをしてみれば、魔力の量などを数値として確認できるわけだから、何か分かるかもしれん。
「別に構わないぞ。好きに見てくれ」
「え?」
二つ返事でリナの要望に対し許可を出すと、なぜか尋ねてきた本人であるリナが驚いた顔をした。
「あの、本当にいいのですか?」
リナはそう、再び同じ質問を俺に聞いてきた。
何をそんなにためらうことがあるのだろうか。
「ああ、構わない」
「言い出した私がいうのもあれですが、鑑定をするということは、ステータスや自身のスキルなど個人情報が見られるということなのですが……」
ああ、なるほど。そういうことか。
プライバシーの侵害を気にしたのか。
「大丈夫。俺自身、自分のレベルやステータスの値を知らないんだ。俺も自分のことについて知っておきたいからな」
「そうですか? では、いきますね!」
そう言って、リナはジッと俺を見つめた。
「…………HP、攻撃力……は普通の人並みで…………やっぱり魔力は0ですね……」
そうリナが俺の鑑定結果を口にしていく。
本当にただの普通の人間だな。
「うーん……他に何か……」
何かを絞り出すように、目を凝らすリナ。
体に力が入っているのが見て分かる。
「あ、こ、これは……こ、固有スキル…? 『言霊』?」
言霊?
言霊というと、口にしたものを実体化させるあれか?
「ふぅ〜もう限界です……すみません。頑張ってみたのですが、ステータスのほんの一部と、ユウリさんの持つ固有スキルの二つしか分かりませんでした。本当は私がやるより、おじいさまがやった方がより詳しいステータスまでわかるのですが……」
「いや、十分だ。ありがとう」
「でも、言霊って一体なんなんでしょう? 普通に考えると口にしたものが出てくるってことでしょうか」
「まあ、普通そうだろうな。とりあえず、やってみるか」
俺は片手を前に出し、思いついた言葉を言ってみる。
「金」
「ちょっ……ユウリさん!偽札はダメですよ!!」
俺の一言に慌てふためくリナ。
だが……
「……………」
「……………」
しばらく待っても手のひらの上に金が現れることはなかった。
「出ませんでしたね」
「そうだな」
場所がうまく指定できてないだけなのかと思って、部屋の中をざっと探して見たが、やはり、金はどこにも現れていなかった。
「と、とりあえず、今までで分かったことをまとめて見ましょう!」
そう言ってリナは棚から真っ白な紙を取り出し机の上に置いた。
「あれ? 書くものはどこにあったっけ……」
ペンを探し、キョロキョロと辺りを探すリナ。
「ペンならあるぞ。貸そうか?」
「あ、本当ですか? ありがとうございます!」
リナにそう言って、俺はいつもペンを入れている胸ポケットに右手を伸ばす……が、ふと思い出した。
そういえば、目が覚めたとき、持ち物全部なくなっていたんだったか……
見てみると、やはり胸ポケットにボールペンは入っていなかった。
「悪い、やはり俺も持っていなかっ………ん?」
ペンがないことをリナに伝えようとしたとき、俺は床に付けていた左の手のひらの中に奇妙な違和感を感じた。
そっと左手を持ち上げ、俺はその手の中にあったものを見て驚いた。
「どうかされましたか?」
リナが、一人で変な動きをしている俺を見て心配してくれたのか、声をかけてきた。
「ああ、いや。なんでもない。ペンだったな。これでいいか?」
「ありがとうございます! ではまずユウリさんのステータスですが……」
ペンを受け取ったリナは、今までの会話をまとめ始めた。
しかし、リナの話は上の空に、俺の頭の中ではある疑問が渦巻いていた。
リナが今持っているペンは、ボールペンやシャーペンのような俺が住んでいた世界に存在する現代的なものではない。
鳥の羽を加工して作られたペン先をインクに付けてから文字を書く、いわゆる羽ペンである。
もちろん俺なものではないし、部屋に落ちていたのを拾ったわけではない。
手の中に突如として、現れたのだ。
何が起こった……?
いきなり、手の中にペンが現れた。それはなぜ……
……言霊………?
そうだ。固有スキルの言霊が発動したとしか考えられない。
でも、どうして急にスキルが発動したのか。
りんごは出てこなかったのに。
さっきと今、何か違いでもあっただろうか…………
違い……か。
ん?いや……
一つだけ。
一つだけ、ある。
しかし、今の二つだけではまだ確信はできないな。
………試してみるか。
「……で、固有スキルが発動しないと、ってユウリさん。聞いてますか?」
俺が一つの可能性に思い至ったとき、話を進めていたリナがペンを置き、俺の顔を覗き込んできた。
「ああ、聞いてるさ。ところで、すっかり忘れていたんだが、森の途中で、すごい珍しい有名な果物を見つけてな。後で食べようと思って採っておいたんだが……宿のお礼と言ってはなんだが、リナにやるよ。なんだと思う?」
「珍しく有名な果物……? はっ! ま、まさか、あのイチガですか?! 滅多にお目にかかることのできないあの伝説の果物の……?!」
俺の問いかけに対し、思い当たる果物があったのか、リナは机に身を乗り出し、目をキラキラと輝かせた。
「おお、よく分かったな」
「え! では、本当に……?」
そして、俺はそんなリナに対し、得意げな態度を作り、こう返した。
「俺も驚いたよ。まさか、イチガを森で見つけることができるとはな。 ほら、やるよ」
そう言って俺は、ポケットに手を入れ、そこに現れたイチガをリナに渡す。
「す、すごい。本物のイチガです……まさか、イチガを食べることができるなんて、生きていて良かった……!!」
イチガを受けとったリナはそう言って、イチガを食べ始めた。
「お、おいひいです……!」
イチガを口に含んだリナは、これ以上ないほどに幸せそうだ。
イチガって果物はそんなにも珍しいもんなのか。
俺には苺にしか見えんのだが。
だが、まあ、やはり俺の考えは間違いなかったようだ。
実際に、ポケットの中にイチガという果物が現れたことが何よりの証拠だ。
俺は、森で果物なんて見つけてもないし、採ってもいない。この世界に来たばかりで、もちろん、イチガなんて果物、聞いたことすらなかった。
リナが幸せそうに口に含んでいるイチガは、俺が俺の固有スキル「言霊」で作ったものだ。
しかしこのスキル、使う人によってはほとんど役に立たないが、この俺にとっては、これ以上になく相性のいいスキルだと言える。
もっと色々と試してみる必要があるな。
「あ〜とても美味しかったです! ユウリさんには感謝してもしきれません。………っと、そろそろ夕飯の支度をしなくてはいけませんね! 少し待っててください。今度は私がユウリさんに美味しい料理を出せるよう頑張りますから!」
そんなことを考えていると、イチガを食べ終えたリナが、夕飯の支度をするために席を立ち、失礼しました、と俺の部屋から出て行った。
うむ。色々と試したかったが、リナがいなくなるとなるとこのスキルも使えない。
仕方ないか。まあ、また明日にでもすればいい。
なんせ、この世界での生活はまだまだ始まったばかりなのだから。