異世界と魔法
「ただいま帰りました!」
「おお、おかえり。リナ」
リナが扉を開けると何やら箱を抱えた作業中の老人が俺とリナを迎えてくれた。
「おじいさま。今晩この人家に泊めてあげてもいいですか? 彼、旅の途中でお金落として泊まるところがないらしいの」
家に上がると、リナはその老人に俺を紹介し、今晩家に泊めてもいいかを聞いた。
「御影侑李と言う。突然ですまない」
「別に構わんよ。儂はリナの祖父のアルクじゃ。部屋は余分にあるので自由に使ってくれていい」
突然泊めてくれと訪問した見ず知らずの人物に対し、しかしながら、リナのおじいさんは快く二つ返事で俺の宿泊を了承してくれた。
「部屋はこちらです」
棚から鍵を取り出したリナが、そう言って、部屋の奥へと進んでいく。
「最近使用してない部屋なのであまり綺麗ではないかもしれませんが……」
「いや、それくらいなんの問題もない。部屋があるだけで幸せだ」
「そうですか? そう言って頂けると嬉しいです」
そんなことを話しながら歩いていると、リナは廊下の左壁側にある3つの部屋のうちの一番突き当たりの扉の前で立ち止まった。
そして、どうぞ、とそのドアを開け、俺を中に通してくれる。
「全然綺麗な部屋じゃないか」
リナはあまり綺麗ではないと言っていたが、使用していなくても、こまめに掃除はしていたのだろう。チリやホコリなどはなく、家具などはきちんと整えられている。
「この部屋を自由に使ってください。それと、夕食の準備ができたらお呼びしますね」
「そんな。夕食まで出してくれなくてもいいぞ?」
「いえいえ!是非食べて言ってください。一人分の食事を増やすくらいなんの問題もありませんので!」
「そうか、それならご馳走になろうかな……」
「はい!任せてください!」
1日くらい食事を抜いても構わないと思っていたが、まさか夕食までも振舞ってくれるとは、いい意味で想定外だった。
「何か問題はなかったかの?」
そんな声が聞こえたので振り向くと、アルクさんがドアのところに立っていた。
「大丈夫だ。とても綺麗な部屋でありがたい」
「ホッホッホ。それなら良かった。儂は店の方におるから何かあったら遠慮なく言ってくれ」
そう言って、アルクさんは部屋を後にした。
「えっと…リナ……さん?」
「ふふっ。リナでいいですよ。私の方が少し年下のようですし」
「それじゃあ、リナ。リナのおじいさんは何か店をやっているのか?」
「はい。薬師をやっています。おじいさまはすり傷や切り傷といった普通の怪我から、いろいろな病気に対する薬までどんな薬でも調合できるのですよ」
「へぇ。それはすごいな」
「ええ、凄腕の薬師なのです! 普通の薬の他にもHP増幅剤や魔力増幅剤、防御力増幅剤もありますよ。よくこの街に寄った冒険者たちが買っていきます」
なんだ? HP増幅剤……魔力…?
冒険者たち……?
「おじいさまは、昔は、凄腕の魔法使いだったのですが、歳を理由に引退して、その魔力の強さと知識の豊かさで、今のように凄腕の薬師に転職をしたのです。もちろん、魔法の腕は今も健在で、私もいつかはおじいさまみたいな大魔法使いに…………」
「すまない。ちょっといいか」
「……あっ。つい、私一人で興奮してしまって……すみません。喋り過ぎてしまいました」
「いや、それは問題ない。そうではなく」
俺は頭の中に納まりきらない疑問をリナにぶつける。
「魔法ってなんだ?」
先ほどからリナの口から溢れる魔法という単語。
この単語がどうも頭の中で引っかかってならない。
「えっ?!」
俺の言葉を聞いたリナは、現代の街中でマンモスを見たかのように、目を丸くして驚きの声を発した。
「ユウリさん、ま、魔法を知らないのですか?」
「ああ」
細かくいうと魔法という存在は知っている。
だが魔法はあくまでフィクションの中の話であって実際には存在しないというのが常識だ。
「でも、ユウリさん。旅をしていらっしゃるのですよね? 武器も持ってないようですし、魔法話知らないとなると、もし、道中で魔物に出会ったりしたら……」
「魔物……?」
「も。もしかして、ユウリさん。魔物に出会ったことがないのですか………! 旅をしていて、魔物に出会ったことがないなんて………すごい強運です」
まあ、本当はそもそも旅をしていないからな。魔物の存在なんて知る由もない。
しかし、魔法や魔物か…………どうやらここは本当に地球ではないらしい。
普通なら信じられない現象だが、聞いたことのない国名などを合わせて考えると、どうやら俺は今、今まで住んでいた世界とは異なった世界、いわゆる異世界というところにいると考えると納得できる。
………というか納得できてしまう。
「本当に驚きました。まさか魔法や魔物の存在を知らない人がいるなんて……」
「魔法とやらは一体どういうものなんだ?」
「そうですね。簡単なものを今お見せしますね」
そう言ってリナは右手を手のひらを上にして、水を受けるように前に出し、
「エンバー」
そう唱えると手のひらの上に小さな火が出現した。
「おお……!」
「今のは初歩的な魔法の1つです。小さな火を出す魔法で、日常生活で役に立ちます」
確かに魔法だ。
初めて見る魔法に思わず感嘆の声が漏れてしまった。
俺が知っているフィクション映画や漫画で出てくるものとほとんど変わらないな。
「なるほどな………それは俺にもできるのか?」
「はい。大小があるとはいえ、誰でも体の中に魔力は流れているんです。自身の体の中を流れる魔力を感じ取れることができれば、エンバーのような初級魔法程度なら誰でもできますよ」
「俺には、その魔力とやらがわからんのだが…………」
「それも大丈夫です!私が今から、ユウリさんの体の中の魔力の流れを少し変化させて、魔力の流れを感じ取れるようにします。一度、感覚を掴むと意識しなくても分かるようになりますので、魔法を使えるようになりますよ」
失礼しますね、とリナが俺の手をとり、両手で包んだ。
「それではユウリさん。今からユウリさんの中の魔力の流れを少し変化させますので、目を瞑って自身の体の中を流れる魔力を感じ取ってみてください」
俺はリナに言われるままに、目を瞑り、魔力の流れを感じ取るため、精神を研ぎ澄ました。
だが。
「あ、あれ……? なんで?」
しばらくしても、魔力の流れは感じ取れず、その代わりにリナの困惑した声が聞こえた。
目を開けると、目の前に、握った俺の手を見つめながら、頭にはてなマークをたくさん浮かべているリナが座っていた。
「どうした? 何か問題でもあったか?」
「あ、あの……ユウリさん。それが……」
俺が声をかけると、リナは顔を上げ、困ったようにこう言った。
「ユウリさんの体の中に、魔力の流れ、いえ、魔力自体が感じ取れないんです」