旅の途中と秘密の魔道具
風が吹くたびに周りの木々がカサカサと音を立てながら揺れ、頭上では鳥の甲高い鳴き声が響き渡る。
俺の目の前には、初めてこの世界に来たときと同じ光景が広がっていた。
つまるところ、森だ。
まだこの世界に来て2日しか経っていないのに、この緑に包まれた光景がすごく懐かしく思える。
真新しい思い出に浸っていると、目の前の木陰から前に見たウサギのようなサイのような不可思議な生き物が現れた。
最初はじめて見たときは戸惑ったが、少し前に魔法を見たり、ベリアルと戦ったりした今じゃ大して不思議に思わなくなった。
たった2日でかなりの変化だと自分でも思う。
変化といえば、はじめて森を彷徨ったときと今とで異なる点が二つある。
一つ目は、目的がはっきりとしていることだ。
目指すはアルベレンの街。
その街にある城に住む国王クランクに俺を元の世界に帰して貰うのが目的だ。
そしてもう一つは、今俺の目の前を鼻歌を歌いながら楽しそうに歩いている人物だ。
「ユウリさん! 早くしないと日が暮れちゃいますよー!」
鼻歌をやめ、こちらを振り返ってきたリナが、そう俺を急かしてくる。
「なあリナ。本当に良かったのか?」
「良かったんです。私思ったんですよ。今のままじゃ、おじいさまみたいな立派な魔法使いになれないって。だから旅に出て、もっと強くなるんです!」
リナは俺の問いにそう返すと、いったん歩みを止め、俺の隣に並ぶとそれに…と付け加えた。
「ユウリさん一人でどうやって旅をするつもりなんですか? 人や知識のある魔物ならともかく、魔獣相手だったらユウリさん太刀打ちできないじゃないですか」
「ま、まあそうなんだが……」
俺の固有スキル『言霊』は相手が俺の言葉を信じないと、効力を発揮しない。
そのため、リナの言う通り、言葉の通じない魔獣相手に俺は戦う術を持っていない。
「おじいさまもユウリさんと一緒なら大丈夫だろうと送り出してくれたんです。だから、これからよろしくお願いしますね?」
アルクさんが俺のどこを見てそんなことを言ったのか不思議で仕方がない。
だが、そんなことを今更考えても仕方がないか。
それよりも今は考えねばならないことがある。
今日の寝床と晩飯の確保だ。
下を向くと見ると木々の隙間から差し込む西日が足元を照らしている。
あと2、3時間もすれば完璧に辺りは暗くなるだろう。
善は急げと飛び出してきたが、もう一泊して明日の朝出発すれば良かったと少し後悔している。
「リナ。とりあえず、次の街まではあとどのくらいなんだ?」
俺は隣を歩くリナにそう聞いた。
太陽が完全に沈んでしまう前に、街に入らないと危険だ。
真っ暗な中魔獣と戦うのはあまりにも不利すぎる。
「次の街ですか? そうですね……あと1日くらいです」
だが、俺のそんな考えとは裏腹に、リナは焦るようなそぶりも見せずにそう言った。
あと、1日だと?
そんなの、街に着く頃にはにはもうすでに夜が明け、それどころか次の夜が来てしまう
「待て。もうすぐ暗くなるぞ?」
「はい。だから、暗くなったら明日の朝になるまで待ちましょう!」
「待ちましょうって、食料はーー」
「食べ物なら2日分くらい用意してます!」
「なら、寝床は?」
「もちろん野宿です!」
リナはさも当然だろうとでも言うようにあっさりそう言ってのけた。
「野宿って……夜になると魔獣が活発化するんじゃなかったのか? そんな中、無防備で寝るなんて魔獣にどうぞ食ってください、と言っているようなものじゃないか」
「心配いりません。ちゃんとそうならないための秘密の魔道具も準備しています!」
そう言ってリナは背負っていた大きなリュックを下ろし、中から手のひらサイズの水晶玉のようなものを取り出した。
「これは私の知り合いが作った簡易結界です。この魔道具は街に施してあるものと同等の結界を、どんな場所でも瞬時に張ることができる優れものなんです!」
リナはそう自慢げに胸を張った。
「ほう。それはなかなか便利だな。その知り合いとやらはミッカの街に住んでいるのか?」
「いえ。彼女はここから少し離れたナハラ村というところに住んでるんですけど、ちょうどこの前、彼女がうちに遊びに来たときに貰ったんです。そのときは、まさか私が旅に出る日が来るなんて思ってもいませんでしたし、彼女には感謝しないとですね」
そのときの出来事を思い出しているのだろう。
先ほどからリナはなんだか嬉しそうに喋っている。
きっとその知り合いはリナにとって大切な友達なのだろう。
しばらくリナと話をしながら歩いていると、近くから水の流れる音が聞こえて来た。
「……滝か」
音のする方へ進むとそこには3メートルくらいの高さの小さな滝があった。
「とりあえず、ここなら飲み水の心配はいらないな。少し早いがここで一晩明かそう」
「そうですね。じゃあ、ここに結界を張りますね」
そう言ってリナは例の水晶玉を手に取った。
「確か、魔力を注いで……」
リナが魔力を込めると両手で包み込むようにして持った水晶の色が青色から赤色へと変わっていく。
そして、完全に赤色へと変化すると、水晶はリナの手を離れ、どんどんと浮上してき、俺たちの頭上で動きを止めると、その水晶を頂点とした半球体状の結界が現れた。
「おお……すごいな」
俺は魔道具の一連の動作に関心しながら、できた透明な結界を見回した。
「これで本当に魔獣は襲ってこないんだろうな」
「はい! 大丈夫です! この結界の中には絶対に魔獣は入ってこれませんから!」
俺の不安にリナは絶対的な自信を持ってそう答えた。
多少不安ではあるが、この薄い膜状のものは街の境界付近にあったものと似ているので確かに結界なのだろう。
ここはリナの言葉を信じるか。
「さて、とりあえずご飯にしましょう! ええっと……まずは焚き火を……」
「これでいいか?」
俺は近くに落ちていた枯れ葉や木の枝を集めた。
「ありがとうございます!…… エンバー!」
リナが魔法を唱えると、指先から出た小さな炎が枯れ葉や木の枝に燃え移り、すぐに焚き火が完成した。
それを見ていると魔法ってのは便利だなと改めて感じる。
できるものなら一回使って見たい気もするが、俺には魔力が一欠片もないのでどうしようもない。
「ふんふん〜」
リナが機嫌よく食材を一口大の大きさに切っていく。
キッチンとは違い、道具もちゃんと揃っているわけでもないのに器用なものだ。
リナはあっという間に全ての食材を切り終え、それらを小さな鍋へと放り込むと先ほど起こした火にかける。
すると、すぐに鍋からいい匂いが漂い始めた。
「できました!」
鍋を火から下ろしたリナはそう言って、2人分の木の皿に出来上がったスープを分けていく。
「ユウリさんのその言霊ってスキル、どのくらいまでのものなら出すことができるんですか?」
渡された当然のように美味いスープを飲んでいると、火を挟んで反対側に座るリナが俺にそう聞いてきた。
「どのくらいって……俺にもよく分からん。なんたって好き勝手に発動できるもんでもないしな」
「そうですか……じゃあ、ユウリさんがこれまでに出したものって何がありますか?」
「そんなことを聞いてどうする?」
「だって、自分のスキルで何が出せて何が出せないのかをちゃんと知っておいたほうがいいと思うんです!」
確かにリナ言うことは一理ある気がする。
しかしそうは言っても、そもそもこのスキルについて知ったのが一昨日のことだ。
そんなに多くは使えていない。
ここ数日で言霊を使ったのは……
「そうだな……まずはベリアルの羽根に開けた穴だろ。それに雷………あとは腐らせた八百屋の売り物を見せて、りんの実だったか? それを詫びで何個か貰ったりしたな」
「そ、そんなことしてたんですか。それは自作自演というやつでは…………」
嘘偽りなく、正直に言ったらリナにジト目で睨まれた。
「そんな目で見るな。美味しそうだったのに買う金がなかったんだ」
「そんなの理由になりません! いいですか。今後はそんなことしたらダメですよ!」
怒られてしまった。
だが、俺も黙ってはいない。
ここで簡単に、はい分かりましたと身を引くようであれば、これまでの詐欺師としての活動を否定してしまう気がする。
「俺は詐欺師だ。詐欺師は人を騙すのが仕事なんだよ。俺は仕事をサボらずちゃんとやっただけだ」
「それでもダメですっ!」
「リナ。よく考えてみろ、」
「ダメです」
「いや、リナーー」
「ダメです」
「はなーー」
「ダメったらダメです」
これは、無理だ……
詐欺師にとって一番の天敵は話を全く聞こうとしない奴らだ。
まさしく今のリナがそれだ。
「はぁ……わかった」
俺は諦めて、首を縦に振る。
「分かってくれたならいいです」
満足したように笑みを浮かべそう答えるリナ。
俺はそんなリナに背を向け、地面に横になる。
「もういい。早く寝るぞ。明日は朝出発でいいんだな?」
今日一日でどれだけの出来事があったことか。
さすがにもう疲れて、眠くもなってくる。
俺は横になったまま後ろにいるはずのリナに聞いた。
「はい。明日の朝に出たらたぶん昼過ぎくらいには隣町のアルレミリアに着くと思いますよ」
「そうか」
夕方か……
また明日も長い距離を歩かねばならないのかと考えると嫌気がさすが、明日のやらもまた野宿というのはさすがに避けたい。
アルベレンに行って、クランク王子に会うまでの辛抱だ。
そう思うと、頑張れる気がしてこなくもない。
「ユウリさん」
そんなことを考えていると、リナの声が聞こえてきた。
「なんだ?」
「お休みなさい、です」
「ああ、お休み」
律儀に寝る前の挨拶をしてきたリナに返事をし、俺は眠りに就いた。
「ーーールルゥ」
まだ意識がぼんやりする中、俺の耳にどこかで聞いたことのあるような音が聞こえてきた。
もう朝か……
目を閉じたままでも、太陽の光が照っているのがなんとなくわかる。
「ーーーアゥルルル」
なんだ。さっきから煩いな。
リナが朝食でも作ってるのだろうか。
そう頭の中で思考をぐるぐると回しながら、俺は閉じていた目を開いた。
「ガルルルゥ!ガァ!!」
「ッッーー!!!」
そして、目の前の光景に眠気もすっ飛び、思わず飛び起きてしまった。
その拍子に当たってしまった焚火の燃え残りがカランと軽い音を立て地面を転がった。
「んん……どうしたんですかユウリさん………ひっ!」
その音で目を覚ましたリナが俺と同様、周りの状況を見て驚きの声をあげた。
「おいリナ。聞いてた話と違うんだが、これはどういうことだ?」
「え、ええっと……と、取り敢えずはこの中には入ってこれないはずです、よ?」
「ああそうだな。この中にいればな。で、どうやって外に出るんだ?」
360度周りを見回し、ため息がもれる。
10匹、いや20とちょっと。
俺たちは完全に魔獣の群れに取り囲まれていた。




