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アルレミリアと魔力の喪失

「まったく。えらい目にあった。あれのどこが簡易結界だ」


 最悪な寝起きからなんとか生きて脱出した俺は今、再び森の中を突き進んでいる。


「結果的には助かったのですから良かったじゃないですか。あれだけの魔獣相手に怪我ひとつなかったのは、魔獣が結界内に入ってこれなかったからですし……」

「そもそも結界を張ってなかったらあれだけの数の魔獣と戦わなくて済んだんだがな」

「そ、それは……そうですけど…………」


 俺の正論に返す言葉もないのか、リナは言葉を詰まらせる。

 そんなリナに俺はさらに追及する。


「だいたいリナもなぜこの説明書を読まなかった」

「うぅ……すみません…」


 俺の手にはさっきの簡易結界の魔道具の取扱説明書が握られている。

 魔獣の群れを撃退したあとリナの鞄の中から見つけたものだ。

 俺は手に持っているその取扱説明書に再び目を通す。




『この魔道具はどんな場所でも簡単に結界を張ることができます。これさえあれば、夜中街の外でも魔獣に襲われる心配はありません。副作用として、この魔道具は魔獣の好む匂いを放つので、結界付近にはたくさんの魔獣が寄ってきます。でも、大丈夫!魔獣は決して結界内に入ってこれないので心配は無用です!』





「心配おおありだ!」


 俺は手にした説明書をビリビリに引き裂いた。


 なんだこの欠陥品は!

 これはもう簡易結界じゃなくて、ただの撒き餌じゃないか!


「だいたい魔獣の好む匂いってなんだ! 匂いくらい消せなかったのか?!」


「まあまあ。ユウリさん落ち着いてください。ほ、ほら。もうすぐアルレミリアです!魔獣に追われていたからですかね。予定より早く着きそうですよ」


 時刻は昼過ぎと言ったところか。

 太陽が頭上高くで強く照っている。


「ふん………」


 あの魔道具への文句はまだまだあるが、さすがにこれ以上続けるのは大人気ない。

 それにリナの言う通り、魔獣に追われたからか、文句を口にする体力も惜しいくらいだ。



「アルレミリアにはですね。おじいさまからの頼まれごとがあるんですよ」


 俺の怒りが落ち着いたのを感じ取ったのか、リナはそう言いながらポケットから赤紫色の液体が入った小さな瓶を取り出した。


「……なんだそれは?」

「ほら、昨日はおじいさま、隣町へ薬を届けることができずに戻って来たじゃないですか。それで、代わりにこの薬を届けて欲しいと頼まれたんです」


 ああ、確かそうだったな。

 道中ベリアルの強い魔力を感じ取って戻って来たんだったか?

 今思えば、この距離で魔力を感知できるって、全く魔法関連に詳しくない俺でもさすがに驚くな。

 いや、以前は大魔法師だったんだっけか。

 それくらいはできて当然なのかもしれないな。


「ユウリさん! 見えて来ましたよ!」


 そんなことを考えていると、森の出口が見えてきた。


「ここがアルレミリアか。よし、さっそく宿を見つけて……」

「まずはおじいさまから預かった薬を届けに行きましょう!」


 ここまでの疲れを早く取ろうと思った矢先、リナが元気よく前へ歩み始めた。

 リナのその元気がどこからやってくるのか知りたい……

 俺にはもうそんなやる気すら湧き上がらない。


「リナ。俺は宿を見つけてくるから、リナ一人でそのおつかい済ませてくれ」


 そう言って、俺はリナとは別の方向に歩き始めようとした。が、背中のあたりに加えられた力が俺の歩みを止める。


「ダメです。ユウリさんもついて来てください」


 振り返るとリナが俺の服をつまんで引っ張っていた。


「なんでだ。俺が行なくても大丈夫だろう」

「そう……なんですけど……それじゃダメというか……無理といいますか……」


 服を掴んだ手を離そうとせず、リナはなぜか口ごもる。

 なんだ。はっきりしないな。


「俺はもう疲れたんだ。早いところ宿を見つけて休みたいんだが」


 ただでさえ魔獣に追われるという想定外の出来事があったんだ。

 俺は普段運動しないので、正直かなり辛い。



「…………です」


 そんなことを思っていると、リナが俯きがちにボソッと呟いた。


「ん、なんだ?」

「ひ、一人で知らない人と話すなんて無理です!」


 聞き返すと、リナが顔を赤くしながらそう叫んだ。


 知らない人と話すのが無理だと……?


「私、実は人と話をするのはあまり得意じゃないんです……ど、どうしても不安になってしまって」

「いや、でもミッカの街では普通に話してたじゃないか」

「あの街の人たちはみんな小さい頃から知ってる人なので大丈夫なんですが、知らない街でいきなり知らない人に話しかけるなんて私には無理ですっ!」



 初耳だ。

 聞く限りだと、話しかけるのができないのであって、一回話してみるとそれからはなんの問題もないのだろうが、それでもファーストコンタクトが取れないのならば意味がない。

 ……一種のコミュニケーション障害というやつか。


「そんなんでよく旅に出ようと思ったな」

「あのときは、その……勢いと言いますか。強くなりたいという思いで頭がいっぱいだったんです! もちろん後悔はしてないですよ」


 核心を突かれたからか、リナは少し狼狽しながらもそう口にした。


「はぁ…………分かった。で、場所はどこだ? 早いとこらその薬を渡して宿を探すぞ」

「あ、ありがとうございます! えっと、地図では……こっちです!」


 仕方なく俺は、地図を見ながら進むリナについていった。

 





「どうやらここのようですね」


 しばらく歩くと、大通りから少し外れた小さな路地にある扉の前でリナは立ち止まった。


「どうやら病院のようだな」


 その扉の上には赤十字のマークが描かれた看板がぶら下がっている。


「そのようですね……では開けますよ」


 そう言ってリナが恐る恐る扉を開けた。


「し、失礼します……」

「またですか?! これで12人目ですよ……」


 リナが扉を開けると、中からいきなり大きな声が聞こえてきた。

 リナの後ろから中の様子を伺うと、室内に若い女性と老人が深刻そうな顔で話をしてる姿が見えた。


「森でいったい何が起こってるんでしょうか……」

「儂にもさっぱり分からん。もう一度冒険者たちに調査を頼んでみるか……」

「でも、二度目の調査を受けてくれるでしょうか?」


 二人は話に夢中になっているのかまだ俺たちの存在に気付いてない。


「あ、あの…………!」


 そんな二人にリナが声をかけると、二人は驚いたように俺たちを見た。


「ごめんなさい……気がつかなかったわ。何か用事かしら」

「私のおじいさまから、薬を届けて欲しい頼まれたので持ってきました」


 そう言って、リナはポケットから例の薬を取り出した。


「まあ! それはアルクさんに頼んでおいた……! そうですか。あなたはアルクさんのお孫さんでしたか。わざわざありがとうございます!」


 薬を受け取った彼女は今までの少し暗めの表情から一転、パッと笑顔を浮かばせた。


「それがこの前お前さんが言っておった薬か! これで彼らも少しは良くなるといいんじゃが」

「アルクさんの薬はよく効きますから大丈夫ですよ! よかった……これで患者さんたちもすぐに回復に向かうはずです!」


「その、何かあったんですか?」


 アルクさんの名前が出て緊張が少しほぐれたのか、それとも俺がついているからか、若干コミュ障のリナが安堵の表情を浮かべる二人に尋ねた。

 まあ、ファーストコンタクトもうまく取れたみたいだし、リナについてはここからの会話で心配することはないだろう。



「アルクさんのお孫さんになら言ってもいいかしら……」


 そんなリナに対して、女性は老人とアイコンタクトを交わし、少し躊躇うそぶりを見せながらも話し始める。


「最近、近くの森で不思議な現象が起きてるの。一人で森に入った人たちが次から次へと倒れてこの病院に運ばれてくるのよ。原因は魔力の喪失。まるで何者かに吸われたかのようにみんな魔力が空っぽ同然なの」

「魔力っていうのは自然に回復するものではないのか?」


 ベリアルとの戦闘でリナも魔力不足になったが、時間とともに回復したはずだ。


「私のときは魔法を出すほどの魔力が残ってなかっただけで、魔力が全くなくなったわけではないんです。それくらいの魔力不足であればほっとけば自然に回復するのですが、魔力がほぼゼロとなると……」

「その通り。魔力が空っぽになると自然に回復することはまず無いわ。そして、そうなると魔力増幅剤を使っても回復はしないわ。今回のアルクさんからもらったこの薬のような特別な薬でも無い限りね」


 彼女は手にした薬を見ながらそう言った。


「その原因は分からないんですか? 調査依頼を出したりは……」

「それが全く分からんのじゃ。冒険者たちに依頼してみたが、なにも不審な点はなかったようでの」


 リナの問いに、椅子に腰掛けた老人が答える。


「そうなのよ………もう一度依頼してみようと思うのだけど、さすがに一回目に何もなかったことをもう一度依頼するのもね……相手にされないかもしれないし………」


 と、そこまで言ったところで女性が何か閃いたように顔を上げ、俺とリナを交互に見つめた。


 まずい……なんだか嫌な予感がする。


「そうだわ! アルクさんのお孫さんとそこのあなた! あなたたちにちょっとお願いがあるのだけれど……」

「断る」


 そう言って迫ってくる彼女を俺は一言で切り捨てた。


「どうせ。俺たちに調査の依頼をしたいと言うのだろう? そんなのはごめんだな」

「そこをなんとかお願いできないかしら……! お礼ならきちんとするから」

「却下だ」


 なんで俺たちがそんなことをしなくてはならんのだ。

 俺は冒険者でもなんでもない、ただの旅人なんだ。


「ユウリさん。受けてあげましょうよ! これ以上の被害者が出るのを防げるかもしれないんですよ?」

「ダメだ。リナ。俺は一刻も早くアルベレンに行かないといけないんだ」


 こんなところで道草食ってる場合ではない。

 早く国王に会って、元の世界に帰してもらわなければならない。

 そのためにもリナを説得させ、早くこの場を立ち去りたい。




「お前さんら。アルベレンに向かっておるのか?」


 俺がリナを説得させていると老人が話しかけてきた。


「ああ、そうだ。急いでいるんだ」

「そうじゃな………儂もこの依頼を是非とも受けて欲しい身での。どれ、もしこの依頼を受けてくれるのであればアルベレンまでテレポートさせてやると言ったらどうじゃ?」


「テレポートが使えるのですか?!」


 老人の言葉にリナが驚愕したように声を上げた。


「ふぉっふぉっふぉ。まあの。今日だって新しく森で発見された患者をテレポートで連れてきたところだったんじゃよ」


 少し自慢気に話す老人を見ながら俺はリナに近寄る。


「そんなにテレポートってやつはすごいのか?」

「はい。テレポートを使える人はそうそういません。おじいさまでも難しくて諦めたと言っていました」


 この老人、さっきからなんでいるのか分からなかったが、なるほどそういうことか。


「それよりもユウリさん。テレポートでしたらアルベレンまで一瞬です! 普通に歩いて行ったらあと一週間はかかりますよ」


 一週間だと?

 アルベレンまでそんなに距離があったとは知らなかった……


 しかし、テレポートでアルベレンまで一瞬か。




 この依頼を受けることによるメリットとデメリット。

 依頼を受けないことによるメリットとデメリット。


 依頼を受けないとなると、一週間分の食料はこの街で調達あるいは旅をしながら食料を探すことでなんとかなる。

 が、問題は睡眠だ。

 魔獣に襲われる危険性があるし、かと言ってまたあの魔道具を使うわけにもいかない……



 逆に、依頼を受けた場合はどうだ。

 謎めいた現象ではあるが依頼内容はあくまで調査。

 何かがあると分かった時点で依頼終了だ。もちろんなにもなければそれでいい。

 そして、何よりメリットとしてアルベレンまでのテレポート。


 納得のいかない点は多々あるが、単純に損得で考えれば後者の方が得か……






「わかった。いいだろう。その依頼受けてやる」


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